年も明けて一月になった。体調?至って万全である。というか元旦迎えたら突然熱が下がったんですよ。大晦日に無理矢理胃に詰め込んだピザのおかげかな。あ、ちなみにお腹は壊してないからね。
やったー!元気いっぱいだー!なんてはしゃいでた私に「仮説を立証させたいからあともう一回満月期に呪力量フルで出してみて」って硝子先輩に言われたけど正直もう嫌だ。あんな苦しいのもうこりごりです…。とまぁ、そんなこんなで一月に入って早くも三日目を迎えた。
「硝子先輩」
「んー?」
「私、硝子先輩と二人でって意味で言ったんですけど」
「そうだっけ?」
「そうですよ」
目の前で女性参拝客に囲まれる同級生と先輩を鬱陶しげに見つめる。「お兄さん達暇?」「連絡先教えて!」…どこかで見たことあるんですけどこの光景。
「面白いから写真撮っとこーっと」
隣にいた硝子先輩はご自身の同級生と後輩を携帯で撮影し、それから「名前もほら一緒に」と言われて二人で一枚。
「初詣なう、と」
メールでも打ってるのか、「よし」と一言言った硝子先輩は満足げに携帯をしまう。
そう、私達は初詣なうだ。でもあの女の人達はどちらかっていうとあのイケメン共に参拝してる状況だ。神様も流石にそろそろ泣くんでは?神様のメンツ丸潰れだよ。
初詣に行きたいと言い出したのは私だ。
高専の中にも神社らしき建物はあるけど、あれは呪物を保管するために天元様が作ったカモフラ用のものだし、年末年始にお粥時々ピザとランデブーしてた私はあの屋台が並ぶ活気付いた雰囲気の中で初詣がしたいと我儘を言い、最寄り駅から歩いて五分で行ける距離にある神社に来た。ただし我儘を言ったのは硝子先輩に、だ。良いか、硝子先輩に、だよ。
「なんか談話室で名前のメール画面開きっぱなしで爆睡しちゃってさー、それアイツらに見られててたみたいで起きたら夏油と五条も行くって」
なんでだよ。その後は最強コンビは灰原にも声をかけたらしく、その翌日、つまり今日五人で行くことになった。え?七海?断られたに決まってるでしょ。神頼みして浮かれてる余裕があるなら勉強してろって、只でさえメールの返信があるだけでも珍しい七海からそんな辛辣なメールが返ってきたときはちょっと泣きそうになった。辛口スーパードライは今年も平常運行だそうです。
アイドル系イケメンと、細目系イケメンと、犬系男子に群がるカブトム…いや、お姉さま方を横目に硝子先輩の服の裾を掴む。
「もうアレ置いて行きません?」
「やだよ。私彼氏いるしアイツらいると男除けになるから便利だし置いていきたくねぇ」
あーそっか、男除けね。それならそれなら、……ん?え、今なんと?禁煙マークの看板を見ながら「境内禁煙ダル」と舌を出す硝子先輩の顔を凝視する。
「……彼氏?」
「そ」
「…彼氏って、あの、恋人の?」
「あははっ、恋人以外の意味の彼氏なんてあるー?」
「え゛っ、もしや夏油先輩ですか!?」
思わず食って掛かった。いいいいつの間に!アイツらって言ったら夏油先輩しかいないよね!?五条さんなわけがない。五条さんだったら流石に大好きな硝子先輩でも危うく軽蔑の眼差しを送ってしまいそうだ。それか灰原!?た、確かにアイツ犬系だし年上のお姉さまからしたらカワイイ対象になる…。
一人で悶々としてあの三人の中から硝子先輩の彼氏ポジションに相応しい人を考えて閃いた。
まさかの七海か!?そうか!謎は全て解けた!!
「はぁー?何言ってんの、あのクズどもな訳がないでしょー。アイツらいると男除けになるってつったの」
「…え」
「相手は大学生よ」
「ダイガクセイ」
「ちなみに立教」
「リッキョウ」
カタコトで硝子先輩のセリフを復唱。ふわんと浮かんだ理想の大学生像に「マジですか」と言葉が自然とこぼれ落ちた。
「ツラ結構良いよ。見る?」
「全力拝ませていただきます、う゛っ」
ニ、と笑った硝子先輩が恋する乙女っぽくて可愛い。
聞けば、年末年始は地元に帰るついでにその彼氏さんとも少し会っていたのだとか。私が寝込んでたばかりに大事な逢瀬を邪魔してしまったってことなのか…。「すみませんでした」「何が?」と会話を交わしながら硝子先輩の携帯画面を覗き込もうとすると、拝見する前に頭にずしっと重みが乗っかって強制的に項垂れた。
首、一瞬グキっていった。頭に乗ってるのは多分腕かそれ系だ。こんなふざけたことやるような人は一人しかいない。
「何やってんの」
「私の自慢の彼氏を名前に見せてるとこ」
「あー、あの綾乃剛似の」
「えっ、うそっ!そんなイケメンなんですか!?見たい見たい見た、いだっ」
「おー面白ぇ」
五条さんも見たことあったのか!あ、ひょっとして年越しの時に見たのかな。食いつくように顔を上げたら上からまた圧力をかけられて下を向く。
コイツ、楽しんでやがる…!靴を踏んでやろうかと思ったら脚を伸ばされて届かない。くそう。その股下を全世界の短足で悩んでいる人達に分けろ!
「悟、新年早々名前をいじめるなよ」
「いじめてねーよ可愛がってんの」
「ど、こ、が、ですか!」
顔をあげたところでハッとする。
美顔参拝しに来ていた女の人達の突き刺さるような視線に気づいた途端冷や汗をかいた。硝子先輩は当然美女だから問題ない。圧倒的に標的にされているのは私だ。いや、てか私単品だったら別にいいんだろうけど今は後ろにこの白いのがいるのだ。「何アイツイケメン君といちゃついてんの」的な視線がびっしばっし飛んでくる。
目は口ほどに物を言うって本当のことでした。いや、目は口以上にものを言うよ。
「ちょ、触らないでください!」
「あ゛ぁ!?」
「(あぁーっと、ミスった!これはこれでミスった!)」
綺麗なお姉さま方の血走らせた目と五条さんの目がこちらに向けられてとうとう摘んだ。ゲームで選択肢ミスってゲームオーバーなそれだ。てかどっちに転んでも摘むやつじゃん。
「空気読めよ五条ー。名前のHPがゼロになる」
「は?なんで?ザオリクしとく?」
「悟の今年の抱負だね。空気読む一年にした方がいい」
「は?なんなのお前ら」
先輩二人の謎の助言に短い疑問詞ばかり並べる五条さんからなんとか抜けて灰原のところへ逃げれば自然と周りの目が離れて行って、ようやく胸を撫で下ろす。
「ふぅ…病み上がり?に、えらい目に遭った」
「でも、苗字が元気になってよかったよ!神様に今年は苗字の健康祈願しないとだな」
「灰原…帰ったらわしゃわしゃするね」
「?なんで」
「涙でそう」
「いやだからなんで?」
屋台で買ったトルネードポテトを頬張る灰原が尊すぎて帰ったら全力で愛でることを伝えたら本人は不思議そうな顔。今ヨスヨスしたら絶対またあの蛇に睨まれた蛙モードになるからね。新年早々死にたくない。まだ生きていたい。
「おーい、行くぞー」なんて五条さんの声に二人して足を進める。
「あ、そうそう苗字」
「ん?」
「これあげるよ!」
トルネードポテトを持ち直した灰原は自由になった手で胸ポケットの中を漁り、「はい」とお札を手渡してきた。
「なにこれ」
「結界効果のある呪符。使用時間が五分って制限があるけど、これ使えば特級クラスでも一時的に凌げるよ」
「マジか、五分間無敵モードじゃん」
「まぁね。ほら、去年えらい目にあっただろ?苗字の術式的に接近戦は避けられないからさ、先生達に教わりながら呪符作ってもらったんだ」
「灰原…っ」
「ちゃんと前向いて歩けって名前」
「いてっ、すみません」
「はは、言ったそばから」
もらったお札をまじまじ見ながら歩いていたら、すれ違った時に人にぶつかってしまって慌てて謝り、急いでお札をポケットにしまう。
普段は広々としている参拝道は屋台が出ているせいで幅が狭い。加えて三が日、当然道は大混雑していた。
「迷子になんなよ一年ズ」
前を歩いていた五条さんが振り返ると私達の背後がざわっとした気がするが気のせいだ。
「なるわけないじゃないですか。こんなデカい目印がいて」
「俺らからしたらお前らの方が見えねーんだよ」
「あーそうですか」
「そうか、それなら私が一番後ろにいよう」
「へ」
「おいで」と五条さんの隣にいた夏油先輩に誘導されると、五条さんの後ろに硝子先輩、さらにその後ろに灰原と私、そのまた後ろに夏油先輩の謎の列ができた。
「こうすれば見失わなくて済むだろう」
「呪霊でも出してりゃいいじゃねーか」
「ここは神域だぞ悟。無暗に出せるわけがないだろ」
イイイイイイイケメンかよ。いやイケメンだったわ。そういえば大日如来様だっけ。
夏油先輩が背後に立つことで、また後ろの方がざわついた気がする。「やばい!前に来たよ!」「いい匂いする!」「背たかっ!」「イケメンいる!」ウンウン分かります分かります。スパボーをぽりぽり食べながらうんうん頷く。
「名前、手に持ってるそれは?」
「スパボーです。さっき夏油先輩達が綺麗なお姉さん達に囲まれてるときに調達してきました」
「……それは…すまなかったね」
「いえ!食べたかったので買いに行けてラッキーでした」
「へぇ、美味しいの?」
「食べますか?」
「うん」
細いから三本ほどまとめて紙カップから抜き、先端を夏油先輩の方に向けようとした瞬間、慌てて紙カップの方のスパボーを差し出した。あぶなかった。そのままはいどーぞって口元に持っていくところだった。そしてそのあと危うく殉職するところだった。
夏油先輩にメロメロな女の人達にぶっ殺されるところだった、なんて私の胸中を知らずきょとん顔した夏油先輩は大きな手でスパボーをつまむと、形のいい唇に挟んでパリと一口食べると微笑んだ。
「ありがとう、美味しいね」
「デ、デスヨネ!」
「拗ねんなよ悟ー。煙草ならあるからあげようか?」
「要るか!あと拗ねてねぇし!」
夏油先輩とスパボーをシェアし、空になった紙コップをその辺にあったゴミ袋に押し込んで騒がしい人達を先頭に参道を進むと、見えてきた鳥居に心臓がどくりと脈打つ。
そうだ…鳥居…。初詣行きたいとか言ったけど、よく考えたら京都の下鴨神社で起こった出来事を忘れた訳ではあるまい。頭の中で鐘が鳴ったかと思えば、自分の意志で動かなくなったあの出来事…。
無意識に歩くペースが遅くなり、鳥居の前で足が止まると「名前?」と後ろにいた夏油先輩が不思議そうな声で私の名前を口にした。
「あ、いや、その、」
「苗字どうした?」
先に跨いだ灰原が振り返った。鳥居を跨ぐのが怖い、とは言えなかった。でも早く行かないと後ろがつっかえる。でも、でも、ともたついていると前からぬっと伸びてきた手が私の腕を引っ掴んだ。
「え」
ぐっと引っ張られると自然と足が出て、タンと左足が鳥居の向こうで着いた。不自然に一歩出た左足を見てからそのまま視線を上げて腕を掴んできた人を見上げる。
そっと見上げた先にあったのはサングラス越しに見えるアイスブルーの双眼。その口元にはいつの間にか買っていたフランクフルトが咥えられていた。一瞬何か様子を窺うような表情を見せたかと思えば、ハンと鼻で笑ってそのままずんずんと進む。
「いや、あの、ちょっと、」
腕を離してほしいと訴えようとしたら「遅い」なんてぴしゃりと言い退けられてしまって何も言い返せない。
「おーい悟、人が多いんだ、ペース下げてくれ」
「げ、夏油先、」
「先行ってるー!」
一度振り返るとちょっと離れたところでやれやれと言いたげな表情の夏油先輩がいってらっしゃいと言わんばかりにひらひら手を振っているのが見えた。いや、呼び止めてよ。諦めないでくださいよ。
「…調子は」
「えっ」
「……京都ん時のもう忘れたのかよ…」
「お、覚えてますよ!なんも異常ありません!」
「あっそ」
「いや、あの、あっそっていうか…」
「何」
「これなんとかなりませんか?」
これ、と手を持ち上げた。これとは、私の左腕を掴んでどんどん前に進んでいくこの状況のことだ。ただでさえ五条さんの美貌だけで視線が集まるっていうのに、こんな、腕だか手首だかよくわからないところを掴まれて連行された状況だと余計に視線が痛い。
「…なんだよ、手でも繋げって?」
「はぁ?」
「する?…恋人繋ぎ」
「は」と小さな声が出た。恋人繋ぎってなんだっけ。指を絡めるやつ…だよね?五条さんと、恋人、繋ぎ…?
「いやいやいや!!何がどうなったらそうなるんですか!!」
「ははははっ!ばーかばーか!マジに受け取ってんな。誰がするかよ!」
「うーわ、今年も引き続き性格悪そうで何よりですよ五条さん」
「…うっせ」
「大体私、神様に縁結びお願いするんで。恋人繋ぎしてくれる人は間に合わせる予定です」
「はっ。下鴨神社のアレ、お前が邪な願い持ってきたからバチ当たったんじゃねーの」
「うわ…それ言います…?性格悪…」
「お前もだろ。こんなイケメンに手繋がれててよくそんなこと言えるわ」
「イケメンは認めますけどこれ手じゃないですもん、腕ですもん」
「似たようなもんだろ」
いやどの辺がだよ。正殿前に近づいたから、自然と手が離されて掴まれてたところが冷たい外気に晒されてやけに寒く感じた。
賽銭箱に小銭を放り込んで二礼二拍手で両手を合わせると、心臓がどくどく鳴っていることに気づかされる。神様、これはあれですよね、ここまで小走りさせられたし、周りの視線に緊張してドキドキしているだけですよね。ぐるぐるぐるぐる頭の中であれこれ唸ってると「――遅いっつうの」なんて、もう少ししたら完全に臍を曲げてしまいそうな五条さんの声色が聞こえ、慌ててその場で一礼して踵を返した。
この後合流した灰原に「苗字は何をお願いした?」と聞かれ、そこで私は神様にお願いごとを伝え忘れたことに気づいた。五条さんめ。
21.07.31(一部加筆修正)
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