学校がいつも通り始まると今年こそは一日一日大事にしようと!と決めた抱負はすでに薄れつつあって、まぁ抱負なんて正直そんなもんだろうと開き直っている今日この頃。
シャカシャカと手中にあるカイロを振っては両手で包み込んだ。
「寒い。寒すぎる」
窓の外をチラリと見ると、高専の敷地内には銀世界が広がっていた。ふかふかな雪を見てもはしゃがなくなった辺り、大人に成長したということだろうか。恨めしめに雪景色を見下ろした。
「今年の冬は大寒波らしいな」
「寒いの飽きた、もういいよ。もう誰も呼んでない」
「…飽きたどうこうの話じゃないでしょう…」
「七海ぃー、地球温暖化って本当に進んでるのー?」
「氷河の溶け具合を見れば小学生でも分かることです」
「絶対進んでない」
「進んでます」
「この景色見てよ」
「北極見てきたらどうですか」
同級生と三人で休み時間タイム。膝掛けに包まる私、旅行雑誌を巡る灰原、何語か分からない参考書を開く七海。それぞれがそれぞれの過ごし方をしながらもやれ寒さだの地球温暖化だのなんだのくだらない話を広げていた。
「苗字」
「夜蛾先生…!どうしたんですか?」
突然呼ばれた名前に顔をあげたら、私達一年生の教室に珍しい来客の姿があった。二年生を引率している夜蛾先生だ。いや、本当に珍しいな、と腰から下を膝かけで覆いながら先生のところに寄る。
「これをお前に渡しておこうと思ってな」
「なんですか?バレンタイン来月ですけど」
「……」
「や、なんかすみませんでした」
「分かればいい。本題はこれだ」
「なにこれ………ピア…ス?」
渡された小さな小箱を開けると、箱の中でコロンと転がったのはボタンピアス。
「満月期の呪力の放出を抑える呪具だ」
「へぇ…これが呪具」
一個だけ入っていたので片耳用のようだ。呪具とか言ってるけどその辺のファッションピアスと見た目は変わらない気がする。意外に興味を持ったらしい七海がピアスを一目見ては夜蛾先生の顔を見上げた。
「どういう仕組みで?」
「ざっくりとだが…二級術師の平均的な呪力量流出を感知すると自動的に呪力放出にストッパーが掛かるように作ってある。細かいことはあまり気にするな」
「ほう」と素直に感心する灰原と「説明面倒がりましたね」な七海。
「へぇ、これ身につけている間はどんなにフルパワー出しても二級術師レベルの呪力ってわけか!」
「もちろん外せば元通り、出せる限り放出できるようになるが恐らくまた反動が出る。自分でも反動が出るレベルの呪力量が分からないうちは身に付けておけ」
「ありがとうございます」
「満月期が来たら試してみろ。その呪具のストッパーがかかっても反動がなければ制限量を上げてやろう」
「わかりました」
「高専研究員達の傑作品だぞ」と夜蛾先生が鼻高々に言うピアスをつまんでまじまじと眺めた。ふぅん、ピアスか。
「でもなんでまたピアスなんですか?私開いてないんですけど」
「………」
黙る先生に思わず顔を見たら、眉間にしわを寄せながら目を見開いていた。いや、なんか驚いてるって顔に書いてあるんだけど。え、そんな反応されると思わなくてこっちも驚いてしまった。
「……えっ、開いてないです、よ?」
「……開いて、なかったのか」
「…えぇっ!?」
顔に手をあてながら「しまった」と呟く先生。え、まじか。「…これひとつ作るのに三週間かかったのに…」ぼそっと言われて私は唸り自分の耳をさすった。
「あ……あぁー……そういうことなら開けますよ」
そう言うしかなかった。そう言うしかないよね。そう言うしかないよ。
「――とは言ったものの、ピアスってどう開けんの?」
珍しくしょげた夜蛾先生の背中に励ましとお礼の言葉をかけて見送った後。灰原と机を挟んで向かい合う。机上に置かれたピアスを見てはその開け方を尋ねてみた。
「安ピンでも開けられるらしいよね」
「はっ……安ピン?体に刺すものじゃなくない?全然安全じゃないじゃん」
「あ、それか夏油さんに聞いてみれば?」
「あぁー、夏油先輩ね。そういえば開けてたね」
夏油先輩の容姿を想像してみたら、ウンやっぱりあった両耳にピアス。思えば夏油先輩ってかなり福耳……ん?
「…いや、てか、あんなに大きいの開けたくないんだけど」
「あれは拡張ですよ。穴を広げてるんです」
「え、なんのために」
「それは本人に聞いてください」
「私には体に穴を開ける人間の神経が分からない。さらにその上穴を広げるなんてもっての外」参考書をトンと机に立てた七海が言った。
◼︎
「え、ピアスを開けたい?」
「はい」
灰原に夏油先輩の部屋を教えてもらい、夕方早速夏油先輩へ会いに行った。
幸い部屋にいたリラックスモードの夏油先輩は髪を下ろしていて耳元は見えない。こう言う時に限って見えなかったりするんだよなぁ。
それからピアスを開けたい旨を伝えたら意外そうな表情で少し目を見開かせてそう尋ねてきた。
「また急に…硝子に変なこと吹き込まれた?」
「や、違いますよ」
……この学年の先輩達、お互いに信頼関係があるんだかないんだか謎だなと思いつつもとりあえず昼間夜蛾先生にもらったピアスを夏油先輩に見せながら事情を説明する。
「実は夜蛾先生から呪力量を制御できる呪具をもらったんですけど、それがピアスでして…」
「…名前は開いてない…と思ったのだけど…?」
「そうなんですよ。でも夜蛾先生開いてるって勘違いしてたそうでして…。ちなみにこれ一つ作るのに三週間かかったって言うんで、他の物に作り直させるよりは開けちゃったほうが良いかなーって思って。そんで夏油先輩に聞きにきました」
「あぁなるほどね…。でも本当に良いのかい?…小さいとはいえ、体に穴を開けることになるよ?」
「ネックレスとか指輪だと任務中邪魔かなーって思いますし、イヤリングだと落っこちちゃいそうですからね…ピアスで良いかって」
「一理あるね。そうだね、ピアスの開け方は基本的にはピアッサーで開けるのがいい」
「ピアッサー…」
「そう。針で一気に貫通させるんだ」
ばしってね。手のひらに片手の人差し指を突きつけて貫通を表現した夏油先輩を見たらつい自分の耳を抑えた。
針で一気に貫通…なかなかむごい。
「うわぁ、痛そう」
「お腹に穴開けるよりはマシだと思うよ」
「…それは言わんといてくださいな……」
「ふふっ。開ける時は硝子に傍にいてもらうと良い。通常は穴を開けてからピアスホールが安定するまで二週間くらい待たないとピアスは付けられないんだ。穴を開けてすぐ硝子に治療してもらえば簡単にピアスホールができるし、すぐその呪具も取り付けられるよ」
「なるほど硝子先輩にお願いしてみます!それで、ピアッサーはどこで買えるんですか?」
「そうだね…近場なら薬局とかドンキホーテにあるはず…かな」
「じゃあ早速灰原の自転車強奪して行ってきます。アイツ最近ロードバイク買ったって言ってたので!」
「行動力あるね」と微笑む夏油先輩の耳元は相変わらず見えない。んー、ピアスの話題になると自然と夏油先輩の福耳に視線が行ってしまうんだよなぁ。
そんな私の視線に気づいた夏油先輩がくすっと笑った。
「ピアス、見る?」
「良いんですか?」
「どーぞ」
黒い艶艶な髪を耳にかけながら屈んでくれた夏油先輩のその凄まじい色香にくらりと目眩がした。
それから軽く合掌して柔らかそうな福耳に無遠慮に居座る黒いピアスをまじまじ眺める。へぇこれが拡張。
「これ痛くないんですか?」
「ん?全然」
軽くふるふる顔を横に振ると揺れる福耳。湧き上がる好奇心。
「…触ってみてもいいですか?」
「はは、もちろん」
「……男子寮で何やってんだお前」
ちょんと柔らかいそれに触れた途端、隣の部屋のドアが開いて肩がビクッと震えた。中からはあったかそうなパーカーにスウェット姿の五条さんが出てきて、「部屋隣同士かよ」と思いつつも驚き固まる。
あっちも驚いたらしくて眠たそうな目を少し見開いてきた。寝てたのか?
「悟」
「…出ましたね」
「出ましたねっていうかここ男子寮だし。…てか何してんの?」
「福耳体験、です」
むにむにと夏油先輩の福耳を柔く摘んだ。
「――はぁ?ピアス開けるぅ?お前がぁ?」
先輩の部屋の前で始まった井戸端会議。
ピアスの開け方を教えて欲しいって言うから。と言った夏油先輩に五条さんが何言ってんだみたいなテンションでそういうから思わず顔をしかめた。
「なんですか、文句ありますか」
「傑に何か吹き込まれたのかよ。やめとけよ、細目になりたくなかったらな」
「悟、ちょっと散歩に行こうか」
「やーだね!一人で行けば」
静かにばちってる夏油先輩に向かって舌を出して拒絶アピールする五条さんを見て、頼むからここでおっ始めないでくれと慌てて五条さんにも事のなり行きを説明すると、
「ふーん。あ、あるよ、ピアッサー」
しれっと言った。
「は?」「マジ?」
「去年実家ですげーむしゃくしゃすることあったからさー、この際グレて貰った体に穴開けてやろーかと思って買って、そのまま忘れてたヤツがある」
「やるよ」と一言言った五条さんは言うなり部屋の中に入っていってしまった。どうしようと夏油先輩を見上げると短く溜息を吐いた先輩は五条さんの部屋の方に行き扉を開ける。「どーこだったかなー」扉の向こうからそんな声が聞こえて、本当に探してくれてるんだとしみじみ思った。
いや、でもね、ただめちゃくちゃ寒いのよ。早く帰りたくて縮こまっていると「冷気入るから閉めろよー」と五条さんの非難の声が聞こえ、夏油先輩に手招きされて恐る恐るお邪魔した。
エアコンが効いたあったかい部屋にホッとすると、意外と部屋の中は綺麗だった。うわぁ、五条さんの匂いがする…。なんだろうこれ、香水かな?
間取りは女子寮と同じで、五条さんの部屋は黒を基調にした家具で揃っていた。何より真っ先に目についたベッド…でっか!これ絶対自分で買ってきたヤツだろうなー…そりゃ備え付けのベッドじゃ身長的に無理だろうし。背が高すぎるのも考えものだ。
しかしこれがあの五条さんが寝てるベッド……へぇ……あの怪物が毎晩寝てる…ベッドね……ふわんと浮かんだ想像を叩き落とすように「ふんぬ!」と自分の顔を殴ったら傍にいた夏油先輩がびくっと肩を震わせた。
「見つかったか悟」
「多分この辺…あっ、あったあった」
押し入れの奥から長方形のプラスチックケースを手に取った五条さんはこちらを見向きもせずにそれを投げてきて慌ててキャッチした。
「痛くない!瞬間ピアッサー」の文字にこれがそうなんだと納得した。ピアッサー売り場はなんとなく見たことあったけど、パッケージをまじまじと見るのは初めてだ。
この先端部分が耳を貫通するのかー…なんか太くない?こんなもん?ちょっと気が引けてきた。
でもそれよりも、
「な、なんかお金取られる感じですか…?」
「誰に言ってんだよ」
「悟しかいないだろ」
五条さんが親切な方が怖いなんて思う私の心境を読み取ったのか、途端にニヤリと笑うあの人。ほら見ろ!
「あ、その代わり、」
「はい」
びしっと突きつけられた指にやっぱり来た!と、逆の意味で期待を裏切らない五条さんに待ってましたと言わんばかりに短く返事をする。ここまで予想が当たったならもう少し予想してみるか。一ヶ月専属パシリ、となる流れと見た。
正解はいかに!
「俺が開ける」
「夏油先輩、ドンキ行ってきます!」
「待てやコラ」
逃げられなかった。
◼︎
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い痛い」
「耳出せ耳。あとまだやってねぇし」
「あー怖い怖い怖い絶対痛い」
「ははは、韻踏んでる」なんて夏油先輩の他人事みたいな声が聞こえた気がした。いや正直どうでもいい。
五条さんの部屋で正座をしてぎゅっと目を瞑り、言われた通りにピアスを開ける側の髪を耳にかけた。すぐ真横に腰を下ろした五条さんの気配とピアッサーのパッケージを開封する音に怖いを連呼する。開けるのも怖いけど正確には五条さんが開ける方が何倍も怖い。絶対痛くするってこの人。痛くないってアピールしてるピアッサーにクレームかける準備しないと。
「いーから黙ってろうるせーな。腹に穴開けたことあっただろ」
「だからあれはあれ!これはこれですよ!」
「ねー夏油ー、私なんで呼ばれた?この茶番見せるため?」
五条さんのベッドに腰掛けこちらの様子を見ているのが硝子先輩に夏油先輩。
「ピアスホール完成させてほしくって」
「悟アイツに何か吹き込んだ?」
「オイ聞こえてんぞ硝子」
目を瞑ってたせいで突然耳に触れられた指先の感触にびくっと震えた。それから耳朶に充てがわれる無機質な物質。なんか、カチャカチャ聞こえる…。
「……さん、にい、いち、はいがしゃんね」
「ちょっ、今やると思ったのに!」
ばっと離れると、五条さんの手にはまだ使ってないピアッサーが握られていた。
「お前がビビるから前もって教えただけだろーが」
「え…、さん、に、いち、はいって、いちのちを言った瞬間ばちんですか?それとも、はい、のい?」
「はい、のはだな」
「はーからいに行く辺りでですか?」
「あーあーあー、分かった分かった。じゃあ、いって言ったら押すから」
「い、ですね、絶対ですよ!」
「…何やってんのアイツら」
声を押し殺して額に手を当てながら笑う夏油先輩と足を組んで呆れた眼差しでこちらを見る二人に謝ってもう一度正座をして目を瞑った。
また耳に指が触れてびびる。
「さん、に、「あ、悟、これよく見たら軟骨用」え、まじ?」
「えっ、ッ、いったぁあああ!!?」
バチンと耳から顔にかけて激痛が走った。思ってた場所と違った!!思ってた場所と違う!!思ってたタイミングと違った!!色々言ってやりたいことは頭の中をぐるぐる回るくせに痛みに動けなくてその場でわなわなと震えた。
「はいはいこっちおいでー名前」
「硝子先輩ぃいいい」
げらげら笑う五条さんを突き飛ばしてどたどた情けなく四足歩行で硝子先輩のところまで駆け寄り、ジンジン痛む耳側を向ける。ふと耳の近くに手を翳すような気配があって、ジンジンしていた耳の痛みが落ち着いてきた。
「こんなもんじゃない?」
「流石だね硝子、名前もよく頑張ったね」
「ううう…こんなのあんまりだ…!」
「はははっ、リアクション芸人かよ」
ぎっと五条さんを睨むと五条さんはべーっと舌を出してきた。くっそう…痛かった…。もう痛くないけど。
私はこの人の先代まで呪ってやると誓ったのである。
21.08.01(一部加筆修正)
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