パチリと目を開けると、窓から差し込むオレンジ色の光が目に染みて、開けたばかりの目を細めた。ま、眩しい。…私、なんか寝かされてる?スンと鼻を鳴らすと、薬品の臭い。
「うわ」
「起きんのおっそ」
のろのろ起きて立ち上がり、天窓のようなカーテンを開くとその横のベッドに五条先輩の姿。真白いベッドに横になっていて、自分の身体の周りには携帯とコーラ、手元にはジャンプがあり、その寛ぎ様につい一瞬ここは五条さんの部屋なのかと寝ぼけた頭でそんなことを思ってしまった。
けど、やたらこの見覚えある空間であることに気付いて一つの考えにたどり着いた。ここ、高専の医務室…、だよね?だとしたらなにしてんのこの人。
「お前さぁ、どんだけバカなの?」
「はい…?」
「ガキんちょ助けておいて爆睡こいてんなよ」
「ガキんちょ……」
五条さんの言葉を復唱してみる。ガキ……そのセリフに少し前に見た女の子の姿が脳裏をよぎって弾かれたように顔を上げた。
「あ、そうだ…思い出した!あの女の子は…!」
「あの後ちゃんと稲森さんに家まで送り届けさせた」
「そうでしたか…あーよかったー」
稲森さんが送ってくれてるってことは間違いないと胸を撫でおろし、ぽすんとベッドに腰掛ける。
「…あのガキ、実家から魔除けに特級呪物持ち歩いてたらしーよ」
「え?」
「調べたら呪力吸収の効果があるやつだと。お前何かの拍子で特級呪物に触ったんだろ、その影響で呪力のガス欠起こして爆睡かましたってわけ」
呪力のガス欠…そうか、もうそろそろ呪力が落ちてきてる時期に入っていたのか。
「あの子を抱えて退避したときぐらって意識遠のきかけたんですよね…。はあ……そういうことでしたか」
「そーいうこと。つまりお前はバカ」
「いや何をどう考えても今の会話の流れからして着地するところじゃないですよね」
「おかしくねーよ。俺ら来なかったら死んでた、だからバカ」
……ぐうの音も出ない、とはこのことか。ぐう。
「…また助けていただいてありがとうございま、」
「お礼」
五条さんに言うのは少々癪ではあるが、ベッドの上で頭を下げると私がお礼を言い切る前に同時に声が被さってきた。
……ん、今なんと?
「……え?」
「…礼。助けてやったんだからそれくらい当然だろ」
「……」
「なんだよ」
「いえ」
いや…この人マジでどういう教育受けてたの…?あまりにもびっくりして五条さんをマジマジ観察していたら、サングラスを少し下げながら綺麗な双眼で睨んできた。
お礼って言われても……あっ、
「そうだ、チョコ!」
思い出した!チョコを女の子にぶん投げたんだった!あぁー…現場に転がってるだろうなぁ…と思わず頭を抱えた。
仕方ないまた買いに行くか…五条さんには後日改めて、と伝えようとして顔を上げて驚いた。
「へ」
悪戯っ子のように笑う五条さんのお顔の真横にあったのはボロボロのくしゃくしゃになった紙袋。袋に描かれているのは私が昼間買ったブランドチョコのロゴと全く同じそれだ。
「テッテレー」
「…え、なんで、それ」
「稲森さんが回収してくれた」
ベッド際に置かれたそれを見て、五条さんの説明になるほどと思いながら紙袋を手繰り寄せた。稲森さんにはチョコ買いに行くことを事前に言ってあったから、現場の後処理に時に拾ってきてくれたのかも。
改めてお礼しに行かなきゃなぁと思いつつ中身を覗き、何個か手に取ってみる。うん、期待を裏切らない悲惨な状況だ。ぶん投げたあと中身が散らばるのを見届けてるからね。
チラリと五条さんを見ると、私の勘違いでなければどうやらこれを貰えるんでないかと思っているみたいなそんな眼差しだ。
「いや、そんな目で見たってこれは無理ですよ?」
「は?」
言えば途端にかなり強めのドスの効かせた声を放つ五条さんに一瞬怯む。ガラ悪っ!なに、チョコのカツアゲにでもあってんの私?
「い、いや……こんなボロボロなのは流石に贈り物にするのは気が引けますよ…。今日は無理ですが後日綺麗なもの用意しますか、ら、」
包装紙が破れていたり、箱が潰れたりして悲惨なことになっているチョコ達を眺め、それから五条さんの方を見上げたら思ったよりも近い距離にいて、喉がひゅっと鳴った。文字通り息が詰まった。
西日に照らされた五条さんの双眼はいつもよりもたっぷりと光を含み、虹彩までもがくっきりと見えた。私を見下ろすために軽く伏せられたまつ毛は瞳に少し影を降ろしていて、立体感を引き出してきている。
嫌と言うほどに美しさを叩きつけられてきゅう、と心臓が勝手に収縮した気がした。
「見惚れちゃった?」
「バ、カ言わないでくださいよ。相変わらず心臓に悪いくらいお顔がよろしいなと思っただけです」
五条さんはニイと綺麗に口の両端をつりあげて笑った。
「ボロボロでもいーからさ、ちょーだいそれ」
はぁ?マジで言ってる?この人。……しばらく無言を貫いていたけど…負けた。
青いラッピングをお願いしたチョコを取り出して、不恰好になってしまったそれを本人の胸に押し付ける。五条さんは甘党だって聞いたからとびっきり甘そうなものをチョイス。硝子先輩は甘いの苦手って言ってたから、混在しないように目印として色を変えてもらっただけだ。…別に他意はない。
「…後からボロボロなの渡されたとか言いふらさないでくださいよね」
「なにそれフリ?心配せんでもそんなつまんねー事しねーよ」
素直に日頃のお礼を伝えながら渡せばいいものの、可愛げのない言葉しか出ないのはもうどうしようもない。もはやそうさせてくれないこの人が悪いと思う。
五条さんがチョコを受け取る拍子に長い指先がほんの少し私の手を掠める。箱を緩く掴み握った五条さんの親指が青いリボンをそっと撫ぜるのを見てから表情を盗み見すれば、思ったよりも穏やかな表情を浮かべていて「そんなにこの人甘いもの好きなんだ」とちょっと感心した。
「どうせ言いふらすならポンコツ術師の方が面白そう」
「ぽっ…!…ポンコツ術師から貰うチョコなんて欲しいわけがないですよね!やっぱり返してください!」
「やーだね」
「チョコなら毎年間に合ってる事知ってるんですからね。有名なブランドチョコですし探せば同じの出てくるんじゃないですか?」
「残念でしたー!今年は食いもんの配達全部拒否ってますぅー!」
「なぜ開き直るんですか」
べぇ、と舌を出して人をおちょくる五条さんを冷めた眼差しで見つめる。
「ま、今回の件はコレでちゃらにしといてやるよ」
ボロボロの包装紙に包まれたチョコにキスをする五条さんに少しだけどきりとしてしまった私を誰か殴ってくれ。別に深い意味はないんだろうけどまるで自分の贈り物を喜んでくれてるなんて錯覚をしかけた。違うって名前、この人は性悪!思い出せ!
でも、深い意味はないとはいえ自分に渡したものにキスなんて……そう思ったらなんだからしくもなく照れてしまって、そんなバカらしい思考を隠すように視線を逸らしながら帰る身支度を始めた。悟られたらおちょくられる。
「…今回のお礼とバレンタイン兼ねてるので、来月のお礼期待してます」
「ハイハイ。こんなGLGからお返しふんだくろうとする女なんてお前か硝子くらいだよ」
「それを言うならこんなひ弱な後輩にお礼せびるなんて五条さんくらいですよ」
「覚えとけよ、世の中ギブアンドテイクってな」
「五条さんはギブの割合少ないと思います」
「俺が最強な地点で充分呪術師界に貢献してるし、お前は命救われてる。だからモーマンタイ」
それ引き合いに出すとかズルくない?黙るしかないのが悔しい。ぐぬぅ、と押し黙っていると医務室の扉が開く。
「おや、起きてたかい名前」
「おーす、体調どう?」
扉の向こうにいたのは夏油先輩、その端っこから硝子先輩がひょっこり顔を覗かせた。
「夏油先輩に硝子先輩…!おかげさまでピンピンしてます!硝子先輩治療してくださったんですよね?すいません、ありがとうございます」
「礼なら菓子でもいーよ」
「う……チョコ…なんですけど…あるにはあるんですけど、その、とても人様にあげられるそれ、じゃっ!?」
横から伸びた手にガッと顎を掴まれて、目を白黒させているうちに横上を向かされた。
すぐ近くにあった五条さんの顔に驚いて下がろうとするとほっぺたをぎゅむと押し潰され「んぐ」と情けなく開いた口の中に硬い質量のあるものが放り投げられた。びっくりしつつも口の中でカラコロ音を立てながら溶けていくそれを舌が甘さを感じてその正体に気づく。
「……あ…おいしい」
目をぱちぱちさせながら、一連の流れをやってのけた五条さんを見上げると、私がしんみり味の感想を言ったのを聞いて「だろ」と笑った。もう開けてんのかよ。
ハッとして我に返り、横を見ればいかにも「ないわー」と言いたげに口元に手を当てて身を引く先輩二人の姿。そこで、先ほどの出来事がいかに恥ずかしいことだったかを思い知らされ、思わず五条さんをぶん殴りかけるが拳は本人に当たる直前でピタリと止まってしまった。
「なにするんですか!!」
「んだよ、中身が無事ならなんでもいいっつーのを分からせてやっただけじゃねーか。そうカッカすんな、生理前かお前」
「うわぁん硝子先輩デリカシーってどこ行ったら買えますか!」
「五条に付けるデリカシーはなんとやらだよ」
「それを言うなら馬鹿に付ける薬はないでしょ硝子」
こんなことになるくらいなら意地でもチョコ渡さなきゃよかった。歯を食いしばって五条さんを睨んでいると夏油先輩が軽く肩を叩く。
「まぁ…でも悟の言う通りだよ名前」
「生理前じゃないですもん!」
「いや、そこじゃなくて。外観の話だよ」
「五条なんて包装紙の開け方アメリカンスタイルだしね。文字通り破り捨ててる」
「どう開けようが最終的に焼却炉行きじゃん」
ひょい、と宙に投げられたチョコが五条さんの口の中に落っこちた。
「知ってます?物の扱いと人の扱いって同じなんですよ五条センパイ」
「うっせ」
「ははっ、言われてやんのー!」
軽口を叩き合う先輩達をよそに、いそいそ紙袋の中からピンクのリボンとオレンジのリボンがついたチョコを取り出して、前者は硝子先輩へ、後者は夏油先輩へ。凹んだり破れているパッケージが二人の手に渡って申し訳なさが増した。
「えっと…硝子先輩は一番甘さが控え目なものにしました」
「へー、ありがと」
「夏油先輩は好みがわからなかったので、ビターとミルク半々で…!甘いもの大丈夫でしたか?」
「ありがとう名前。もちろん甘いもの平気さ。…にしてもこのロゴ、随分いいとこのチョコだな。よくこれを投げつけられたね」
「う…必死だったもので…つい…」
「知ってたー?物の扱いと人の扱いって同じなんだよー??名前チャンは知らなかったのかなー?」
「ぐぅ、なんか…なんか五条さんだけに言われたくなかった…!です!」
「はぁん!?」
「いやー、チョコの王様GODIVAもまさか自社商品がこんな扱いされるとは思わなかっただろうねー」
睨み合う私と五条さんの横で硝子先輩は面白そうにしてチョコの外観を眺めた。
「そうだねぇ、こんなリアルなダメージ加工の入ったチョコ生まれて初めてもらったよ」
「フォローの仕方きっしょ」
「夏油先輩大好き!」
「はぁー?あんなの人たらしドクズどこがいいんだよ名前」
「硝子、ちょっと言葉遣い悪いよ」
「はっ、どいつもこいつもうっざー」
ズタボロのチョコレートを見事に笑い話にしてくれた先輩達と医務室を後にすると、「そうそう」と夏油先輩。
「名前が対峙してたのは最近登録された一級だったそうだ。ほんと、無事で何よりだよ」
「え、マジですか」
「うん、マジ」
「そんで今は夏油の腹ん中ー」
硝子先輩が夏油先輩のお腹を指でど突いた。ついそこをまじまじと眺める。黒い制服の向こうにいるのか…アレが…。
「……そ、そこにいるんですかあの呪霊」
「見たい?」
「いえ!間に合ってます!!」
「許可さえ取ればいつでも出せるよ」
「いやいやそんなお手を煩わせて見たいとは、ぐへっ」
急に頭にずしっとした重みが走って強制的に頭が下がる。こんな悪ふざけ、初詣以来だ…!触れられてるってことは、今は攻撃当たるんでは!?思い切って拳を出すと、「じゃんけんぽん!」の声に手が止まった。
突き上げようとした拳の先にあったのは五条さんの大きく広げられた手。「よっしゃ勝ちー」と呑気なセリフを上げながら私の拳を包んできて不意打ちのそれに心臓がまたひゅっと収縮する。
「チョコ食ったら喉乾いた。飲みモン買ってこいよポンコツ」
「………」
あのう、バレンタインってこんな散々な日でしたっけ。
21.08.01(一部加筆修正)
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