『有楽町マリオンの時計台のすぐ下にいるー』
「りょーかいです…と」
送信ボタンを押し、ディスプレイが送信完了の報告を教えてくれたところで携帯を閉じて少し足早に脚を進める。硝子先輩意外と時間きっちり守る派だったんだ。電車が遅延してたせいで遅くなっちゃったから後で何かお詫びしないと。
今日はオフ日で硝子先輩と有楽町で待ち合わせをしてた。何も硝子先輩がホワイトデーのお返しがてらお買い物デートをしてくれるそうな。沢山働いたしお金も溜まってるから今日は沢山散財するつもりで意気込んでやってきたわけだ。
硝子先輩どこかなー?時計台の下で待ちぼうけしてそうな人を探していると見えてきた人だかり。有名人でも来てるのかななんて、野次馬根性でちょっとだけそっちの方へ向かったらすぐさまその先を見たことを後悔した。
「お兄さん有名人ですか?」
「モデルとか?」
「すっごいカッコいいですね!待ち合わせですか?」
……うっわぁ、…すっごいどっからどう見ても間違えようのないくらい……五条さんだ。黒のダウンジャケットから伸びてる脚は、制服よりもタイトなスキニーパンツを履いてるせいで足の長さがえぐい引き立ってて、逆に自分が引いた。
余所行きスマイルが無償に腹立つがまぁ見なかったことにしよっと。とりあえず先に硝子先輩と合流して、早く出発してこの場から離脱だ。
そっと後ずさりをすると私の考えを見抜かれたかのように五条さんの顔がこっちをぐりんと向いてきて、ひえっと声が出た。
「おっせーよ」
「……え?」
五条さんが動くと私の前にいた女の子達がきゃあきゃあ騒ぎ立て道を開けていく。芸能人かよってなくらい黄色い声を浴びながらあっという間に目の前にやってきた五条さんはサングラスをちょっとずらしながら、がっつりしっかり私のことを見下ろしてきて、ついまた無意識に後退りしてしまった。……あ、圧がすごい…。え?おっせーよって何?
…あっ、あっ、そういうことか、助け舟を出せと。
「そういうことですね!すいませんね、お待たせしました!じゃあ行きましょうかーアハハハハハハー」
「…は?」
比較的人の少なさそうな方を指さして足を進め、素直についてきてくれる五条さんに「五条さんも誰かと待ち合わせでした?」とこっそり尋ねてみた。
「はぁあっ?」
「私、硝子先輩と待ち合わせなんですよ。有楽町なんて偶然でしたね」
「…お前…マジで何言ってんの」
「え?」
なぜだか噛み合わない会話に何かを察した五条さんは頭をガシガシかき、その手で首をさすっては盛大にため息をついた。
「その約束さぁ、硝子のヤツ自分となんて言ってた?」
五条さんのセリフに事のあらましを思い出してみる。ふん、昨日の話だからね、思い出すのは容易いぜ。あの会話のワンシーンを思い浮かべる。
「名前ー、ホワイトデーのお返しがてら買い物行こうぜ。明日十時に有楽町の駅前らへん現地集合ね」
…うそだろ。言ってないよ、一言も言ってなかったよ硝子先輩。いやでもどう考えてもあの流れからして硝子先輩とじゃないの?マジで?
「…」
「まんまと騙されてやんのお前」
「日本語って難しいんですね。ありがとうございます勉強になりました。さようなら」
「ついでに日本の文化学んでけエセ日本人」
「いや私純国産なんですけ、ぐえっ」
吹っ切れたかのように五条さんは私の襟首を掴むと、進んでいた方向とは違う方へ足を向けた。ぐっ、これは素直についていかないと息が詰まって苦しいやつだ…!
「ど、どういうことですか!?」
素直に五条さんと歩くことにしたら襟首を掴む手は離され、一応解放された。が、何より何がどうなってるのかさっぱりだ。
困惑していると、青い目がチラリとこちらに向けられた。
「ホワイトデー」
「へ」
「倍返しとかなんか言ってたじゃんお前」
「硝子に言っとけっつったけど、アイツ勝手に話変えやがったな」と軽く舌打ちしながら長ったらしい足を進める五条さんの隣を歩く。話を聞けば、五条さんは硝子先輩に私をここに呼び出させるように伝えていたらしい。
「あの…お礼期待してますとは言いましたけど倍返しとまでは。てかそれ仕返しとか報復的なやつに使うセリフですよ」
「知るか。さっさとしろボンクラ術師」
「ぼ、……よく新しい呼び方ホイホイ思いつきますね!」
「あ?いらねーのかよ。ピエールマルコリーニの袋詰め」
「行きます」
五条さんがくつくつ喉を鳴らしながら「現金なヤツ」とボソッと言ったが気にしない。もうこの際ありがたくしっかりがっつり貰ってやる。
……にしても気になることが一つ。
「電話番号もアドレスも交換してるのになんで人伝に伝える原始的な伝達方法選んだんですか?」
「…お前しょっちゅう携帯忘れどっかフラフラしてるし、出ねーじゃん」
「…それは…そうですね。ハイ、すいません」
これまた不思議なことに一度も無くしたことはないのは自慢だけどね。何故かそれっきり黙りこくる五条さんだったが、私は別に特段気にすることもなく原始的伝達手段を選んだ五条さんの理由になるほどな、と一人勝手に納得しながら隣を歩いた。
◼
「ぜーんぶカードで」
「か、しこまりました」
「マジか、マジでピエール袋詰め…。いや紙袋詰めか」
続々と紙袋の中に詰め込まれるピエールの箱を唖然として見つめた。絵面えっぐ。え、いくらになんのアレ。チョコにかけていい値段?
店員さんも頑張って微笑みを取り繕ってる感じするけど、二十歳前後くらいの大学生っぽい大男(実際高校生)がいきなりやってきては「一番デカい紙袋ある?あれに入るだけ色んな商品入れてよ。それ買うから」って言われて動揺しない訳がないだろ…。
さすが一級術師…と言うべきか。視界の隅で渡された黒いカードで支払いを済ませる五条さんの横顔をチラッと見上げた。高校生ってクレジットカード作れるの…?
「なに、文句ある?」
「イエ」
スタッフ総出でお店の前まで見送られ、五条さんは一人の店員さんに紙袋を差し出されたが、それを受け取ろうとせずに私に「ん」と顎で抉るので代わりに受け取った。
「おっも」
「俺、手ぇ埋まるの嫌だから」
「…ハイハイ」
受け取ったついでにちらりと紙袋の中を覗き見るとぎっちりと丁寧に整列されたピエールの箱達が鮨詰め状態になってきて、きゅっと口に力が入った。
「投げんなよ?」
「投げませんよ!」
あの時は致し方なかったんだってば…!
さっさとこの場を離れないといつまで経っても店員さん達は店の前から動かなさそうだったのでいそいそ足を進めると「ありがとうございました!」と何人かの声が背中越しに聞こえた。
多分今日の営業時間終了後、五条さんの話題で持ちきりになるんだろうな。
「なんかすいません、態々ここまで買いに来てくださって」
「ん」
「えっと、」
「ぼさっとしてんな、行くぞ」
「え」と声が出た。てっきりこれを買うためだけにここに連れてきたのかと思ってたからちょっと拍子抜けした。
「どこにですか?」
「…その辺」
「なるほどノープラン」
「うっせ。そもそもここが目的みたいなもんだったし」
「帰ります?」
「……帰んの?」
ちょっと意外そうな感じで言われてこっちもちょっとびっくりしてしまった。そんなに意外か…?
ガサ、と音を立てた手元の紙袋を一目見てから顔を上げる。まぁ別に予定はないし、コーヒーの一杯くらいはご馳走させてもらおう。流石に"これ"はお返しの度が過ぎる。
「じゃあ、とりあえず歩きます…?」
何かお店でも探そうかと携帯でショッピングモールやカフェを探し、何個か五条さんに尋ねてみようと顔を上げて息を呑んだ。
あれ?五条さん…顔色があまり良くない?
気のせいだろうか?あの五条さんが調子悪そうなんて初めてのことで、なんて声を掛けたら良いか困っていたら私の視線に気付いたのか「どっかあった?」と、目線は前を向いたままそう聞いてきた。
そういえば…五条さんは最近難しい術式を会得してる最中とか小耳に挟んだような。なにもそれを常時使いこなせるようにしてるとか。それに加えてこの銀座特有の人混み、確か五条さんは"ろくがん"だかなんだかよく分からないけど、呪力とかよく見える目を持ってるとも聞いた。
暫し思案し、軽く深呼吸してよし、と意気込む。
「五条さん」
「…ん?」
「ちょっと路地裏歩いてみませんか?」
「はぁ?路地裏?」
「私路地裏が好きでして」
「はぁ…?ナニソレ。まぁ良いけど」
適当に好奇心が擽られた路地を曲がり、足を進めると人気が一気に落ち着いて静けさに包まれる。
気づかれない程度に、辺りの建物を眺めながら五条さんを盗み見してみたら先刻よりかはマシそうに見えた。……よかった。
「路地裏好きとかお前ぜってー耳すま見過ぎて拗らせてるパターンじゃん。天沢聖司に夢見てるバカだろ」
「んなっ、拗らせてませんよ!言っておきますけど五条さんには聖司くんをバカにする権利ないですからね」
「ぶっ、セイジクンだってーやっばウケる」
「やな奴叫べばいいですか」
「チョコに当たられたら堪んねーな」
「だから投げません!」
べー、と子どもっぽく舌を出す五条さんをみていたらちょっと調子悪そうにしてたからと気遣った自分がバカらしくなってきた。
ふよふよとその辺に浮いていた低級呪霊を指で摘んだりデコピンで吹っ飛ばしたりして遊ぶ五条さんを睨む。
「こんな呪霊彷徨く場所気に入るバカの気が知れねーわ」
「知ろうとしてない人に言われたくないですね」
「お前そろそろ本気で一回シメた方がいい?」
「あ、見てください五条さん、あそこの喫茶店素敵な雰囲気出てますよ」
「聞けよ」
昔ながらのレトロな喫茶店、そのガラスウィンドウずらりと並ぶカラフルな食品サンプル達が視界に入って近づいてみる。日焼けで色褪せていたけど、太陽の光を浴びてキラキラと輝いて見えた。
「わー、五条さん見てくださいよ、この食品サンプ、……ル」
「ん?」
後ろにいるだろうなと思った五条さんは真横に、それも思った以上に近い場所にいて心臓が止まるかと思った。振り返った拍子に肩が五条さんの胸に軽く当たる。側から見たら五条さんが私のバックを取って、そこからウィンドウを眺めてる状態だ。距離感バグってね?てか肌綺麗すぎん?毛穴どこ?混乱しながら心の中で呟く。
「メロンソーダあるじゃん」
サングラスの横から見えた綺麗な青い双眼は食品サンプルに向けられていて、真白い雪のようなバッサバサのまつ毛がくんと伸びているのがよくわかる。「お前食品サンプルと本物の見極めできなさそう」とか小馬鹿にしたようなこと言われた気がしたがあまり頭に入ってこなかった。
あれ?なにちょっと待ってこれ。すっごい今更なことに気づいてしまった。
駅で待ち合わせして、ホワイトデー買ってもらって、路地裏プラプラして、二人して食品サンプル眺めてて話したりなんかして…なんか、こんなの、まるで、デー…
ーーバシッ
「はぁ!?」
「あ……危なかった」
馬鹿げたキーワード三文字が思い浮かびそうになった自分の頭を止めるように慌てて自分の頬をぶん殴ったら、五条さんがビクッと震えた。
「いや、何やってんのお前…それ前もやってたよな…なんなのそれ」
「そんな気分だったんです」
「食品サンプル見て?」
「御三家の坊ちゃんには分かりませんよ」
「分かってたまるか」
ゴミを見るような眼差しで私を見下ろした五条さんは、屈めていた上体を起こすとディスプレイガラスのすぐ隣にあった年季の入った木製扉に手をかけた。
「…え?行くんですか?」
「ん?行きたかったんじゃねぇの?」
「あ、行き、ます?」
「なんで疑問視?」
混乱しすぎて訳わからないこと口走りながらも、私も木製の扉の向こうへ足を進めた。
◼
「今日はありがとうございました」
「ん」
バカにホワイトデーの買い物に付き合わせ、俺が夜には任務が入ってるからってことで夕方には帰寮した。玄関先でスリッパに履き替えて談話室に入るなり聞こえた礼に短く適当に返事を返しておく。
振り返ったところにいた名前の手には日中ずっと持ち歩いてた紙袋。
取手が手に食い込む様を見て郵送にしてやってもよかったなと少し思ったが、まぁコイツはその辺の軟弱な女とは訳が違うからと切り替えた。
六尺棒を握りまくってできた肉刺だらけの手なんだ、チョコの塊を持ち歩くくらいなんてことねーだろ。
「ちなみになんですけどこれ、五条さん食べたことあります?」
「さーな。自分が食ってきたチョコのメーカーなんざいちいち覚えてねーよ」
あからさまにドン引いた表情を浮かべる名前を見て笑う。一般家庭出身のコイツにはわっかんねーだろうなー。
「じゃあ、一個貰ってくださいよ。そんでピエール覚えてください。…これ流石に多すぎますし、五条さんにもらったのに誰かにあげるのもなんかアレですから」
差し出された箱がトンと軽く腕に当たってそれを一目見た。まぁ不思議と悪い気はしなかったから素直にそれを受け取っておく。
「そーね、あんまり食わせてブクブク太られて俺のせいにされても困るし」
「デリカシー!!」
「じゃ、せいぜい頑張って太れ」
行きの車ン中で食っとくか、なんて思いながら自室に爪先を向けると「五条さん!」とハッキリ名前を呼ばれて軽く振り返る。
「あ?何?」
「…あんまり無茶しないでくださいよ!任務行ってらっしゃいませ!」
「はぁー?何キレてんだ…アイツ…」
何故か勢いよくそれだけ言っては紙袋をガサガサ言わせながら女子寮へと向うアイツの背をしばし見送り、曲がり角で完全に見えなくなったところでようやく自分も自室へと足を向けた。無茶って、誰に言ってんのか分かってんのかよあのバカ。
自室に戻り、ベッドの上にチョコを放り投げながら「そっくりそのままお返ししてやるっつーの、この耳すま拗らせ女」と頭の中で悪態を吐き、着替えるべく制服に手を伸ばしかけて、ふと手が止まった。
あれ、アイツ…。銀座でチョコ買ってその後ノープランっつったら携帯でショッピングモールとかカフェ見てたくせに……急に路地裏行きたいとか言い出したよな?
加えてさっきのあのセリフ。
「マジか」
思わず制服に伸ばしかけた手で口元を覆う。まさか、俺が術式を習得中してることに気付いて路地裏行ったのか…。六眼も相まって脳みそぐわんぐわんしてたのバレてたってわけかよ…。
うまく言葉に表現できない胸のモヤモヤに、舌打ちをしながら横の壁をブン殴ったら「悟うるさいよー」なんて薄い壁の向こうから人の気も知らない傑の呑気な声が聞こえた気がした。
クッソ、ホントうるせーんだよ心臓。
21.08.01(一部加筆修正)
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