その月で私達一年生は二年生になった。
高専の廊下を全力で駆け抜け、教室を勢いよく開けるとお馴染みの同級生達の姿。「お、どうだった?」灰原が顔を上げたのを見て、「そういう反応を待ってたのよ」と一人鼻高々に笑う。
ポケットから例のアイテムを取り出し、それを二人に向かって掲げた。学生証だ。
「苗字名前、この度進級と一緒に二級術師の仲間入りしましたー!以後よろしくー!」
いえい!とピースサインをして二級アピールをすると、案の定灰原だけ…いや、違った!あの七海も無表情ではあったがパチパチと拍手してくれるではないか!え、やば、嬉し泣きしそう。
そう、ついに私は二級術師の仲間入りを果たした。
「やったなー苗字!おめでとう!」
「……まさかあなたが二級術師とは、流石に想定外でした」
「それどういう意味で受け止めたらいいかな七海さん?」
素直に祝ってくれる灰原と、褒めてんだかよくわかんない七海のお褒めの言葉をありがたく頂戴しながら席に着く。
「見せて見せてー!お、写真撮り直してある!」
「丁重に扱いなさいよ。二級の学生証なんだから」
「私達の方が先に持ってますが」
「言うなよ」
いやーしかし七海がさっき言ってたのは本当にその通りだ。私もまさか自分が二級になれるなんて思いもしなかった。
呪骸にボコボコにされたり、呪霊にお腹に穴あけられて殺されかけたり、色々あったけど努力って人を裏切らないものね。
「とにかく二人に置いていかれずに進級できてよかったー」
すっかり寒さが柔らいで、春の日差しが心地よくなる季節。灰原から返された学生証をウキウキしながら掲げ見ると空気が濁った。え?なに?左右に座る同期の顔を見ると、灰原が苦笑いした。
「僕ら秋には次の昇級テスト控えてんだよね」
「えっ?」
◼
――ピ、ガコン。
「…私の同期ってすごかったんだ…」
取り出し口に転がり落ちてきた飲み物を取り出し、一口飲みながら近くにあるベンチに座った。ポケットからさっきもらった学生証を取り出して掲げみた。
やっぱり何度どこからどう見ても二級の文字がそこにある。絶妙に実感湧かないけど……二級……、呪いのレベルも上がるから気を引き締めていかないといけないな。また夏油先輩に稽古つけてもらおうかな。
「――あ」
不意に風が舞い、香った春の優しい匂いに「良い匂いだなぁ」と思って顔を上げると、頭上にいた白と青に驚き固まり息が詰まった。
「ふーん、二級、ね」
「ひぃっ!?」
真上を見上げるような体勢から慌てて顔を戻して立ち退き、その白の全容を視界に入れる。
「ご、五条さん…!?」
「ンだよ人をバケモン見るような目で見て」
近すぎてつい過剰に反応して避けたら、最初こそはポカンとした顔をした五条さんであったが、徐々にその麗しい顔、特に目元を歪め、下唇を突き出しながら文句垂れてきた。
いや、誰だってこんな顔が頭上にあったらそりゃビビるでしょーよ。心臓に悪いベビーフェイス。
「そりゃ日本人離れした風体してますから急に現れたらビビりますよ」
「二級になったんなら人間の気配くらい感じ取れよ。その程度じゃ四級だっつーの。階級の詐欺紛いもいいとこだぞボンクラ」
「それ気配押し殺して近づいてくる人が言います?」
「シンプルな話、お前が鈍臭すぎるだけ」
私が座っていたベンチを長い御御足で跨ぎ自販機へと足を進める五条さんの背中を見送りながらそろっとベンチに座り直す。この懐かしい会話に五条さんとこうして話をするのはホワイトデーぶりだ。
「二級であることには変わりありませんからね。すぐ一級追いついてやりますから」
「その前に準一級あるけどね」
「え」
コーラを手にした五条さんは「バーカバーカ」と舌を出しながらそう言うと、私の座っているベンチの端に腰を降ろして足を組む。体格があるせいか、木製のベンチが少し撓む感覚がした。
「それに俺もう特、級」
「え゛」
「傑は申請中だけど、直登録されるっしょ」
「まじですか」
特級……ってマジか。五条さんと夏油先輩やたら強いなとは思ってたけど…。特級って今一人しかいないんじゃないっけ…。あれ?夜蛾先生って一級だよね?夜蛾先生より上ってこと?学生で?やば。
じゃあ、灰原達が言ってた秋の昇級テストって、準一級のことだったのか…。呪術界は適当そうで意外と細かいシステムになってるらしい。
手元の飲み物を呷ると、中身がすっからかんになったのでゴミ箱へ向かうべく立ち上がる。
「お前に」
独り言のように呟いた五条さんの声に振り返ると青い双眼と目が合う。いつもは背の関係で五条さんには見下ろされてばかりなのに、今はベンチに座っているから私が見下ろしている状況になっていて、上目遣いな五条さんはなんとも新鮮だった。
その顔を見ている感じ、先月の体調不良の件はもう大丈夫そうで内心胸を撫で下ろすが、ふと我に返りいや別に気にかけてないし!と自分にツッコミを入れる。
「呪術師向いてねぇっつったのに」
続けて言われたそのセリフにぱちりと瞬きを一つ。
それはこの一年何回言われたか分からないくらい聞き飽きたセリフだった。思えば一年前、ここで出会った日から言われてたな。あんな失礼な初対面は後にも先にも五条さんしかいないだろう。
「そういえば五条さん、どうして一年前ここで会った時私に呪力がないって分かったんです?」
「生憎目がいいもんでね」
「ろくがんってやつですか?」
「りーくーがーんー!まだ知らねぇの?一年ここにいりゃ分かるだろ?いろいろ見えんの俺の目は」
呪力、術式、情報、ありとあらゆるものをなんでも見れると言った五条さんは目線の違いのせいか、妙に寂しそうに聞こえた。まるで余計なものも見えるとでも言いたげにも聞こえたのだ。
もしかして、ホワイトデーのあの日も色んなものが見えていたのだろうか。
「…そう、なんですか」
「お前が太ったかどうかもな」
「え゛!うそ!?」
「嘘だよバーカ」
「…」
落ち着け、ここで乗っかったら負けよ名前。深呼吸して素数を数えるのよ。二年になったんだからそれくらいできるでしょう。
「ピエール全部食った?」
「まだ残ってます。一日一粒食べてるので」
「ぶはっ、貧乏性」
クツクツ楽しそうに喉を鳴らすように笑う五条さんからそっぽを向くようにして自販機へ足を進める。貧乏性で結構!
…最初こそは好きなだけ食べちゃおうとは思っていた。けど、チョコを前にしたらあの日の楽しさを少しでも長く楽しみたいと思うような自分がいて、それから一日一粒食べるのが習慣になってしまったのだ。別に五条さんから貰ったからとかじゃない!断じて!
高級チョコとは無縁な私の気持ちを、五条さんみたいな良いとこの坊ちゃんには一生理解してもらえないことだろうな。フン。
…御三家のうちのひとつ、五条家の下に生まれた五条さん。
何だっけなんて言うんだっけ、嫡男?あんまこう言う言葉に馴染みがないからよくわかんないけど、要するに次期当主であると灰原から聞いた。五条家相伝の術式、無下限呪術(いまだに詳細を知らないけど)と、滅多に持って産まれることのない六眼持ちの人間は歴史に名を刻むレベルの逸材らしい。灰原曰く五条さんは五条家のフラッグシップだとか。…アイツ一般家庭出な筈なのに何であんなに呪術界隈に詳しいんだろ。呪術オタクか?
まぁとにかく、生まれながらに呪術師としてのフルハイスペックを備えた五条さん。その体にのし掛かる期待とプレッシャーの重さは一般家庭でぬくぬく育ってきた私にはとても計り知れたものじゃないだろうなと思った。
「あ、だから頭おかしくなったんですね。そっか、なるほど」
「あ゛?喧嘩なら買うけど」
呪術師はイカれてないとやっていけないと夜蛾先生が言ってたくらいだし合点がいく。
それにしてもいろいろ見える目ねぇ。綺麗だけじゃなくて、能力もついてるとかもう存在そのものが理不尽すぎる。この人ほど「特別」と言う単語が似合う人を私は見たことも聞いたこともないや。
「でも、その六眼ってやつ、いろいろ見えるって言ってる割には私の二級昇格は読めてませんでしたよね?あれだけ呪術師向いてないって大口叩いといて、どうなんですかその辺」
「は、うっぜー。ここに六眼を未来透視と勘違いしてる馬鹿がいるよー」
「へー言い訳ですか?」
「お前ホント言うようになったじゃん」
「伊達にこの一年五条さんに貶されてきてませんもん私」
ペットボトルを専用のごみ箱に捨てれば、中で着地する軽い音が聞こえた。
寮に戻る前に一個買って帰ろうかなと自販機を眺めると五条さんが隣に立つ気配がしたので「奢りませんよ」と空かさずお財布を隠すと「いらねぇよ」。あ、そうなの?素直に「なんだ」と思いながらお財布の中の小銭に視線を移す。
「――ひっ」
突然ひやりとした感覚が耳を掠めて首をすくめた。あ……っぶな、びっくりしすぎて小銭ぶちまけるところだった…!
横を見るとやっぱりそこには五条さんがいて、何故かその指は私の耳をがっちりとらえている。腕で五条さんの腕を押し退けようと試みるけれど離してもらえない。
…やけに表情が真剣だから余計に戸惑ったけど一体何なんだ…。
「びっくりした…!なんですか!」
「これさ、ずっとつけてんの?」
ごつごつとした指先が耳のフチを撫でながらそう言う。これ、とは呪具のピアスのことだろうか。それしかないよね。
「……基本的には。満月期だけつけたり外したりするの面倒なので」
「ふーん」
ぞわぞわするからやめてほしいんですけど祈っていたら案の定願いは通じたらしく、思ったよりも簡単にぱっと手を離され、それから頬を片手でむぎゅと掴まれる。
五条さんの手の大きさが計り知れた。ホント手大きいな…じゃなくて!乙女の顔に何してんだ!!
「ははっ、顔真っ赤じゃん。照れた?」
「う、うるひゃいです…!」
叩いてやろうと素早く手をあげたら、パッと離される。
本当何を考えているのかさっぱり分からない五条さんがコーラを呷るのを見て、「あ」と思った。あの冷たい感覚はコーラを持ってた側の手で触ってきたからだったのか!
……いやそれひどすぎない?
「冬休みの課題がてらさ、お前のこと勝手に調べさせてもらったよ」
「へ?」
突然告げられたセリフを飲み込むのに時間がかかった。春休みじゃなくて、ですか?と聞いたら「冬休み」とちゃんと返ってきた。なるほど冬休みの課題…いや、わからん。
「――お前、加茂家の遠縁だってよ」
意味を理解するのに時間がかかった。
くるりと身を翻してベンチ向かい、再度そこに腰掛ける五条さんの一連の行動を眺めながら言われたセリフを復唱する。
「加茂……家」
えっと、私が加茂家…の遠縁。加茂家ってなんだっけ。なんか聞いた覚えがある…かもかも……あ、御三家か。御三家のかも。野鳥の鴨が頭の中を飛んでった。いや、違う、その鴨じゃない。加茂だよ。
私が御三家の一つである加茂家の遠縁…?
「ええぇえ!?」
「お前の母方の家系が"そう"だった。夜蛾センにも手伝ってもらったから九分九厘間違いないね」
「いや、でも、私、家族からそんな話聞かされてない…ですよ…!?」
「遠縁だからなあくまでも。しかも、元を辿ると当事者は加茂家のこと随分嫌ってたらしい。そりゃ余計に話行くもん行かねぇだろ」
色々衝撃的な話が短時間で流れ込んできてまともなセリフを並べられない。五条さんは足を組み直し、コーラを持った手の人差し指で私を指さす。
「加茂家相伝の術式はさ、赤血操術つって血を操れる術式なんだよね。その片鱗としてお前が持つフィジカル強化型の術式に出てると見た」
「……え…」
「京都の下鴨神社。流石にまだ覚えてるだろ?」
「わ、忘れられませんよ流石に」
「新月にも関わらず見えた呪霊、鳥居の内側に入った瞬間に急にブレ始めた呪力、突然の鼻血、フィジカル強化タイプの術式」
コーラを持つ手とは逆の手で数を数えるように長い指を伸ばし、まるで何かにピースを当てはめるように次々とキーワードを繰り出した五条さんをただ見つめる。それは全部私の身に降りかかったことばかりで、どれも覚えている出来事だ。
「それから、寺院でお前がやった領域展開でようやく繋がったよ」
「…領域展開?」
「は?」
「え?」
暫く続く無言の間。
いや、領域展開って、確かにあの呪霊はやってたけど、あれ、今五条さん「お前がやった」って言った?
「え、寺院の領域展開って、え?私が?ですか?」
「お、ま、え、以外に誰がいるんだよ!いやそもそもなんで領域展開使うに至った!?思えばそこ聞いてなかったけど…!」
ぎゃんぎゃん吠える五条さんの姿は珍しくてつい瞠目してしまった。いつも余裕ある表情や人を馬鹿にする表情が多かったからそんな様子の五条さんについ私も調子が狂うな…。えーと、と頬をかきながらあの時の記憶を絞り出した。
「あー…アレなんですよ、先に向こうが領域展開してきたんですよ。で、私はなんかこう、満月期に入ったし、この際ありったけの呪力ぶつけてしまえ!って思ったら気付いたら白い空間に変わっちゃってて…」
「……」
「……やめてくれません?その目」
思わず「あれ領域展開だったんだ…」ぼそっと呟くと頭を抱えた五条さんから「なんでこんな奴が領域使えるんだよ」と、さりげなくディスられたような、馬鹿にされたようなセリフが聞こえた気がしたが、そこは聞こえないフリをしておくことにした。大事でしょ、適度なスルースキル。
「…まぁでもその話はアレだ、仮説を立証させるのに十分な材料だわ」
「はぁ…?」
「京都の下鴨神社、あそこは賀茂建角身命を始祖とする天神系氏族、平安時代の陰陽師で……あ、ウチの祖先には負けるよ?んで、そこそこ有名だった賀茂忠行を祀る神社なんだよな。下鴨神社での一件は多分お前が自分の祖先の領域に蔓延する呪力に充てられたっつーのが原因っぽい」
「……祖先の呪力に…」
「領域展開を習得できるきっかけは人それぞれ違うしな。死に際に追い込まれてとか、日常的にヒントを見つけてとか、才の扉をこじ開けられてとか。お前はその最後のが当てはまったんだろ」
「…へぇ…」
正直全く実感はしていないが遠い遠い祖先の領域に触れたことで私の能力が開拓された、という訳か。
あの鐘の音はそういう報せだったってことなのかな?さっきからへぇ、とか、はぁ、とかそんなのにか言えてないけど、遠い祖先が下鴨神社で祀られてる……うーん、いろいろ思うことはあるけれど、これ、改めて考えると結構すごいことなんじゃない?いや、これやっぱりすごいじゃん。ということは、そういうことだと一人ふんふんと頷く。
「お前話理解できてんの?」
「できてますできてます。それはつまり、……縁結びの御加護が他の人より多く得られる…ってことですよね!?」
「……」
そんなに白目を剥かなくてもいいじゃないですか。
21.08.01(一部加筆修正)
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