「お前ら、己よりも格上の呪霊に出会った場合さあどうする!はい、灰原!」
「はい!応援を呼ぶ!ですか!」
「ブッブー!はい!七海!」
「…どう考えても逃げる、これに尽きる」
「…え?そうなの?」
「死んだら元も子もないでしょう」
「七海正解だ。そう、まずは逃げろ!」
棒付きキャンディーの先端をこちらに向けながら恥じらうことなく、いざと言うときの撤退を唱えたのが担任の日下部先生だ。食べかけの飴突きつけるなよ…。
「はい!先生!」とシャキッと返事をした灰原を始めとする私達一年生はジャージに着替えて中庭兼鍛錬場で突っ立っている。
桜もすっかり散り始めて、青い葉っぱが出てくるくらいの気温になった。あーこのまま芝生の上で寝転んだら幸せだろうなぁ。残念ながら術師を志す者として今は授業に集中しなければならないからそれは叶わない。
「ま、人生時にはそう上手くいかねぇってこともある。いかなる時もそれは心してかかるよーに。んでだな、今週から来週までは武具を使った授業を増やす。目的としては灰原と七海は基礎体力作り、苗字お前は自分に合った武具探しだ」
「はい」
どうやら夜蛾先生、早速日下部先生と相談してくれたらしい。自分に合った武具選び…今後の呪術師としての活動に左右されるんだろうな。呪力がイマイチな私には術式頼りの戦闘は正直向いていない。だからこそ呪具選びは慎重にならないと。
「今日は棒術。三人ローテーション制でひたすら回れ。勝ったやつが交代ね。術式の有無は自由」
「え」
「はーい、最初はグー!からのじゃんけんぽん!」
「私不利じゃん!」
じゃんけんに負けてこちらへ放り投げられた六尺棒を受け取りながら顔を引き攣らせた。
◼
「――苗字は、さ!呪力を感じる時と感じない時があるよ…な!」
「ん?」
「どうなってんの?」
カァンと六尺棒同士が当たって甲高い音が空気と棒を振るわせた。傍らでは七海は参考書を片手に、その隣では担任の日下部先生が棒付きキャンディーを咥えながらごろ寝。とても側からみたら授業には見えないワンシーンだ。
「そういう体質だから、ね!」
「!」
今は呪力がある時期、いけるかな。体内を巡る呪力を筋骨の細胞隅々に行き渡らせるイメージを思い浮かべる。地面を蹴ると、ぐんと灰原との距離が素早く縮まった。
「…あれが苗字の術式ですか先生」
「あぁ。基本的にはフィジカル強化・アップが主だな。故に呪具との相性は良い。あとは触った呪いを祓える…今のところその二つだ。ただ一つ厄介なのが、前者の術式は使いすぎると、体への負担がでかいらしい」
「…はぁ」
傍で日下部先生が七海に私の術式の解説をしているとは知らず、私はそのまま灰原に突っかかる。
「うぉ!?」
棒の先端で突きを繰り出すも、やはり相手は男。ちょっと焦ったみたいだけどすぐさま体制を立て直され、直後に重いカウンターを受けた私はその圧を塞ぎきれずに尻餅をついた。
「いったぁ…!」
「あ、悪いな苗字!立てるか?」
「…スキありぃ!!」
「いっだぁあ!?卑怯だぞ苗字!!」
手を差し伸ばしてきた灰原には悪いけど身体を反転させながら棒を伸ばして足を取る。すぐさま上に乗り上がって喉元に棒を突きつけた。ふぅ、と一息ついて離れると灰原から非難の声が上がったけどスルーだ。
「今のは灰原ーお前が悪ィ。戦場じゃあ油断禁物だっつーの。はぁい、苗字交代。行け七海」
あぁ、疲れた。七海の隣に腰をどっかり下ろして七海に棒を差し出す。
「七海ぃー疲れたバトンタッチー」
「やれやれ」
七海は参考書に栞を挟んで丁重に閉じると私の六尺棒を手にして灰原の元へ向かった。直後にガァンなんて派手な音で空気が震えたから目をぱちくりとしてしまった。私とやり合ってた時よりもずっとずっと一打一打が重いのが音からしてわかる。
その光景を眺めながら「いいなぁ、男の人って」なんて思いながら芝生に寝転がると顔に影がかかった。逆光ではあるが明らかに私の頭を目掛けて拳を振りかざしているのが見えて目を丸くした。
「えっ?う、わ、わっ!?」
咄嗟に逃げて襲いかかってきた正体を見ると、地面に拳を突き立てた可愛らしい熊の呪骸。「なにあれ?」なんて思っていたらまた飛びつかれて本能的に逃げる。
「気抜くのはまだ早いぞ苗字」
「な、なんですかそれ…!まさか」
「ん?これ?夜蛾先生に作ってもらった対組手用の呪骸だ。存分に戦え」
「マジですか、え、休憩も何も」
「いや俺休憩なんて一言も言ってない言ってない」
「いやだってさっき七海読書してたよ!?」
「そりゃアイツ秒で倒してたからな」
驚きのあまりに思わず七海の背中を見ると、すぐ傍に気配と風を感じる。
「ひえ」
「よそ見するとあぶねーぞー」
「自転車乗りながら携帯いじるより難しそうですね」
「いや難しいもなにも禁止だからねそれ。東京都道路交通規則で定められてるから」
またもや拳が飛んできて避けると地面に穴が開いて顔が引き攣った。こりゃやばいと本能が告げている。避けるだけでどんどん穴が空いていく地面を見ながら逃げてばっかりじゃいられないなとようやく腹を括った。
術式使うか。流石にそろそろ反撃せねばと足に力を入れて身体を回転させた。
◼
「苗字ー?大丈夫か?」
青空の隅に灰原がこちらを見下ろしてくるのが見えた。汗をかいちゃいるが、まだ余裕そうなのが窺える。私ともう一戦やってって言ったら快く受けてくれそうだけど…私の方が無理。
「ごめんちょっと待って……まじで…膝が笑っちゃって動けない…」
「マジ?」
「…私はこのあと所要が入っているので先行きます」
「七海の薄情者!」
先ほど午前の部の終わりを告げるチャイムが鳴ったところだった。呪骸を押さえたかと思えば棒術の交代だし、やっとの思いで勝てたかと思えばまた呪骸の相手で、体力も呪力もすっかり力尽きていた。
六尺棒を握って戦ったから指一つ動かないし、足なんか勝手にぷるぷる震えてる。なんで二人ともそんなケロッとしてんの。この体力化け物め。
「その様子じゃ午後の鍛錬は無理そうだな」
「…うん…ちょっと厳しいかも…いや、かもじゃない。無理」
「ま、苗字は女だし肉体的に仕方ないところあるよな!ほら、更衣室前まで連れてってやるよ」
「ごめん…なんかすっごく自分が情けない…」
「大丈夫大丈夫!妹が怪我した時とかよくおぶってたし」
「灰原…!アンタ本当に良いヤツね…!」
私の前でしゃがんでくれる灰原にお礼を言いながらそのお言葉に甘えて背中に乗る。いや、さっきは不意打ちなんかしてほんとごめん灰原。めちゃくちゃいいヤツすぎて涙が出そう。どういうこと?どうしたらこんな人格ができあがんの?
「あっれー?名前じゃん、どうしたの?」
「あ、こんにちは家入先輩」
「やっほー」とひらひら手を振ってきたのが家入先輩。私と灰原を交互に見ては何かを悟ったのか口元に手を充てながらにやにや笑ってきた。
「えー?なに?デート?」
「違います」
余計なこと考えてる顔なのはすぐに分かったから出てきたセリフを即答で切り返す。
「ちぇ、つまんな」
「ども!自分苗字と同級生の灰原雄と言います!以後お見知りおきを!」
「はぁい、傑から可愛い後輩が入ってきたって聞いてるよ。私は家入硝子、聞いてるかな?とりあえずよろしく。で?そのカッコ、武術の授業?」
「ですです!苗字へばっちまいまして!」
「灰原タクシーお願いしてます」
とりあえず灰原の背中から威張ってみたら家入先輩は何か考え事をした後に私の震える手を触って「あちゃー」と一言。
「これ筋肉痙攣しちゃってんね」
「いったぁあああ!?」
「ふぅん、からの肉離れ」
「うぐぐぐぐっ!」
「いでででで!首!首絞まってる苗字!」
「へぇ、結構摩耗してる」
不意に腿を突かれて灰原の首に回していた腕が力み、私からも灰原からも悲鳴が上がる。面白おかしそうに笑う家入先輩に止めるように訴えようとした途端、足がじんわり温かくなって…それから軽くなった。
「……あれ?」
「ど?楽になったっしょ」
「あ、ハイ…。灰原、ちょっと降りていい?」
「え?うん?」
すとんと落とされて地に足をつけるとあら不思議、さっきの疲労感が嘘みたいに消えている。ぴょんぴょん跳ねても問題ない。
「えっ、えっ?どういうことですか家入先輩?」
「実は私さ、魔法使えるんだよねー」
「マジっすか!家入さんパネェ!」
「そそ、魔法学校か呪術高専どっち入学しようとしたか迷ったくらい」
「へぇー!」
「硝子、後輩に適当なこと吹き込むのはやめな」
尊敬の眼差しを向ける灰原の頭に大きな手が乗っかった。夏油先輩だ。柔らかそうな黒い髪がさらりと揺れる。そして相変わらずデカい。
「夏油先輩」
「夏油さんこんにちは!」
「えーせっかく面白そうだったのにバラすなよ。わっかんねぇやつだなこれだから優等生キャラは。真面目マン」
「うるさいな。…名前、灰原。君達は反転術式は聞いたことあるかい?」
「!」
「はい!」
反転術式、前に灰原が同じことを言っていたこと思い出した。
「呪力を掛け合わせて、正のエネルギーを生み出す技…硝子はその反転術式で他人を治療する呪術ができるんだ」
「へぇ…その反転術式というのはそのうち学べるんですか?」
「うーんそうだね…学ぶ機会はあるだろうけれど、習得できるかどうかはまた別の話になってくる…かな。うちの学校じゃあ他人の治療ができる反転術式を扱えるのは硝子ぐらいだからね」
「そ、相当高度な呪術ってことなんですね…」
「別にそんなことないけどね、ひゃーっとやってひょい、だよ」
「なるほど!分かりません!」
素直な灰原に三人して同時に笑っていたら、足音が一つ。
「ん?何やってんのお前ら」
「おかえり五条」
「五条さんこんにちは!」
ふらりと現れたのは五条さんだった。気怠そうにこちらへ長い足を進ませてきた五条さんの手にはコンビニの袋。片手には棒アイス。
「悟早かったな、もう任務終わったのか」
「まあね。手持ちのゲームと呪霊祓うのマルチタスクチャレンジしたらすぐ終わっちった」
「どっちが先だった?」
「呪霊」
「あはっ、夜蛾先生聞いたら怒るだろうなー」
「お前はまたそうやって…」
「傑君や、もう時代はマルチタスクよ。マルチタスク」
「マルチダ?まぁサングラスは被ってるわね」
「喧しいわ殺し屋に転職したろか」
「そしたら呪詛師認定して私が始末しにいなきゃ行けなくなるね」
「はぁん?俺がお前ごときにやられるわけないだろ」
「…やってみようか?」
「お前ら落ち着けっての。後輩いんだから」
夏油さんのセリフからしてどうやら任務帰りなようで、ゲームと呪霊祓いのマルチタスクだのマルチダだのなんだのよくわからない会話を広げた末に突然の嫌悪モード。家入先輩は慣れてるらしく適当に宥める。
…本当に何者なんだろうこの人。五条さんをしばし見ていたら一瞬サングラス越しに目が合ったのだけど、すぐさま眉間に皺ん寄せてあからさまに顔を逸らしてきた。「で、何してたワケ」とぶっきら棒な問いに夏油先輩が反転術式のことで話してたと説明した。ねぇなんで私こんなに嫌われてんの?
「呪力カラカラに反転術式のこと説明したって仕方ねーだろ。豚に真珠だわ」
「…」
「ははっ、アンタほんと名前のこと好きねぇ。有名人が一年に啖呵切ってるんじゃないよ」
「は?どこをどう切り取ったらそうなんだよ」
有名人……有名人なの…?やいのやいの言い合う先輩方の隅でこっそり灰原に耳打ちをする。
「……ねぇ灰原、あの人って有名人なの?」
「え?」
「「……ぶふっ」」
どうやら先輩方の耳にも入ってたらしく、夏油先輩と家入先輩は吹き出し笑いをし、灰原はぽかんとして私を見ていた。
「悟もまだまだってことだね」
一通り大笑いした夏油先輩は「ドンマイ」と言いながら怒りに震える五条さんの肩を叩いた。
21.07.28(一部加筆修正)
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