拿捕の前篇

 七海と偶然街で再開し、長年取り戻せずにいた記憶を取り戻してから数日が経った。あの日以降、ふとしたときに灰原のことを思い出しては夜に一人で泣くような夜もあったけど、…今はなんとか少しずつ前を向きつつある。

 それから七海には高専関係者には私が生きていることは黙っていてほしいと軽い呪いの言葉をかけた。
 七海は特段驚きはしなかったけど、「家入さんや夜蛾さんには良いのですか?」と聞かれた時は少し胸が痛み、同時に綺麗な顔を持つ白髪のあの人のことも過ったけど、七海だけ知っていればいいよと改めて高専関係には知らせないように強調した。

 実は生きてましたー!なんて今更言ってどうするというのだ。当時は皆にはひどく辛い思いをさせてしまっただろうけど、十年という時間は気持ちを整理するのには十分な時間だろうし、改めて覆す必要性もないと思った。ものすごく身勝手な考えであるとは自覚している。
 でも私は今の会社への恩があるから…。得体の知れない人間を迎え入れてくれた社長には、返しても返し切れないくらいの恩がある。だからこのまま死んだことにされているのならそれでいいと思った。

「んー、そろそろ到着する頃かな」

 スマホを手に取り時間を見て、それからなんとなくトークアプリを開いた。
 トーク一覧に並べられた七海の名前を見つけ、そこをタップしてトーク画面を開けば最後は『では、行ってきます』で終わっている。七海、今頃向こうについて仕事してるのかな。
 七海から数日前に海外での仕事があると聞いていて、それもマイナー地域に行くから電波があるかどうかわからない、連絡がつかなくなるかもしれない言われていた。気付けば一級術師になっていた七海。アイツなら無茶はしないとは思うけど、やっぱり些か心配だ。呪術師という仕事をしている以上、死が常にまとわりついてるし。

 ……まぁ、唯一死とは無縁そうな先輩を一人知っているけど……元気かな、あの人。私が生きてるって知ったら「何のらりくらり生きてたのお前?」「呪術師人手不足なの知ってるよね?」「何なのお前?」ってネチネチしたセリフ言いながら半殺しにとされそうだとふと思って心の中で笑う。

「東雲さん!!ご無沙汰してます!」
「久しぶりね東雲」

 新宿駅の近くにあったペンギンの銅像の前で引き続き適当にスマホを弄っていれば、懐かしい声が二つ。パッと顔を上げると会いたかった二人がそこにいて顔が綻んだ。

「副社長、山田ちゃん!お久しぶりです」
「やだねぇ、副社長なんて。今日はプライベートで来てるんだから恋花って呼びなさいよ!副社長命令ね」
「副社長命令って結局オンオフごちゃごちゃになってるじゃないですか」

 職場の副社長と後輩の山田ちゃんだ。今日は週末の休みで、二人が東京に遊びに来てくれることになっていた。遠路遥々東京まで来てくれたので、観光がてら私のおすすめのカフェやショッピングモール巡りすることになっている。

「聞いてくださいよ先輩!鈴村さんと今度合コンやることになったんです!」

 楽しそうにそう語る山田ちゃんに副社長が「えぇー」と怪訝そうに顔を歪めた。

「鈴村って仕入先の?そんなに仲良かったのアンタ達」
「えへへへそうですー」
「アイツ顔胡散臭くない?大丈夫?」
「ど、どの辺がですか!?」

 合コンの話で盛り上がる山田ちゃんに副社長…いや恋花さんが突っ込む様子に笑った。

「東雲さんにも是非来て欲しいんでふくしゃ…違った!恋花さん、東雲さんの本社出張スケジュール組んでくださいよー!」
「公私混同するんじゃないの山田。…じゃあ、そうね、東雲来月本社に顔出しね」
「えっマジですか」
「社長東雲さん居なくなってからすごい寂しそうにしてますよ!会ってあげてくださいよ」
「自分で東京行きの指令出したくせにねぇー!ほんと女々しいんだから」
「いや、恋花さん…一応旦那さんでしょう…」

 久しぶり再開した本社の二人や、本社勤めの人達が相変わらず元気そうなことを教えてもらいながら、「じゃ、行きましょうか!東京観光!」と足を踏み出した。


◼︎


「あー、楽しかったです。東雲さん一日ありがとうございました!」
「いーえ、私の方こそ、遠いところから態々ありがとう」

 ショッピングモールの紙袋を何個か両手に抱えた山田ちゃんが満足そうな表情で振り返った。その隣にいる恋花さんにもうんとお高い高級ブランドの紙袋が下げられている。

「東京でもなんだかんだやっていけそうで安心したよ東雲」
「お気遣いいただいてありがとうございます。恋花さん、社長にも元気でやっていることお伝え下さい」
「そのうちアイツが東京に出張で来そうね」

 社長夫婦にはこの会社に入ってから本当にこの人には気にかけて頂いて、本当にありがたいことこの上ない。今でも時々思うのだが、海岸で拾ってくれたのが社長じゃなかったら今頃どうなってたんだろうとゾッとする。
 週明けからまたこの二人、この会社の為に働いていこうと一人胸の中で自分を奮い立たせた。
 それから、と後輩の山田ちゃんの肩へとチラリ視線を移す。

「山田ちゃん、ゴミついてるよ」
「えっ、本当ですか?ありがとうございますー!私いつも東雲さんに取ってもらってばっかりですね!恥ずかしいなぁ」
「そういうところが可愛いから良いんだよ山田ちゃん」

 山田ちゃんは呪いを引っ付けやすく、本社勤めしていた時は一体何度祓ったことやら。七海に今度何かいい方法がないか聞いてみようかな…。
 ゴミと言い訳しながら山田ちゃんにくっつく呪いの尻尾を掴んで引き剥がしてやり、手中でぴーぴー喚く呪いを他所に山田ちゃんにはニコニコと笑顔を向けた。こんなグロテスクなものが普段自分にまとわりついてるって知ったら卒倒しちゃいそうだな。

 …それから記憶のこと、タイミングがあれば話そうかと思っていたけど、最後の最後まで話せなかったな。せっかく面と向かえる機会があったのだから、言った方が良かったんだろうけど。
 うーん、とりあえず今ここでさらっと伝えとくべき、だろうか。

「あの、」
「じゃあね東雲。帰りたくなったらいつでも帰っておいで」
「あ……は、はい…!」
「合コンやりましょうよ!合コン!LINEしますから!」
「そ、そうね…!それで、……えっと、…あの、」

 記憶のこと、こんなタイミングで言うならなんと言うのが一番簡潔に伝えられるのだろうか。ストレートに記憶が戻りまして、で良いのだろうか。あと、仕事は続けるつもりってことも…あぁ、なんで今日二人に会う前にシミュレーションしてこなかったんだろ…!
つい言葉を詰まらせていると、二人が「あ」と声をハモらせた。

「ん?」
「すみません東雲さん!私知らなくって!」
「え?山田ちゃん…?」
「あっちゃー…ごめんね東雲ー?」
「えっ?恋花さんまで…!?どういうこと…!?」

 二人の反応に溢れる疑問詞。山田ちゃんに至ってはごめんなさい、と意思表示として両手を合わせている。いやいやいや、謝るくらいなら説明をしてほしいのですが。

「合コンの件ですよね!いいですいいです!誘っちゃってすみません。気にしないでくださいね!」
「は?」
「また今度詳しく教えなさいよ東雲。じゃあね、そろそろ電車来るから行くわ」
「はっ?」

 「電車二分後だよ!急げ山田!」「マジですか!」と言ってぱたぱた去っていく二人の背中を唖然と見送った。本当に何が起こったのかさっぱりわからない。まさか、記憶が戻ったことを話されるのを察して逃げ帰ったのか?いや、それだとしても……なぜだ。


「——クックック…」


 突然耳元で喉を鳴らして笑う音がして、反射的に体が強張る。

「あの人達、僕が彼氏って勘違いしちゃったかな?」

 その声に身動き一つ取れず立ち尽くす私の右手に……、山田ちゃんから取った呪いを未だ握りっぱなしの私の右手に、一回り大きい手が被せられた。

21.08.02(一部加筆修正)



まにまにtop
top