「はい……?」
十年振りに五条さんと再会し終始五条ワールド全開で振り回され五条さん宅へ押し込まれ、十年前の出来事を洗いざらい話したあの後。
五条さんに知られたということはそのうち硝子先輩や夜蛾先生、日下部先生達の耳にも入ると考え、高専へは改めて顔出しに行くからもう少し落ち着く時間がほしいと五条さんに伝えた。だからその日はそのまま帰ろうとしたら「泊まっていきなよ」とか「家までついてく」とか「むしろ僕が泊まる」とか、もういろいろむちゃくちゃでしつこいアレを突っぱねて突っぱねてどうにかタクシーで帰った訳である。
今思えば、あの突っぱね具合だけで帰らせてくれたことに違和感を持つべきだった。
あの日から数日後。
いつの間にかスマホに登録されてていた『五条先輩』(しかも先輩の後ろにハートマーク付き)から毎日毎日しつこい着信の嵐。ごく稀に出てみると「高専戻る気になった?」と、こっちからしたら本当にお前は誰だと言いたくなるくらい嬉しそうに続々と語るそれを光の速さでぶち切っては流石にそろそろ着信拒否しようかと悩んでいる今日この頃。
「すいませ、…えっ?」
今日の業務内容を頭の中でシミュレーションしながらタイムカードを打って自分の部署室に入った途端、大量のクラッカーの音にビビッて業務内容が一瞬にして吹っ飛んだ。
ついでに持ってたスマホも軽く吹っ飛んで、ゴトンとフロアの防音床に落ちた。
ハッピーな気持ちにさせてくれるボリュームたっぷりな花束を抱えた、本来なら今頃本社なはずの副社長と山田ちゃん、それから東京支店の人達がある一言を添えて私を笑顔で出迎えられて茫然とする。
それが、冒頭のセリフに繋がるわけである。
「今、なんと?」
「ん?結婚、それから寿退社おめでとうって」
「はいぃいっ!?」
「東雲先輩どうぞー!」とまたその辺の低級呪霊を引っ付けた山田ちゃんがボリューム満点な花束を押し尽きてきたので仕方なく受け取った。うん、可愛いくて良い匂い。ついでに吹っ飛んだスマホも同僚が拾ってくれて受け取った。うん、ありがとう。ありがとう。
お花の香りが充満するオフィスの中、おめでたムード満載の会社の人達。そのハッピーオーラの矛先は何故か私。いや矛先って言ったら失礼かもしれないけどそれくらいの衝撃なのだ。許して。
「全くもー、彼氏どころか結婚の話ってならもっと早く言いなさいよ東雲」
「えっ」
「本当ですよ!東雲先輩ー!水臭いんですからー」
おめでとう、おめでとうございます、と続々に言われるお祝いの言葉に「あぁそうだっけ?」と一瞬流されそうになるが、手の中でスマホが震えたおかげでギリ持ち堪え自分の頬をぱしっと軽く叩く。
震えるスマホには『五条先輩』(その後ろにハートマーク付き)が画面に表示されていて、一瞬でいろいろ察した。
花束を申し訳ないがもう一度山田ちゃんに押し付けて「ごめん電話!」と足早にフロアを出る。
『あらー今日は電話出るの早、「どういうことですか!」あ、もう会社?早いね』
確証はなかったけど勘が元凶はこの人だと訴えてたからカマをかけるように言ってみたらあっけらかんとした反応。あーこの人が先輩じゃなかったら本気で舌打ちしてたー。
「…高専に戻すためですか」
『そ!』
「はぁ……こんな真似してまで…」
『じゃなきゃお前、いつまでも恩を会社に押し付けてそこに居座り続けるだろ?建前の恩を押し付けてんじゃねーよ』
「……失礼ですね、恩は本音ですよ」
『へぇー?八年前に助けてもらった恩を返すためって言いながら自分の人生を他人に押し付けるような真似するのが、恩、ねぇ?』
随分な言い方だと口の端がひくりと動いた。電話の相手はおそらく愉快そうに笑ってることだろう。
『あ、怒った?図星ついちゃったかな?』
「…言い方と性格、相変わらず人格破綻者っぽいですね。そうですよね、やらなさそうですもんね五条さんは」
『そうだねぇ、僕はそんな恩着せがましい真似しないかなぁ』
「……何が言いたいんですか」
いちいち人の勘に触る様な言い草に少し声のトーンを下げながらそう言えば、電話の向こうで五条さんが笑う。
『…クックック…急かすなよ。ひょっとして生理前?』
「五条さん…?」
『あっはは!そう怒っちゃやーよ!……もっといい恩返し方があるだろ?』
「はい…?」
『ま、それは後々分かるっしょ。じゃあ引き継ぎ頑張ってねー』
珍しく向こうからブツンと切られた電話。通話終了の文字のスマホをしばし眺めて少し無になる。
この際高専以外の転職先探してやろーかと内心イライラしながらも、ポーカーフェイスでオフィスに戻った。
「あ、おかえり。旦那?」
「違いますよ!」
社員達からの冷やかしをそこそこに自分の机に戻ると、結婚祝いの雑貨や菓子折りに埋もれて一つ、業務的な段ボールが見えた。結構デカい。両手で持ってギリいけるくらいの。通常このくらいのサイズの荷物は本社から直配になるから、東京のオフィスでは見慣れないサイズの段ボールだった。
「なんですかこの段ボール…」
「え?」
「え?東雲先輩知らなかったんですか?」
副社長と山田ちゃんがきょとんとした眼差しでお互いを見て、それから私を見た。え、なに?どういうこと?
「納品よ納品」
「そうです!東雲先輩に納品行ってもらうんですよ!」
「…こんなデカい段ボールになるほどの注文ありましたっけ」
「東雲、出たのよ」
とりあえず伝票を見ようとしたら副社長の綺麗にネイルが施された手がバンとその上に乗った。あらネイル新調したんですね、可愛い。とも思ったけど、「出た」のセリフにすぐ思い浮かんだものがあって、パッと後ろの副社長を振り返る。
「まさか…副社長…」
「えぇ」
私のセリフに意味深に頷く副社長。
「英国紳士服の聖地出身の超有名デザイナーがデザイン担当。綿百パーセントの希少な天然素材だけを使い、ボタンにももちろん超高級な希少種シェルをふんだんに使い、ウチの工場の中でもトップクラスの職人に手縫いさせた我が社の最高傑作…」
「一着二十五万、(自社で勝手に)スーツ界のロールスロイスなんて言われてるあのシャツがですか!?」
「それも聞いて驚いてくださいよ東雲先輩!在庫ある限りとの要望でした!」
まさか、そんな。アレは限定三十着製造。高級すぎて出荷は数件しかない超高級ワイシャツのはず…。それを在庫ある限り…?なんだ?YouTuberか?YouTuberがネタとして買い付けたのか?シャツキンとかシャツめしゃちょーとかか?
「しかも、個人の顧客様よ」
「へ」
きゃいのきゃいの騒ぐ副社長と山田ちゃんを見ながら唖然とする。まじか…いつのまにかそんな注文が…。机上の段ボールの中には厳重に包まれたワイシャツが入ってると言うわけか。この箱ひとつで何十万…いや何百万するって言うの…。
急に距離を取りたくなっていると、その段ボールの周りにある結婚祝い達が目に留まって、その二つをじろじろ見比べる。なんだ、なんだろう…この違和感。
『もっといい恩返し方があるだろ?』
急に先の電話で言っていた五条さんのセリフが脳裏を過った。なんだ、この、もうちょっとしたら全てが繋がりそうな……、
「…あの、副社長…?」
「なあに?」
「顧客様のお名前を聞いても?」
途端に副社長の唇がにやりと釣り上がる。
「アンタの旦那よ。五条、さ、と、る、さん、よっ」
最後の、よっ、で肩をつんと押された。段ボールの伝票に置かれていた副社長の手が離され、そこに書かれていた名前を見たら何度見ても五条様ときれいな字が。
「突然東雲を寿退社させちゃうお詫びにこの会社でうんと高い商品買わせてくれって!やばくない!?しかも、とある学校の学生服を仕立ててほしいって話よ!売上えげつないわよアンタの旦那!」
「東雲先輩玉の輿じゃないですか!どこで出会ったんですか!教えてくださいよ!」
女性社員の黄色い声が上がるフロアで膝から崩れ落ちる。
「……っ!!!」
頭を抱えた。
やられた…くっそ!寿退社でっち上げられただけかと思ったら、相手は五条さんなことにされて、さらには金銭的取引……………最悪すぎる!!
◼
「クックック……随分な祝われ様だね名前」
「…チッ」
あの一件から一ヶ月後。
とうとう長年お世話になったスーツメーカーを五条さんによって、いいか、もう一度言うけど五条さんのせいで退職させられてしまった。
何故か最終出勤日を把握していた五条さんが『今日で最後だね!お迎え行ってあげるよ!』とクソみたいなありがたメールが入っていたので、この際だと思って一ヶ月間ずっとデスクの足元に置きっぱなしだった二十五万のワイシャツ、それも在庫ある限りが入った段ボールと、会社の人達からの結婚祝いを全部押し付けて帰ってやろうと意気込み、お世話になったビルを出た。そしたら案の定ビルのすぐ近くに黒い車が止まっており、車体には五条さんがもたれかかっていて、私の姿を見るなり先程の一言だ。
さすがにあの包帯ぐるぐる巻きではないけれど、サングラスをかけていて相変わらず目元は分からないが、口元はにやにやほくそ笑んでいる。そりゃ、舌打ちもしたくなるでしょ。
「こら、女の子が舌打ちしたちゃダメでしょーよ。リピートアフターミー、五条先輩がお迎えなんて嬉しーい!」
「舌打ちさせるようなことしないでくださいよ」
「華麗なるスルーね」
五条さんは車からスタスタ長ったらしい足をこちらに進めて私から段ボールを受け取ると、伝票を見てにこりと笑った。
「お、これが例の!これで全在庫?ふぅん、意外に少ないんだね」
言い方よ。軽々しく段ボールを持つその姿は、その段ボールの中身の全てを買い取っても懐にはまだまだ余裕があるらしくて、その様子がまたもや私を苛立たせてくれる。その段ボールの中に何百万あると思ってんだ。
そんなのお構いなしに後部座席を開けてポーンと放り込むこの人の神経を心の底から疑った。仮にもそのシャツを生み出したメーカーで働いてる人間がここにいんだぞ。今日付で退職だけど!退職させられたけど!!
さらには私の腕にぶら下がっていた結婚祝いの雑貨が入った紙袋も当たり前のようにひったくって後部座席に入れ込む。
「じゃ、行こっか」
「五条さん、……いや、五条先輩」
「お前が先輩だなんて珍しい…でも嬉しいな!うん、それでなに?」
「今日も一日おつかれさまでしたー!さようなら!」
「おつかれサマンサー!っていやいや、初めてそんなすっごい笑顔見たけどなに言ってんの行かせないからね」
「ぐえ」
がっしと襟首を掴まれてカエルみたいな情けない声が出た。締まってる締まってる!ともがいているうちに助手席に押し込まれて、五条さんは運転席に乗ってきた。
え?あなた、そこに乗っちゃうんですか?
「え?」
「ん?」
「補助監督さんは…?」
「え?なんで?いるわけないじゃん」
「…えっ、五条さん免許は…?」
「……僕を誰だと思ってんの?」
「質問し対して質問返しはダメですよ?会話になりませんよ五条さん」
「お前も同じことやってるよ」
もう一生この人と口聞いてやるもんか!と決心した私の前に免許証を差し出された。ちゃっかりゴールドのそれ。
肝心な顔は指で隠されていてサッと取って見てやろうかと思ったらあっちの方が手が早かった。「はいしゅっぱーつ」なんて呑気に言っててちくしょうと顔を歪める。何かしら減点されてしまえと思い願った。
「名前」
ぶっすーと不貞腐れながら車窓を眺めていたら五条さんに名前を呼ばれたけど、先程口なんか聞いてやるかと腹決めたばかりなのでスルー。
「名前名前名前名前」
「ああもう!なんですか!!」
「月が綺麗だね」
「…ソーデスネ」
「満月だね」
「…ソーデスネ」
「呪力良い感じ?」
「…ソーデスネ」
「笑って?」
「………嫌ですともー」
「やだノリ超悪ーい」とギャルっぽい口調でけらけら笑いながらハンドルを切る五条さんの運転は想像以上に落ち着いて優しい運転なのは正直ちょっと驚いた。
得意の無限とやら(いまだにどんな能力かよくわかってないけど)でぶっ飛ばすのかと思ったら全然そんなことなくって、何度か隣の運転手が本当に五条さんなのか確認するために見てしまったくらいだ。「惚れた?」とか言われたのはこの際スルー。
「というか、どこ行くんですか?場所聞かされてないんですけど」
「え?」
「…えっ?」
「どこって…。僕んちに決まってるでしょ?」
決まってねーよどんなお決まりだよ。絶対嫌だよ。次信号に引っかかったら術式使って速攻で出てってやるとドアノブに手をかけていると「ジョーダン。高専だよ」と隣から一言。あーなるほどね、高専ね。
…………えっ?
21.08.02(一部加筆修正)
まにまにtop
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