硝子先輩や夜蛾先生達と十年振りの再会を果たしてから数日後。待ち合わせしていた高専のロータリーに向かうと、一台の黒塗りの車が見えた。
車の側に立っていた男性はこちらの姿を見るなりぺこりと軽く一礼。
「もしかして…イジチさん…ですか?」
「あっ、は、はい!初めまして…なんですかね?私、補助監督の伊地知潔高と申します」
ご丁寧に名刺までいただいて、そこでようやくイジチさんが伊地知と、字面を知った。
「伊地知さん前に一度お会いしましたよね。一応、改めて…?初めまして。苗字名前です」
伊地知さんは不安そうな顔をしながら何度もへこへこ私なんかに頭を下げてくれて、それを見ていたらこの人も相当な苦労人っぽいなと直感的に感じた。これは苦労させられるヤツだろ。
「先日は大変ご迷惑おかけしました…。五条さんに残穢のこと…根掘り葉掘り聞かれましたよね…?ホントすみません…呪力コントロールへたくそで…」
「と、とんでもありません…!」
なんとしても言いたかった言葉だった。五条さんから伊地知さんの車に私の残穢があったと知らされてからはこの人の安否が気になって仕方なかったのだ。加えてこの気弱で冷や汗をたらたらかいてる感じ…絶対五条さんで苦労してるのが分かる。あぁホント申し訳ない…!
「その…苗字さんこそ…大丈夫でしたか…?その後とか…」
「……」
「……」
「……ふふっ」
「……ですよね。心中お察しいたします」
少しの間を開けてから笑った私に伊地知さんは困ったように眉尻を下げた。この人とはうまくやっていけそうな気がする。気がするってか、うまくやっていけると断言してもいいね!
「お気遣いありがとうございます。いろいろありましたが、私またこの世界に戻ることになりました。今後たくさんお世話になると思いますのでよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。何か困りごとがあればなんなりとお申し付けください。お力添えできるかわかりませんが…」
「……………では早速なんですど、コレどうにかなります?」
「……」
コレ、とは私の真横にいるコレのことだ。人の肩に肘を置いて頬杖かいてる、態度もタッパももろもろでかいコレ。目元にぐるぐる包帯巻いてるミイラみたいなコレだ。
今日会うなり「前も包帯してましたけど、目どうしたんですか」って聞いてみたら「何、そんなに僕の顔好きなの」って案の定しっかり的確に的を外れた答えが返ってきたから、それ以降目元の包帯のことは聞いてない。
怪我だったらこんな態度取ってないし、硝子先輩が治していることだろうから、何もなさそうならそれはそれでいいかと思って今に至る。
「伊地知、お前話長すぎ」
「ひっ」
ロータリーに来るまでベタベタベタベタくっついてきた五条さんがそう言うと伊地知さんが小さく悲鳴を上げた。邪魔、と肩から肘を退かそうにもびくともしない。助けてと言わんばかりに伊地知さんを見るとおろおろ目を泳がせるから、やはり五条さんに苦労させられてる。
「…すっ、すみません、これは…その、私の手には…少々…」
「ですよね」
「僕を無視しないでくんない?」
ぐんっと重心が加わる肩に「おっも!」と咄嗟に声が出た。右肩がもげるわ!
「……行きましょう伊地知君」
「は、はい」
「置いて行かないで七海!」
先刻から黙々と後ろをついてきてくれていた七海がとうとうしびれを切らしてさっさと助手席のドアを開けて車に乗り込んでしまった。「もう、行くなら早く乗ってくださいよ!」と肩にある腕を掴むと「きゃっ」なんて馬鹿みたいにはしゃぐ五条さんを車に押し込み、持っていた花束を押しつける。「情熱的だね」なんてセリフはスルーして私も乗った。
少ししてから動き出した車はロータリーを離れて高専敷地内の道路を走る。長い御御足を持て余すように後部座席に座る五条さんはどこか楽しそうだ。いや、まぁ目元は相変わらず包帯があって本当の表情は分からないから楽しんでくれているのかは分からないけど。
「懐かしいねこうして一緒に後ろで車に乗るの」
ふと思い出したのは学生時代の梅雨の時期。学年交流の討伐任務で廃校に行ったときのことだ。誰ですかねぇ、隣でピコピコゲームやってたのは。
「ロクな思い出がありませんけどね」
「青春だったろ?」
「全然」
「あらまーカワイソ」
ぷぷぷと笑う五条さんをひと睨みして車窓に視線を向けた。こちとら誰かさんのせいで短いアオハル時代がほぼほぼパァだったんだよと内心毒づいてやった。
◼
「――着きました」
高専敷地内にある墓地、その隣接された場所にある駐車場で伊地知さんが車を止めた。無意識に肩に力が入ってたらしく、深呼吸をすると強張りが少し解けるのが分かった。車窓の向こうへ顔を上げると墓石が立ち並んでいるのが見える。この数だけの呪術師達が命を賭して戦ったんだなと少し感傷的な気持ちになりながら車を降りた。
率先して水を汲みに行ってくれた伊地知さんにお礼を伝え、七海を先頭にして敷地の中を歩きながら周りを見渡す。どうやら高専で墓地の管理人を雇っているらしい。綺麗に手入れが行き届いているなぁって思うわけだ。
「ここです」
不意に七海が足を止めてこちらを振り返った。さっきからどくどく脈打つ心臓を押さえてゆっくり、一つの墓前に立つ。
「…はいばら…ゆう…」
個人墓には一字一句間違いなく、かつての同期の名前が彫られていた。無意識に近づいて墓石に触れてみると、そこは太陽の光をたっぷり受けていたせいか、涼しげな石の模様とは打って変わって熱かった。
「……灰原…」
ぽつりと呟いた言葉は七海と五条さんに聞こえたかは分からない。
「お待たせしました、水を…」
「伊地知君、もう一度水を汲みに行きましょう」
「あっえっ?それは今自分が既に………あ、はい…」
背後で七海と伊地知さんが何か言葉を交わして離れていくのが分かった。また気を使わせてしまっただろうか。
ほんの少しだけ意識がそっちに行ったけど、ほぼ目の前のお墓から目を離せずにいた。
…人伝に聞いていた灰原の死をようやく……ようやく私は目の当りにしたのだ。
「…ホントに……………死んじゃったんだね…」
先程車を降りると同時に受け取り、今の今まで腕の中にあった花束がぐしゃりと音を立てた。
本当だったらここで一緒に私と、私のお墓を見て一緒に肩を並べて大笑いしていたのかなぁ。今頃七海と一級術師になっていたのかなぁ。もしも、の世界に思いを馳せらずにはいられなかった。
暫くそのまま呆然として灰原の名前を見ていると、少し後ろから靴の音がして真横に人の気配。それからぐしゃっと頭を撫ぜられた。特に抵抗する気も起きないので、そのまま五条さんの好きなようにさせることにした。
「遺体はちゃんと高専まで帰ってきてたよ。お前が必死に呪いを食い止めてくれたおかげでね」
「…そう、ですか」
あの後……七海は逃げ切れたのか。そうだよね、だから七海は今生きてる。
なんとなく納得しながら、墓石に落ちていた枯れ葉を一つ一つ摘んで地面に落としていくと、昔中庭で訓練してて地面に派手に転んだ灰原のことを思い出した。真っ黒い髪にたくさん桜を絡ませてて笑ってたなぁ。あ、私もそうだったなそういえば。無意識に口元が綻び、それからキュッと結ぶ。
「……灰原。私、また呪術師になろうと思う」
隣で五条さんがフと笑ったような気がした。まぁ、正直この人が勝手に連れ戻しにきたようなもんだったけど今はちゃんと自分の意思でここに立ってるよ。と心の中で伝えた。
十年前、自分みたいな呪いの被害を抑えるなんて建前を並べておきながら実は母親の敵討ちのために高専に入学した私。敵討ちが終わったらどうしよう、なんて思ってたけど、あの入学時に並べた建前も本音の一部だったらしい。前職の後輩……、山田ちゃんにひっついてばかりの低級呪霊を記憶をなくしてた時期ずっと祓い続けていたから、やっぱり本能的に呪いは放って置けないんだって気付かされた。
なんだろう、アンタのお人好しでも移ったかな灰原。
不意に足元を見ると、伊地知さんが水を汲んできてくれた桶が視界の端に見えた。お墓に一歩近づき、少し枯れ始めてきた仏花を引っこ抜いてそのまま花立も二つ抜き取る。中に入っていた水はその辺の草木にかけるように流し、桶の中に突っ込まれていた柄杓を掴んで花立に新しく水を入れた。
持ってきていた花束の包装を開いてバランスよく二つの花立に生けていると、五条さんが長い脚を折りたたむようにして私と同じようにしゃがむから、ふわっと五条さんの香りが鼻をくすぐった。自分が撫ぜたことでちょっとぐしゃぐしゃになったであろう私の髪を整えると、顔をこてんと肩に倒してこちらの様子を伺ってくる。
あざとい。自分のツラ分かっててやってるやつね。
「泣かないの?」
「何言ってるんですか、泣きませんよ」
「ていうか、それホントに見えてるんですか?」「うん」なんてしょーもない会話をして、完成した花立を隣の人に押し付けた。
「最近泣きっぱなしですし……いつまでも泣いてたら流石に灰原でも怒ると思うんでね。泣くのはもうおしまいです」
花立を押し付けられた五条さんは特に不満も言うことなく長い脚を伸ばして立ち上がると、それを墓石に納め「うーん、こっち?こっちか?」と向きを微調整し始めた。いや知らんがな。
「――僕はそんなことないけどね」
「え?」
「自分を思ってはらはら泣いてくれるなら可愛いと思わない?それは歓迎だなーって思ってさ。あっ、でもあんまりアイツに向けて泣き続けるのは勘弁だなぁ」
心底困ったように唸る五条さんが「うん、こうだね」と花立を納得いく向きに変えて手を離した。
その姿を見て失礼ながら五条さんと死を結びつけてみる。五条さんが死………うーん、全然想像できないな…まぁ、強いて言うなら、
「…五条さんが死んで世の中が呪詛師と呪霊塗れになっちゃったらその時は流石に泣くかもしれないですねぇ」
「お前言うようになったじゃん」
「い゛っ」
軽いデコピンを食らった。いや、嘘、軽くない、首がのけぞるくらいには痛かった。
◼
「――五条さん、先程一年生の皆さんが実習を無事に終えたそうです。同行の補助監督から連絡がありました」
灰原のお墓の後に自分のお墓を見てなんとも言えない気持ちに包まれながら墓地を後にし車に乗り込んだところ、伊地知さんのスマホに着信があった。
車外に行って話を済ませて戻ってきた伊地知さんが車に乗り込むなり先の言葉を言うと、五条さんは白い歯を剥き出しにして両口端を綺麗につりあげながら笑った。
「流石だね!やっぱり今年の一年は優秀だねぇ…。いや、僕の教師としての腕が良いのかな!」
声高々にして座席にふんぞり返る五条さんに伊地知さんが「…そうかもしれませんね」とボソッと答えてあげると「伊地知それ本気で思ってる?」と五条さんの圧。やめてあげてくださいよ。
そんなやりとりを聞きながら、先程の言葉をもう一度思い出す。僕の教師としての腕、ねぇ……。
「……ん?教師?どなたがですか?」
「え?僕」
「……え゛っ、うそ、五条さん先生だったんですか!?」
「何その反応。ちょー心外」
と、とんでもない事実が飛び込んできた!
年上の人にロクに敬語も使えないデリカシーのかけらも無い人間が教師?全国の教員免許勉強中の人達に謝った方がいいんじゃないの?
「全部口に出てるよ名前。お前ホント出来が悪いし再教育が必要かな。この僕が直々に面倒見てあげようか」
「特級術師様のお手を煩わせるわけにはいきませんのでこの件は無かったことに」
シャキッと背筋を伸ばして丁重にお断りを申し出たら舌打ちが聞こえた。…やっぱこの人教師なんて柄じゃないでしょ。
「ま、名前にもそのうち教鞭取ってもらおうと思ってるからそのつもりでね」
「…はい?私教員免許ありませんけど…。……今から大学へ行けと?」
「呪術高専には不要でしょそんなの」
ついでに付け加えられた「馬鹿なの?」と余計な一言は聞かなかったことにする。
「でも、私とても人に物を教える立場には…」
「うんだからアレよ。教育実習的な感じで名前も一年生の面倒見てもらおうかと思って。副担っぽい感じでさ」
「は……?」
「僕最強だけどちょっと常識抜けてるところあるだろ?それに対してお前は弱っちい割には脱サラなだけはあってわりかしまともな所がある。僕達が担当すれば一年生はもっとレベルアップできるし、お前はこの僕から直々に指導をしてもらえる機会が増えて一石二鳥って訳さ!」
「…」
「…苗字、私を見るのはやめてください。私は教師でもなんでもない、ただの術師なので」
なんで見ていることがわかった。
助手席に座る七海の綺麗な形の耳に向かって無言の圧をかけてたらそう言われた。隣で楽しそうにぴゅーぴゅー口笛を吹く五条さんをしばし睨むも、諦めたようにため息をつくと、それを待ってたかのようにこちらへピースサインを繰り出してきた。…へし折りたい。へし折れるならへし折りたい。俳句か。
「一年生は全部で四人いてね、そのうち二人が呪具使い。一人は禪院家の血筋なんだよね」
「…禪院家って…あの御三家の?」
「そ。呪具使い同士、きっと仲良くなれると思うよー?」
「私に呪具使いの指導をしろと、そういうことですか。……散々アンチ呪具使いしてたのどなたですか」
「時代は変わった。だから僕も変わったんだよ名前」
「あーそうですか」
「拗ねてる?えぇー?可愛いなぁ」
ぶすぶす指で人様の頬を突きまわす五条さんにイラっとする。時代が変わったって言ってもこの人は流石に変わりすぎだ。鬱陶しい指を手で払いながら、先程の会話を思い返す。
「呪具使いが二人…、一人は禪院家の方でもう一人は…?」
「うーん、今教えてあげてもいいけどそれじゃあつまんないよね?それは会ってからのお楽しみとしようか!」
こういうテンションの五条さんは大抵私にとって面白くないことが待ち受けているのはもう学習済みだ。
21.08.03(一部加筆修正)
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