「てなわけでこの人、僕のお嫁さん」
十年前と同じような学生服に身を包んだ生徒の前に連れて来られるなり五条さんがそう一言言うと、ポンとこの人の手が私の肩に置かれた。
…ん?は?え?この人って誰?
ぱっと横を見上げればそこには相変わらず目元が包帯ぐるぐる巻きな五条さん。口元をみればにっこり微笑んでいて、……心なしか頬が赤い気がする。なんか嫌な予感がしてそろりと離れようとすれば「コラコラ」と肩をぐっと掴まれて引き戻された。いや、こちらこそコラコラなんですけど。
お嫁さんとかまた何をそんな冗談を…と否定すべくため息を吐きながら口を開こうとすれば、私よりも生徒達の方が反応が早かった。
「「はあっ!?」」「おかか!?」
「…えっ?ええ?」
六尺棒を手にした眼鏡の女の子とパンダの着ぐるみを着た子が同じタイミングに反応を示し、口元を隠している男の子は何故か食べ物の名前を叫び、最後の黒髪の男の子は少し間が空いてから驚いたような声を上げた。
「さ、悟、おまっ、既婚者だったのか!?嘘だろ!?マズい、正道が泣く!」
「こんなのがかよ…世も末だな…」
「明太子!こんぶ!いくら!」
「えー、ちょっとーみんなして酷くない?」
まさに三者三様…違うな、四人いるから四者四様なこの状況に五条さん一人だけがけらけら楽しそうに笑う。てか、今あのパンダしゃべった?あとあの子なんで食べ物の名称ばっかり言う?…それから、あの黒髪の男の子見覚えがあるんですけど。
とにかく視覚から入ってくる情報がありすぎて状況がちっとも読み込めない。けど、冒頭のセリフは訂正かけないと…それだけは分かる。さすがにこれは大分迷惑だ。
「いや、五条さ、ぐえっ」
どんな紹介の仕方だの余計なこと吹き込まないでくださいだの、とりあえず先に抗議の声を上げようとしたら真正面から胸倉を掴みあげられ「ぐえっ!」なんてダサい声が出た。スーツが伸びる!何事!?と視線を前にすると、紅一点である黒髪の女の子が信じられないと言いたげに私を揺さぶってきた。
「おいお前正気か?呪いにでもかかってんのか?」
「呪い……あぁー…ある意味呪われてるような気もしないでは、ない…それも特級…」
「名前、なんでこっち見た?あとでマジビンタね」
「誰も呪いの根源が五条さんとは言ってませんよやだなーアハハ五条さんってば自意識過剰なんですから」
「ぜってぇ呪われてるな。お前、アレだけはやめとけ。アレだけは」
どうやらこの女の子は意外と勝気な性格らしい。たくましいなぁ、歌姫先輩みたい。あ、歌姫先輩元気かなぁと懐かしみながらがくがく揺さぶられると、着ぐるみパンダが女の子の両脇の下から腕を通して取り押さえた。
「やめろ真希!恐らく悟の美貌という呪いに…!」
「うるせぇパンダ!アレだけはダメだろ!せめて他の…!」
「しゃけしゃけ!」
「ダメだこれはおそらく手遅れ…!って棘が言ってる!」
「み、皆…!五条先生の奥さん戸惑っちゃうよ…!」
すごい賑やかな一年生達…若くてまぶしい…肌ピカピカやな。ちなみに黒髪君、私は断じて五条さんの奥さんでは無いからそのセリフやめてくれ。
「――まぁまぁ落ち着きたまえ諸君」
混沌化した状況に五条さんが両手を叩いて場を整える。その様子にどうも何か腑に落ちずにいると、それはこの場にいた誰もが思ってたようで、生徒達も「なんでこの状況を生み出した張本人が指揮を取るんだよ」といいたげな視線を送る。ウン、だよね!
「とりあえず紹介ね。コイツ苗字名前、僕の高専時代の後輩。今日から副担任的なポジションにするから皆よろしくね。コイツ、十年前に天国に行っちゃってたんだけど、僕がとっ捕まえてきたのよ。僕の未来のお嫁さん候補だからそこんとこヨロシクゥ!」
「て、天国…?ですか?あの…?」
「そ!僕最強だからさ!」
「…意味わからないことと適当なこと吹き込まないでくださいよ五条さん」
「ほんとのことだもーん」
「…」
「…落ち着け真希、気持ちは分かる。後でゆっくり聞こうな。悟じゃなくて本人から」
「…チッ」
「はいはい、サクサク紹介タイムいっちゃうよー!右から順に禪院真希、お前と同じ呪具使いね。んでその後ろがパンダ。真希の隣が狗巻棘、呪言師だもんで語彙がおにぎりの具しかないからコミュニケーション頑張って」
なるほど分からないと白目をむく。一番知りたい人物のことがなんで「パンダ」の一言なの…?
あえて?あえてそういう紹介の仕方にしてるんですか?そんな視線を五条さんに送り、もう一度生徒達を見る。禪院さんがあの御三家の血筋の人で呪具使い、五条さんが言ってた呪具使いのうちの一人ということでオッケー、理解した。狗巻君は呪言師だからあぁいう言葉しか言えないと、まぁコミュニケーションに不安はあれども今時スマホでなんとかなるだろうからひとまずオッケー、理解した。
「それから、最後にナヨナヨ系男子代表!乙骨憂太!」
「…は、初めまして…乙骨憂太、です」
「初めまして乙骨君。苗字名前…です…」
先ほどから見ないふりをしていたが、彼の後ろに憑いている呪いにたらたら冷や汗をかく。やっぱり勘違いじゃ無いようだ。この子、前に一度新宿で会ってる。口元をキュッと閉じて乙骨君の背後のソレをチラチラ見ていると五条さんがブハ、と笑う声が聞こえた。
……これでしょ、五条さんが前に言ってた「会ってからのお楽しみ」って言ってた子。絶対この子だ。
「お前もすぐ分かっただろうけど、憂太は被呪者。それも特級過呪怨霊に呪われてるんだ」
「…はい…?特級過呪怨霊…?」
聞けば亡くなった幼馴染が死後呪いに転じ、乙骨君に取り憑いてしまっているんだとか。一度乙骨君には秘匿死刑の話が出たらしいけど、どうやら五条さんが上と上手く掛け合って呪いと上手く付き合う、または呪いを解くために、と高専へ入学させたらしい。
「あの、苗字さん…前に新宿でお会いしましたか…?」
「しゃけ」
「あ、やっぱり…!あの時の、乙骨君と狗巻君だったんだね」
改めて「あの時はぶつかってごめんなさい」と謝りながら二人と握手を交わした。正直言っていい?乙骨君と握手した時に彼の後ろからぶわっと出てきた目玉のない影、超怖かった。私何かしましたでしょうか。
「それで…なんでパンダ君だけパンダなんですか…?」
「パンダはパンダであってパンダ以外の何者でもないからねぇ」
「……は」
「悟適当すぎ。パンダだ、よろしくな名前」
「あ……ハイ」
条件反射で差し出された手を握ったらふと違和感。ふわふわで、もふもふしてて……骨っぽいものを感じないのだ。なんだろうこの懐かしい感じ…なんだっけ、この痛くなさそうに見えて実は殴られたら超痛いの…うーんと唸る私に「俺、呪骸だから」とパンダ君がさらっと一言。
「……えっ?」
「パンダは呪骸だけど突然変異呪骸でね、喋るし感情もある人形なんだよ。夜蛾学長の最高傑作の呪骸ってワケ」
「…へぇ…中に人がいる訳じゃ…ないんだ…」
「おう。寝るときは抱き枕にするのがオススメだ」
「何それ試してみたい…かも」
「だろ?いいぜ、今ならお安くするぞ」
「やめとけ名前。コイツ獣クセェから」
「え、そうなの!?」
「だから俺を畜生扱いすんのやめろっつってんだろ真希!!」
「ちょーっと名前?仲良くしてくれるのは嬉しいけど節度ってもんを弁えてよ?」
「僕という未来の旦那様がいるんだからさぁ」と言った瞬間、禪院さんとパンダ君の目が光って余計に騒がしくなる。「やっぱり呪われてる!」「真希!野暮だぞ!」そんな二人を見て流石においたがすぎると五条さんと向き合う。
「お付き合いすらしてないのに何言ってるんですか!冗談もほどほどにしてくださいよ!」
「えっ!?お前ら付き合ってねぇの!?」
「え、あ、ハイ!ただの学生時代の先輩後輩関係ですね!!」
「後輩…?本当にか?」
顎に手を当ててジロジロと品定めするように見てくるパンダ君にわざとらしく困ったように眉尻を下げる。
「そっか…皆私よりも五条さんを信じるんだね…。それもそうだよね…五条さんの方が付き合い長いし…仕方ないけど…なんか悲しいなぁ」
「演技下手すぎ」と横から五条さんに言われた気もしたが、気にせず露骨に悲しい態度を取った途端、「あっ」とパンダ君が声を上げた。
「悟の遊びだな」
「悟の嘘だな」
「高菜」
「なんだ、五条先生のジョークだったんですね…!」
「なるほど、皆理解が早い!五条さんの日頃の教育がしっかりしてるってことですね。なんだいい子達じゃないですか一年生の皆!」
「…お前ら揃いも揃って担任に手のひら返したような態度取りやがって」
チッという舌打ちはスルー。
「俺、名前となら上手くやってけそうな気がしてきた」
「私もだな」
「しゃけ」
ぼそっと聞こえた彼らのセリフに賛成して内心頷く。とことん気が合うと思うよ、本当に。と心の中だけに止まらずリアルにウンウン頷いているとわしゃわしゃと頭を撫ぜられた。
「わっ!?」
「その様子だともうあとは任せちゃって大丈夫そうね!んじゃぁ、僕これから仕事だから、あとは頼んだよ名前」
「何を?」
「じゃねー」
瞬く間きその場を後にした五条さんの背中を見えなくなるまで見送り、その後「ひょっとして五条さんいつもこんな感じ?」と尋ねてみたら四人ともそれぞれ同意を示す返事が。まぁ予想はしてたけど、と思いながらさてどうしようかと頬をかく。
「えーと、四人ともこの後の予定は?」
「いーやなんも。悟がここに集合って言うから来ただけ」
「……はあ」
「お前も悟に振り回されて苦労してる側の人間なんだなぁ」
パンダ君が私の肩を軽く叩く。
お前も…のセリフから恐らくここにいる皆が振り回されているのはなんとなく察した。てか、高専内の人達全員そうか。
「はぁー…それじゃぁ……皆のこといろいろ教えてもらえるかな?」
副担として預けられたからにはまずやるべきことはこれだろう。
21.08.03(一部加筆修正)
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