聞けば私が来るまで四人とも朝練をしていたというから、中庭近くの自販機で彼らに飲み物を買ってベンチに皆で腰掛けた。ちなみにパンダ君は飲み物要らないらしい。
ベンチに腰掛けたところでふと学生時代にここで五条さんが私に加茂家の遠縁であることを言ってきた場所だな、なんて懐かしい事を頭の片隅で少し思う。
さてと皆の顔を見渡した所で、開口一番にパンダ君が冒頭のセリフを言うので目を丸くした。
「えっ、私?」
「人に名前を聞く前に自分から名乗れって言うだろ」
「しゃけ」
「あーうん、確かに」
それは一理ある。
と言うわけで簡単にだけれど七海の同期であること、十年前に呪霊に食べられて何故か生き延びたけど記憶がパァになって平々凡々に一般人として十年を過ごし、最近になってようやく記憶を取り戻したこと、五条さんに前職を強制退職させられたことを説明した。……寿退社のことは言わなかったけど。
そんな感じで一通り話し終えたところで不意に四人の顔を見たら全員この世の終わりみたいな顔をしているのに気づく。……なぜ。
「名前…お前ぽやーってしてる割には結構苦労してきたんだな」
「しゃけ…」
「この世界でぽやーって生きていける術があるなら是非ともご教授願いたいですねパンダ君」
それからは選手交代ということで、ざっくりと一年生達のことを聞かせてもらうことに。
真希ちゃんはやはりあの御三家、禪院家の人間だった。けれど呪力をほとんど持たないので私と同じように呪霊が見れる眼鏡と呪具が手放せないとのこと。親近感が湧くね!
でも、あの御三家と言われるだけのことはあって、禪院家では呪力を持たない人間に対する仕打ちは相当なものらしい。だから真希ちゃんはそんな家を出て高専へやってきたそうだ。そんな彼女は苗字で呼ぶと「その呼び方すんな」って怒るので真希ちゃんと呼ぶことにした。
次に棘君は五条さんの説明通り呪言師。幼い頃からもう呪言術を習得していたらしく、口元と舌にある蛇の目と牙が書かれた狗巻家の呪印を見せてくれた。私、呪言師と会うの初めてだから今度任務について行ってみたいな、なんて思ったり。
真希ちゃんのことを名前で呼ぶことになってから、「こんぶ!こんぶ!」と自分を指差しながら叫ぶので、え?なに?どうしたの?なんて困っていたらパンダ君が「棘も名前で呼んでほしいって」と教えてくれたので棘君と呼ぶことにし、その流れで乙骨君も憂太君と呼ぶことにした。
ちなみにこれは余談だけど、棘君についての説明は大体スマホで文字打ちか、パンダ君の口頭説明が主だったのは個人的になかなか面白かった。
一通り皆の説明が終わったところで、不意に真希ちゃん立ち上がり、手中にあったスチール缶をベコンと手で握りつぶしてドリンク用のゴミ箱に突っ込んだ。……ひえっ、握りつぶした…。
「悟が名前を連れてきたわけが分かったわ。大方、私と憂太の呪具指導ってとこだろ?」
「そうとは言われてるけど…でも私かれこれ十年も呪具に触ってないからね…。正直指導者面できないよ。術式も簡単なものしか使ってこなかったし」
そう言えば、真希ちゃんは一度も染めたことがなさそうなツヤツヤなポニーテールを靡かせてこちらを振り返り、薄く笑った。
「じゃあ軽く遊ぼうぜ名前。手加減してやっから」
「…お手柔らかにお願いしますよ」
どこか楽し気に中庭へと向かう真希ちゃんに苦笑いしながらスーツのジャケットを脱ぎ、彼女の背中を追いかけた。
◼︎
「――はぁっ、はぁっ」
どうも、名前です。只今高専の敷地内をひたすら駆けています。
え?真希ちゃんとの打ち合いでどうなったかって?負けたに決まってるでしょ!十年のブランク舐めんじゃないよ。
赤ちゃんが小学四年生ぐらいになる年月だぞ。生きるのに目一杯な赤ちゃんが思春期突入…好きな人ができちゃったってなるような年月だぞ!
あの打ち合いでは勘を取り戻す程度に軽く術式使ってみたけどそれでも見事な大敗っぷりだった。呪力が無い分身体能力が爆発的に高められた真希ちゃんの武術、戦闘センスったらもう凄まじいの一言に尽きる。呪力がなくてもあんなに立ち回れるなら私もこんなヘンテコな天与呪縛手放したい。そのくらい羨ましい。
打ち合いでは国産のスーツなんかお構いなしに何度か地面に膝つくことになったし、そのせいでそこそこイイ値段するパンツの膝が擦れるわ、しかも数時間後から酷い筋肉痛に襲われて二日は満足に日常生活を過ごせなかった。いや、もう本当に散々だったね。
四日目くらいにしてようやく筋肉痛が徐々に引いてきて、今日からはこうしてランニングして体力作りに励んでいる。
「名前ー、頑張れよー。俺らもう三周目だぞ」
「っはぁ、…はぁっ、マジか…」
ぜえぜえ息を切らす私の横を一年生の三人が駆け抜けた。真希ちゃんの涼しげな顔……やっぱり体力えげつない。
三周目ってマジ?私まだ二周してないくらい…しかも一周何キロあると思ってんのここ。駅伝の箱根みたいな山の道路なんですけど。てかパンダ君って走る意味あんの?……あーやめやめ!余計なこと考えない!余計に疲れる。
「……はっ…ぜぇ…っ…苗字、さんっ…!がんばり、ましょ…っ!」
それからしばらく走っていると息を切らした憂太君がヘロヘロになりながら私を追い抜いて、見えなくなった三人を追いかけていった。わー、若いっていいなー。テンポよく走りながら憂太君のちょっと頼りない背中を見送る。
「ほらほら名前、一年生に抜かされてるじゃーん頑張れ頑張れ。先輩の意地みせてやんなよ」
「…は…?」
真横から五条さんの間延びした声が聞こえて、そちらを見たらこめかみあたりがびきっと音を立てた気がした。
そこには伊地知さんが運転する黒塗りの車があって、開けられた後部座席の窓から涼しそうな顔してこちらにメガホン向けてくる目元包帯ぐるぐる巻きの五条さんの姿。「ほらほらー」とまた煽るようなノリの声がメガホン越しに飛んできた。
「はぁっ、…はぁっ、というかなんで車…っはぁ!」
「任務行くついでに夢中で頑張る名前にエールをと思って」
要らん世話すぎる。下世話だ。腹立つから微妙にオブラートきかせてあのCMソング歌うのやめてくれ気が散る!
「伊地、知、さん!早く行ってください…まじで…っ、はぁっ、お願いします…っ!」
「は、はいぃっ!」
サイドミラー越しに伊地知さんを見たらすごい困ったような顔をしているのが分かって、つい心の中で謝る。いや、ほんとすいませ…いや、待って、なんで私が謝ってんだ?おかしくない?とか思ってたら車のスピードが少しずつ上がって「あーれー」と馬鹿っぽい声が遠退いていった。
◼︎
名前が高専に戻って来て一ヶ月が経つのかな。
いやあ、数ヶ月前の僕は想像できなかったよねぇこんな状況!そんなことを考えながら歩いていたら、爪先に当たった石ころが軽い音を立てて飛んでった。その転がって行く先を見送ると一年生達が普段練習場にしている中庭の景色が見え、少しずつ棒具同士がぶつかる音が大きくなってきた。
「おっ、やってるねぇ」
開けた景色の向こうで、ガンッと棒具同士のぶつかり合う音が何度か放たれる。やりあってるのは名前と真希、か。ちょうど十年のブランクを取り戻すために絶賛大奮闘中の名前の様子を見に来たところだったからタイミングが良かった。
どれどれ、と眺めていれば一層激しい音を立てて棒具同士がぶつかり、二人はそのまま力の押し合いで膠着状態になる。真希相手に力相撲、ね。とか思っていたら名前はそのまま足を踏み込み、重なった六尺棒を弾いた。直後に反撃の姿勢をとった真希だったけど名前の方が一枚上手だ。コンパクトかつ的確な回り込みの攻撃が繰り出され、直後に高い音を響かせて真希の手から棒具が離れる。
まっすぐ僕の方へ飛んできたファウル状態の棒具を無限で止め、持ち直してバトンみたいに手中で弄びながら皆の方へ近づく。
「!…チッ、反撃を読まれたか」
「わー危なかったー…!」
へえ、やるじゃん。ぴゅうと口笛を吹いたらこちらに背を向けて座っていたパンダと棘が振り向き、それに釣られるようにして遅れて憂太も振り返るから、そんな彼ら向かって「や」と手を上げた。
「明太子」
「青春してる?」
「五条先生!」
「ちょうどいい所に来たな悟。一つ聞きたいことがあんだけどよ、名前の学生時代は真希より上だったのか?」
パンダの質問になるほどと思い、顎に手を当てながら考えてみる。いや、考えるまでもないか。
「んーそうねー、流石に術式ナシとなれば真希の方が上っしょ」
だけどこれはあくまでも
恐らくあと数ヶ月鍛錬を積めば名前は術式ナシでも確実に真希を超えるだろう。…全く、十年ブランクがあるとはいえ、名前の成長は目覚ましいものを感じさせてくれる…。血筋ってやつだろうか。怖いねぇ、御三家の血。
…そうとくればあの件もそのうち、かな。
「クックック…いやぁーさすが僕のお嫁さんだよ」
「まーた言ってるぞ棘」
「しゃけしゃけ」
僕はね、決めたんだよ。二ヶ月前のあの日…名前の背中を見つけたとき、もう二度と彼女を無くしてたまるか、二度と無くさないためになんでもするってね。
ニッと笑ったらこちらを見ていないはずの名前が震え上がった。
「!?」
「?どうした名前」
「いや、…なんか寒気が」
…そのうちアイツ一旦絞めておこうかね。
21.08.03(一部加筆修正)