傷心の背中

「い、…!」

 夏油先輩、憂太君、私。それぞれの呪力の塊が衝突した後、気づいたら私は吹っ飛ばされていた。痛む身体を無理矢理起こすと、僅かに石の破片がパラパラと服から転がり落ちる。
 けどそんなこと気にもせずすぐ辺りを見渡して状況を確認すると、少し離れたところで憂太君が倒れているのが見えた。

「憂太君!」

 急いで駆け寄りその容態を見る。怪我は多いが、特に命に関わるようなひどい状態ではなさそうだ。近くにいた呪霊の気配に顔を上げると、里香ちゃんの姿。
 …憂太君が目を覚ますのを待っている、のだろうか?

「ゆ、憂太君をお願い、できますか…?」
『わかってる。言われなくても、わ、わ、わかってる』
「…ありがとうございます」

 あ、里香ちゃんって憂太君以外とも口聞いてくれるんだ。そんな小さな感動を覚えつつも夏油先輩を探すべく、疲労で震える足を奮い立たせて立ち上がった。

「……血…」

 一箇所に広がる大きな血溜まりから転々と続く血の跡…、それを見た途端嫌な予感がして走り出した。直感的に夏油先輩の血だと思ったからだ。
 あの出血量かなり大怪我しているに違いない…大丈夫だろうか……いや、殺されかけておいて心配するのもおかしな話だけど。
 血の跡は高専の勝手を分かっているような足取りで、それがまた夏油先輩が高専にいた人物であると改めて突き付けられてしまって胸が痛くなった。細道の角を曲がるとその向こうに見えた二つの人影。

「ご、五条さん!?」
「…名前?」

 一人は明るい場所に立っていて、珍しく包帯もサングラスも全て取り外した五条さんの姿。久しぶりに見かけたその姿をまじまじと見入ってしまった。
 それからその手前にしゃがみ込んでいるもう一人は……、

「…夏油先輩?」

 壁に身を預け、ぐったりと座り込んだあの人の姿があって、恐る恐る名前を呼ぶけど身動き何一つ無い。右腕がなくなっているのにぴくりともしないのだ。
 それがどういうことなのか嫌でも分かってしまって、理解した途端腰が抜けてストンとその場に座り込んだ。

 …全部、全部終わったんだ。その一言だけ真っ先に浮かんだ。俯いて息を吐くと狭い抜け道を五条さんが靴を鳴らしてこちらに近づいてくる音が聞こえて、地面ばかり眺めていた私の視界に五条さんの靴先が入ってきた。


「——僕が傑を殺したよ」


 心臓が一段と強く鳴って、総毛立つ感覚。反射的に顔を上げると久しぶりにちゃんと顔を見た五条さんは思っていたよりも穏やかな表情を浮かべていて戸惑ってしまった。
 でも、発せられたセリフは表情とは打って変わって酷く悲しいものに聞こえて…。まるで、自分がやったことを自分に言い聞かせているような、そんな口振りだった。

「五条さん…」

 茫然として五条さんを見上げる私に呆れたような、それから困ったような薄笑いを浮かべた五条さんは目の前にしゃがみ込むと傷だらけの私の手を取り、それからもう片方の手で私の頬に触れて顔色を伺ってきた。

「まーたこりゃ随分派手にやってくれたねぇ。それから…これは里香の気配だよね。憂太は無事ってことかな」
「訓練場の方で気絶してて…でも命に別状はないかと」
「そっか。歩ける?お姫様抱っこしてあげようか?」
「い、いや…いいです。…そんな年でもないので」
「女の子はいつだってお姫様デショ?」
「こんな時に女誑しな発言…やめてくださいよ」
「人聞きが悪いなー、君を口説いてるだけなのに」

 タイミング今かよ。そのまま私の手を軽く引っ張って立ち上がらせてくれた五条さんはスタスタと私が来た道を進むから驚いた。

「あれ、えっ!?げ、夏油先輩は…!?」
「補助監督に引き継がせたから時期遺体の回収に来るよ。死人より生徒の安否が先だ」
「……えっ」

 ……その淡々とした態度に拍子抜けしてしまった。
 いや、違う、淡々としてるんじゃない、きっと五条さんはもうずっと前から覚悟を決めてたんだ……何れはこうなると。
 抜け道を歩いて行く五条さんの背中を見てから一度夏油先輩の方を振り返り見る。ダメだ、近くに行ったら私はいつまでも動けなくなってしまう。五条さんの言う通り生徒の安否を…、真希ちゃんを硝子先輩のところに連れて行かなければならないのだから。

「…さようなら、夏油先輩」

 しょっぱい口元や濡れた目元を雑に拭って五条さんが先に歩いて行った道を追いかけた。

「――おっ、なんだか騒がしいね!」
「!」

 五条さんの六眼のお陰で迷わずに憂太君のところへ向かうと、段々一年生達の声が聞こえてきた。よかった、みんな無事だったんだ…!
 そんな中突然里香ちゃんの化け物じみた体が崩壊し一人の女の子が姿を現した。なにあれ、と茫然としていたら隣にいた五条さんが喉を鳴らしながら一年生達のところへ足を進めた。

「おめでとう。解呪達成だね」
「「「誰?」」」
「グッドルッキングガイ五条悟先生ダヨー」

 話を聞けばどうやら憂太君は五条さんの遠縁らしい。菅原道真がどうこうの会話を繰り広げる五条さんと生徒達の声をぼんやり聞きながら、あぁ……伊地知さんが最近忙しそうに調べ回ってたのって、憂太君の家系調査だったのか、と最近の彼の様子を思い出しては一人納得した。

 こんな事件が起きた日だというのにイェーイなんていつものテンションの五条さんを見たらついホッとして肩の力が抜け、同時に今の今まで編み出し続けていた術式までうっかり解いてしまい地面にぶっ倒れる痛みで意識がぶっ飛んだ。

 医務室で解こうとしたのに。


◼︎


「…医務室は……私のセーブポイント…か」

 ぱちりと目を開けると、まぁよく見る天井。次に目を開いたらここだろうなと思ってたから、そう呟いくと視界の隅に五条さんの顔が入ってきた。
 わー、目ん玉動かすのもしんどい。

「僕の腕の中の方が良い?」
「…結構です」

 「おはよ、名前」と五条さんに言われてどうにか身体を起こすと、腕に点滴が刺さっているのが分かって少しチクッとした。
 点滴…?なんで?そう思っているうちに酷い目眩がして顔から布団に突っ込むようにして横に倒れ込む。……熱い。酷い頭重感、痛む体の節々、とんでもない疲労感。なにこれ…インフルエンザ?

「やっぱり来たね、反動」
「……うぅ」

 出た反動、と思っているうちに五条さんの手によって布団に寝かし直され、掛け布団をしっかり被せては「ほい」と渡された体温計。それ受け取ってもぞもぞ脇に差し込む。ぐああ指先までだるい。

「もう丸三日、ちょーぐっすり眠ってたよお前」
「え」

 五条さんに突きつけられたスマホのホーム画面に表示された日付はクリスマスイブから三日が経っていることを示していて唖然とした。「マジか」と脱力すると「マジ」と笑いながら返事が返ってくる。いや全然笑えない。

「満月期だったってこともあって、呪力が微かに廻り続けてたから死にはしないとは思ってたけど、流石に寝過ぎ。心配した」
「…すいま、せん」
「呪具のピアスはロータリーに捨てられてるし、例の現場では凄まじい量の残穢見たよ。相当な呪力使ったでしょー名前」
「贅沢に……思う存分、使いました」
「ほんと、相変わらずな呪力のパケ放具合ねぇ」

 パケ放言うな。目でそう訴えるが、ちっとも気にしない五条さんは鳴った体温計に反応して「ちょーだい」と手を出してくるので、かったるい体を動かして手渡す。38以上は絶対あるだろと思いながら数値を見る五条さんをぼんやり眺めていたら「うわぁ、39.4…」とどん引いて言われるか。…なるほど、道理でインフルエンザかと思ったわけだ。
 あれれ気のせいかな、体温聞いたら余計にしんどくなってきたんですけど。

「テッテレーそんな名前ちゃんに僕からのプレゼントー」
「…は?」
「腕、出すよ」

 ポケットからサッとあるものを取り出した五条さんを薄目にして見る。「これをーこうしてーこうなりまーす!」なんて言いながら手にしたものを分解作業していく五条さん。…なんだ実演販売でも見せつけられてるのか私は。
まじ今そのテンションついてけないんで勘弁してほしい。最小限の反応だけして五条さんを見ていると徐に布団の中に手を突っ込んできて、腕を掴まれた。

「うわー、あっついねぇー!」
「……なんか、それ、見覚えが」
「ほいほい、お客さんチクっとしますよー」
「い゛っ!?」

 袖を捲し上げられ腕の腹を上に向かせられると直後にブスリと腕に突き立てられる。驚いて軋む体が動いた。
全然チクっとレベルじゃない!いっった!?こんな状況でこんな追い込みしなくて良くない!?もうなんなん!?私が何したって言うの?五条さんが「耐えて耐えてー」と呑気な声援を送りながら、痛みを少しでも誤魔化せるようにか腕を優しく摩ってくる。けどちっとも効果ないからね!!

 訳の分からない理不尽さに涙目になってきた頃、心地よい気が体内を巡る感覚がして「あれ」と呟く。心なしか体のだるさが引いて、筋骨の痛みが軽くなっていくような…。

「…なにこれ…呪力、ですか?」
「そ。アイツがさ、死に際に教えてくれたんだよ。この呪具は呪力を吸収したら放出ができるんだって。寝てるお前にやったらなにが起こるか分からないからね、目が覚めるの待ってたんだよ」

 五条さんが言うアイツは、確かめなくてもすぐに分かってしまって、目元が見えない五条さんの顔を一目見てから腕に刺された呪具に視線を移す。

「ただし使い捨て」

 暫く見ていたら呪具がパキャと音を立てて砕け壊れ、ベッドの上に散らばった。刺されたはずの腕は傷ひとつ残っていなくて、「うわぁ」と歓声を上げながら腕を上げて刺された箇所を見て手で摩る。何も痛く無いや。

「どう?調子は」
「さっきより全然マシです…」

 ほんの少しだるいけど、歩き回る分には何も支障はない。体を起こすと、さっきよりも体の動きがスムーズだ。手をにぎにぎして手の感覚を確かめる。

「呪力も割と戻ってるね」
「…ありがとうございます」
「礼ならアイツに言いなよ」
「……そう、ですね」

 アイツ、のセリフに一瞬言葉を詰まらせながらも袖を直す。

「軽蔑する?傑を殺したこと」

 その言葉に瞬きをひとつ。
 それから五条さんを見上げてみたけどいつも通りの包帯が巻かれていて目は見えない。ズルいよなぁ目元が見えないって。

「…まさか。どのみち処刑対象だったじゃないですか」
「まぁねー。捕まっても拷問にかけられた後に死刑だっただろうね」

 いずれにしても夏油先輩は死などは避けられなかったんだ。一体…どこで違えたんだろうか。
 そう思っているうちに鼻の奥がまたツンとしてきたけど、五条さんの前で泣くわけにはいかなくて何度か細かい瞬きを繰り返し涙を誤魔化す。

「…簡易シャワー室あるけど入る?硝子が着替え用意してくれてるよ」
「入ります」

 五条さんのセリフに即答してシャワー室へ駆け込む。寝ている間は多分硝子先輩が体を拭いてくれていたとは思うが、やはりシャワーに浴びたい気分だった。それに涙を堪えきれる自信がなかったから、二つの意味で助かった。

 さっと体を洗い流し、ついでに少し涙を流してシャワー室を出ると五条さんは私がシャワーに入る前と同じようにパイプ椅子の背もたれに体を預け、足を放り投げながら腕を組んでいた。目元の包帯のせいで起きているのか寝ているのか分からないが、五条さんのことだから前者だろう。ゆっくり近づくと「早かったね」と言われる。ほらね。

「五条さん、一年生の子達は?」
「大丈夫。真希も棘も憂太の反転術式のおかげで硝子が見たらすぐに治ったよ」
「そうですか」
「今みんな高専内の修理作業を手伝ってるよ。修復術に長けた術師いないし、あのまま年越しかもね」
「…私も手伝ってきます」
「うん、行けるなら行っておいで」

 寒いからここにいればいいのに、とか病み上がりなんだから無理しないの、とか言いそうな五条さんがそういうとは思わなくて少し拍子抜けしてしまった。けど、やはり多分疲れているんだろうなと思い、一人にしようとスリッパから靴に履き替える。

 「行ってきます」と一言伝えて一度医務室を出るけど、五条さんのあの疲れたような顔がやけに頭から離れない。出たばかりの医務室の扉の前で暫く立ち止まる。

「——もうッ」

 意を決しもう一度医務室に戻り、そのまま椅子に腰をかける五条さんのところへ足早に進む。

「どうしたの?名前、ンブッ」

 無限のことなんて気にせずに五条さんに手を伸ばしたら柔らかい銀髪に手が触れられて、そのまま自分の胸元に引き寄せたら潰れたような声が聞こえた。「なにこれ名前の夢小説?」だ。黙っててくれ。

「五条さん」
「なーに?」
「今なら泣いていいですけど」
「なんで上から目線?まぁ、実際に目線は上だけど」
「……私、」
「うん?」
「恋人は自分に弱いとこ見せてくれないと……嫌なタイプです」
「……それこのタイミングで言うー?…全く、敵わないなぁ…」

 呆れたようなセリフを述べながら緩く背中にまわされた腕。「最強の僕が泣く訳ないのに」口ではそう言っているが、徐々に力が込められていくのを確かに感じた。
 こんな時まで強がんないでくださいよ、本当はそう言ってやりたかったけどきっとそれは五条さんは望まないと思うからその言葉は飲み込んだ。

「名前」
「なんですか?」
「僕…やっぱりお前のこと好き」
「…」

 言葉が見つからなくて、代わりに五条さんの頭をそっと撫でた。

21.08.03(一部加筆修正)



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