新年明けましておめでとうございますモードももう少ししたら終わるくらいの時期となった。
一年生達は先日土日を跨ぐ出張任務があったので、授業は振替休日で無し。例の問題児…いや児って言うほど可愛い歳じゃないけど、五条さんは新潟に出張中で高専を留守にしている。
いつもの人達がいないとなれば割と肩の荷が下りている方なのだけど日頃なかなか進まない書類、雑務が腹立つほどに溜まってるから今日はそいつらを一網打尽にすべく高専へ出ていた。
「はー、誰にも邪魔されずに自分の仕事が出来るって最高ですねぇ…!」
「特にお前はしょっちゅう邪魔が入ってるもんな」
昼時、硝子先輩のいる研究室へお弁当箱を持ち込んで一緒にランチタイム。久々に穏やかで優雅な女子会みたいなランチタイムに身も心も綻ぶ綻ぶ。
周りは薬品や精密機械、医療器具まみれで絵面的にも臭い的にもどうかとも思うが、あのうるさい人がいないだけでも全然違う。
「お前五条と付き合わないのか」
「ぐっ、げほっ、げほっ!?ごほっ!!」
「ほら、飲め」
「けほっ、あり、ありがとう、ございます」
今日はいつもならどこからともなく現れてはお弁当をせがんでくる輩がいないからゆっくり出来て良いなぁーなんておかずの卵焼きを頬張っていたら、突然の硝子先輩のセリフにうっかり気管支に入り込んで激しく咽せた。
よりによってしょっぱい味付けしているときに…。
いつも五条さんが人のお弁当をつまみ食いする割には「卵焼きは甘いやつにしてよ!」って駄々捏ねてうるさいのでここ最近は甘いやつにしていた。けど今日はいないって分かってたから自分好みの味にしていたから余計に滲みた。
もらったお茶を何口か飲んで、気管支が落ち着いたところで硝子先輩を見る。
「硝子先輩…!?なんですか、急に!?今どこでその話の流れに!?」
「急もクソもあるか。暇潰しなのかなんなのか知らないが、高専帰ってくるたびに微塵も興味のわかない五条の恋愛相談聞かされる私の身にもなってくれ」
「…あの人…そんなこと言ってんですか…!?」
「あぁ。…まぁ私も最初は面白がって聞いていたけどな……流石に胸やけそろそろ起こしそうだ」
「や、なんかすみませ、ん…?」
硝子先輩が研究室備え付けの給湯所にあるコーヒーサーバーから自分のお気に入りのマグカップに中身を注ぐ様子を見ながら思う。一体何を謝ってる私。
「申し訳ないと思うならアイツをどうにかしてくれ」
「うぅ…」
「ついでに聞くが、お前としては五条はどうなんだ?」
「……どう、とは」
「とぼけるか?自白剤ならあっちの棚にたんまりあるけど」
「…………好き、だと、思いますね、ハイ」
トサリと座り心地の良さそうな自分のデスクチェアに座り直した硝子先輩は足を組み、デスクに頬杖をつく。硝子先輩は薄赤く塗られた唇から「よろしい」と言葉を紡ぎ、更に口角を吊り上げた。不敵な笑み。ちゃっかり楽しんでるわこの人。
「聞けばお前、五条にお前のことが好きなのを信じられないって言ったらしいな?」
「…よくご存知で」
「なぜ?」
「これ、なんですか?問診かなんかですか?」
「私にだって知る権利はあるだろ。だいぶ巻き込まれてんだぞ」
「すいませんでした」
私は直接的に迷惑かけませんけどね。やっぱりちょっと解せないと思いつつ、食べ終えたお弁当箱を片付けながらうーんと思案し、ぴっと人差し指を天井に向ける。灰原のクセだ。
「まずあの人性格以外全部備わってるじゃないですか。顔、お金、地位、名誉、呪術エトセトラ…」
「あぁ、なるほどな。お前は自分じゃなきゃダメな理由がわからんと」
「まぁ、そういうことになりますね。確かに人格破綻してるところはありますけど、渋谷とか六本木でもブラジルでもどこへでも行けば五条さんのお眼鏡にかなう女性が絶対いると思うんです」
「なんで最後ブラジル?……はぁ…全く」
ふぅ、と硝子先輩がため息をつきながらコーヒーを啜った。本当に好きかもどうかも分からないし、私である理由なんて余計にわからない。特に後者なんて余計に分からん。
「お前達はもっと互いに本質的なところを話せ」
本質的なところ……ねぇ。まだほんのり暖かいお茶に手を伸ばしながら自分の頭の中で硝子先輩のセリフを頭の中で復唱した。
……ん?
「……お前、達?」
「そーねー!硝子先輩の言うこと、確かに言えてるゥー!さすが硝子先輩ー!」
「……は?」
後ろから聞こえた声につい反射的にぱっと少し振り返り見上げると、最近切り替えた黒い目隠しを身につける五条さんの姿。JKみたいに少し体をひねって、片手は頬に、片手は硝子先輩を指差していた。その人差し指が妙に反っているのが腹立たしい。
……というか、この人いつから、
「硝子、コイツもらってく」
「ハイハイ、アレよろしくな」
「もう手配済みよ」
「さすがかよ」
「硝子先輩!?ひょっとして私のこと売っ……ぐへっ!?」
がしっと腹部に手を回されて、あっという間に椅子とお尻がさようならして、気づけば五条さんの肩に担がれていた。「名前ゲットだぜー」なんて悟ならぬサトシ風の口調で五条さんは私の尻を叩いた。セクハラやめろ!
「すまん名前。幻の泡盛に目が眩んだ」
こうして私は硝子先輩の研究室を強制退場させられた。この二人…!!
「五条さん!?なんで!?新潟出張は!?」
五条さんの肩に担がれるということは、目線はほぼ五条さんと同じ状態になるわけで。思った以上に高い視野に少しビビりながらも、冷えた廊下を颯爽と歩く黒い背中に問いかける。
「秒で片して帰ってきたよ」
「は!?」
「お前ほんと相変わらず人の気配に鈍ちんねー」
「気配押し殺して近づいてくる人が言います?」
「それ、昔もおんなじセリフ言ってたね」と五条さんが笑った。
「い、いつからいたんですか…」
「硝子がお前に僕と付き合わないのかって聞いたところ。卵焼き食べたかったけど、耐えた僕偉くない?」
「いえ、全然」
ハナっからじゃねーかと一人五条さんの肩の上で白目を剥く。
「硝子は僕の味方でもお前の味方でもなく酒の味方でしかないよ。面白い話聞けるかもしれないから幻の泡盛の準備して早く帰ってこいって言われてさー、半信半疑で素直にここまですっ飛んで来たらまぁー、本当に面白い話してるじゃん?」
「う」
ガチャッとした音に加えてガラリと引き戸が開く音が聞こえて部屋に入る。その景色を見て五条さんの執務室かと思っていたら五条さんお気に入りのふっかふかのデザイナーズチェアに座らされて、その上に五条さんがのし上がって来た。
……わぁ、逃げられない。
「それにしても、お前の言っていたことがよーーやく分かったよ」
「え?」
「愛の大きさの話じゃなくて、お前のことが好きな理由が知りたかったんだね?」
「…ワー、五条さんから愛なんて言葉聞く日が来るとは思いませんでしたー」
「へぇその減らず口、舌でも突っ込まれたいのかな?」
思わず口元を両手で覆る。シマッタ、余計な一言だった。
「とにかく、名前が理由が知りたいって言わないから僕もアプローチの方法間違えちゃったよー。んもー、本当に言葉足らずなんだからお前」
「や、それ私のせいなんですか?」
「うん」
「理不尽!」
黒い目隠しの隙間に人差し指を入れて、目尻らへんを少しぽりぽり掻いた五条さんは「そうねー」と少し首を傾けると、にぱっと効果音が付きそうな笑顔でそのまま目隠しを取っ払う。急に現れた青にぐっと息が詰まった。
「まぁこれを言ったら硝子もそうだろってなっちゃう話なんだけどそこは置いといてね。名前、僕はね、君が僕のことを五条悟というより、ただの先輩として見てくれたのがなによりも一番嬉しかったんだよ」
「……へ」
思わぬところから語り始めた五条さんはそのまま自分の幼少期のことを語ってくれた。あの五条さんが自分のお家のことを語るのが珍しくて、つい聞き入ってしまう。
五条家嫡男として生まれた五条さんは昔から周りにはゴマを擦られ、常に機嫌顔色を窺われて、欲しいものは好きなだけ与えられてきたこと。
五条悟というよりも五条家次期当主としてしか扱われてこなかったこと。女の人からは色目を使われることは茶飯事で一時期女嫌いに陥ったことがあったらしい。
だから高専に入ってきて、私が五条さんのことをただの先輩として接していたのが嬉しかった…らしい。
「名前はさ、僕が今まで出会ってきた女とはまるで違うんだよ。とっても頑張り屋さんで、気遣いしていることを気付かせない優しさもある。でも譲れない芯の強さもあるよね。誰かに対しても真っ直ぐでとても誠実だ。まぁ、自分を省みないところはどうかと思うけど、それは後々調教していくとして、さ。あとそれからコロッコロ変わる表情が愛らしくて好き。ずーっと振り回したいんだよね」
「……な、に言って…」
「まぁ、柄にもなく随分べらべら語っちゃったけど、要約すれば僕のことを呪術師抜きに五条悟として見てくれていて、それから強かに生きる君に惚れたってわけ。どう?名前じゃなきゃダメな理由、伝わったかな?」
あの青い瞳が優しく細められた。目は口ほどに物を言う……口以上に物を言う…。こんな優しくて愛しさを孕んだ眼差しを向けられたら、そりゃいやでも伝わってしまうわけで。かお、あっつ…。
「なにそれ……めちゃくちゃ…好きじゃないですか…私のこと…」
「だからそう言ってるじゃん。やっと伝わったの?まぁー、もっとあけすけに言えば、メチャクチャに犯して僕無しの人生なんてありえないって、そのすっからかんな脳みその奥に刷り込ませてやりたいくらい好き」
「ひえっ」
「ま、ジョーダンだけど、………半分」
いやあの、一瞬マジトーンになるのやめてくれませんかね。一瞬血の気が引いたわ。…え、半分なの?
「それで、さっきのほんと?僕のこと好きだ、って」
「…う」
背もたれについていた手が私の頬をひと撫でする。答えを催促するような仕草につい言葉を詰まらせてしまうが、五条さんがああやって胸の内を吐露してくれたんだ…私も答えなきゃフェアじゃないなと息を吸った。
「……そうですよ…」
「ちゃんと言って?僕、名前の口から直接聞きたい」
「う、」
「名前」
「……五条、さんが、……好きです、が何か」
「急に開き直ってきたね」
「ウケる」と続けて言った五条さんが笑う。頬を撫でていた指が唇に優しく触れてきて、この甘ったるい空気感に発狂してしまいそうだ。
「僕のものに……なってくれる?」
「…ハイ」
絞り出す様にそう答えた私に優しく綺麗に微笑んだ五条さんは私の唇から指を離すと、代わりと言わんばかりにその綺麗に形取られた唇を押し当ててきた。
初めてキスした時よりもずっとずっと甘く優しくて丁寧な口づけだったから、この人もこんなキスができるんだと知ってしまって心臓が萎縮した。知り合って長いのに、まだ知らない五条さんの一面を見せつけられて心臓が痛くてたまらない。
「名前、好き。この最強が一生かけて呪って幸せにする」
「…言い方」
軽くて甘ったるいリップ音を立てて離れた五条さんはそれから私の目尻、瞼、額へと順に唇を押し当てていくと満足そうにしてぎゅうと抱きついてくる。白い猫っ毛がやけにくすぐったかった。
「…五条さん」
「なぁに?」
「私も……パケ放呪力で存分に呪ってやりますから覚悟しといてくださいよ」
おずおずそう口にすれば五条さんはニッと白い歯を見せて笑った。
「大丈夫、僕ダーリンだから」
「理由になってなくないですか?」
どちらからともなく笑い合って、それからもう一度唇を寄せ合った。
fin.
まにまにtop
top