如来と助言

 まるで訳がわからない。ふわりと浮いた自分の身体は夏油先輩の両腕の上にあって、轟音に振り向けば呪いが呪いを丸呑みしていた。
 なんだこれ?

「そのままにしておけよ、あとで飲むから」

 やや後ろを振り向いた夏油先輩は呪いに向かってそう言うと、呪いを丸呑みしかけていた呪いは小さく呻きながら動きを止めた。
 どういうこと?呪いイン呪いとか初めて見たんだけどどうなってんのこれ?呪い呪い言いすぎて呪いのゲシュタルト崩壊しかけてきた
 な、なん、なにが、なん…?こんがらがっていると「大丈夫かい?」なんて優しい声が降り注ぐ。あぁまさに仏のようだ。誰かこの人の後ろにライト用意して。

「す、すみませんでした…」
「いや?何も問題は無いよ。怪我は無かったかい?」
「はい、おかげさまで」

 横抱きにされていた状態からすとんと地に足がついて咄嗟に出たのが謝罪の言葉。どうやら私の呪具も持ってくれていたらしく、夏油先輩はにっこり笑みを浮かべながら薙刀を渡してくれた。

 なにこの人大日如来?私は大日如来様と討伐任務にあたってるのか?





「何か飲むかい?」
「いえっ…申し訳ないです!むしろ私が…!」
「遠慮しなくていいよ、可愛い後輩に格好つけたい気分なんだ」
「えっと…じゃあ三ツ矢サイダーでお願いします」

 もうすでに格好いいんですけどね。格好いいで塗り固めれてます、間に合ってますよ。項垂れつつも素直に飲み物の名前を伝えた。この際だ、私も夏油先輩の格好いいに貢献します。格好いいは作れる。

「へぇ、好きなんだ?」
「夏油先輩と家入先輩も好きですねぇ」
「うーんそれはちょっと自販機には無いねぇ」

 高専に着いてから大日如来せんぱ、…いや、夏油先輩は報告書作成の前に一休みしようかと提案してくれて、二人で寮の自販機コーナーへ来て買ってもらった三ツ矢サイダーをありがたく頂戴した。
 身も心も完膚なきまでにイケメンな夏油先輩が隣のベンチに腰をかけると座面が重さで少しだけ沈んで心の中で「おー」と小さく声を上げた。そりゃ夏油先輩タッパあるし、さっき助けてくれた時なんて制服越しだけどものすごい筋肉量を感じた。だから当然それだけ体重もあるに決まってる。
 ボンタンに包まれた長い足を放り出しながら缶コーヒーをくいっと呷る先輩はとても高校生なんぞには見えないなぁ。というか一個上に見えない。そんなかっこいい先輩に私は思い切ってあることを尋ねようと思う。

「あの!夏油先輩!さっきの実習のことで何かアドバイス…いただけませんか?」
「…え?アドバイス?」

 夏油先輩の涼しげな目が僅かに見開かれた。





 話は今朝に遡る。
 私はどちらかと言うとそんなに顔の表現力が豊かなタイプではない…と思っている。いや、かといって乏しいわけでもない。つまり普通だと思っている。

「なんだよ何見てんだ毛蟹」
「そちらこそ」
「毛蟹?」
「え、なに、なにどういうこと?」

 朝、担任の日下部先生に指定された場所で待っていると二年の先輩方が姿を表した。夏油先輩、家入先輩、それから五条さん。一番最後に現れた人は私の顔を見た途端、あからさまに顔を嫌そうに引き攣らせた。
 さっきのセリフからしてどうやら私も同じような顔をしていたらしい。夏油先輩と家入先輩が「毛蟹ってなに」と二人でこそこそ耳打ちしあっているけど正直私もなんで毛蟹って思ってますからね。
 あーあ、朝からこの人の顔見たくなかったなー。五条さんと不穏な空気を出しているとやや遅れてやってきた夜蛾先生と日下部先生は合流するなりとんでもないことを言い出した。

「今年からは学年交流を活発に行っていこうと思う。月に一度、一年と二年はペアを組んで討伐任務にあたるように」
「まぁ、繁忙期とかは無理かもしれないけど、なるべく合同任務しようなーって話よ」
「え?」
「は?」

 真っ先に反応したのは虚しくも私と五条さんだ。

「いやいや、今までなかったじゃんそういうの」
「後進を育てるのも先輩の役割だ悟。というわけでペアを発表する」
「はぁーーーっ!?」
「先生達も教育にはいろいろ試行錯誤してるんだぞ悟ー」

 「それじゃあ発表」と日下部先生は飴を咥えたままポケットから紙を取り出した。
 まじか、まじでか。お願いだから夏油先輩か家入先輩で!それか夏油先輩か家入先輩でお願いします!!あ、一緒か!

「硝子、七海ペア」
「はいはーい」
「…よろしくお願いします」

 あかん早速家入先輩終わった。お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い夏油傑 先輩が良い!隠すことなく両手を合わせて念じる。

「次、悟、灰原ペア」
「おっ」
「うす!お願いします最強呪術師五条さん!」

 ………え?サトル…?てことは?
 五条さんを見ると灰原とハイタッチしている姿が。てことはてことは?そのまま未だ名前を呼ばれていない夏油先輩を見上げると、目が合って頷かれた。

「傑、苗字」
「夏油先輩ー!!」
「よろしくね」

 嬉しすぎて思わず夏油先輩に飛びついてしまった。





 その後はそのまま現場行きとなり、まぁ案の定夏油先輩の長い足をしっかり引っ張りに引っ張って帰寮したというわけだ。

「うーん、そうだねぇ…」

 アドバイスくださいと懇願した私に夏油先輩は綺麗なフェイスラインに手を当ててありがたいお言葉を思案してくださっていて、私はそんな夏油先輩の綺麗な横顔を眺めた。
 見てるだけでご利益ありそうじゃん?

「呪いに突っ込んでいって反撃を食らった時、あの時は無闇に突っ込んでいくんじゃなくて、一旦引いて様子見た方が良かったね。人間でも呪いでも戦闘時のクセっていうのは必ずある。それを探しながら戦うのは基本中の基本だ」
「はい」
「それから敵の心理面も鑑みた方がいい。相手が恐怖心を抱いているのか、なめ切った様子を見せているかどうか、とかね。心理学は戦闘面でもかなり役立つから今度私が読んでいた本を貸してあげよう」
「はい!ありがとうございます!」
「あとは薙刀を使う時は脚はもう少し広げた方がいいね。君は背が低いから重心を持っていかれないように脚でバランスをとった方がいいよ」
「はい…!」
「もう一つ、呪力を呪具に上乗せするのをスムーズにするべきだね」
「ですよね…」
「日下部先生や夜蛾先生に聞いてみると良いよ」
「そうします!」

 胸にグサグサ突き刺さるようなありがたいお言葉をメモにひたすら書き込む。
 言われたことを書いていくと自分の不甲斐なさがより一層の際立って、情けないことこの上ない。多分これ五条さんに言われてたらメンタル崩壊してだろうなきっと。ムカつくサングラスが頭を過った。

「何か気になったこととか聞きたいこととかあるかい?」

 与えられた質問タイムに三ツ矢サイダーを飲みながらうーんと唸ると、先程の夏油先輩の姿が浮かび上がった。夏油先輩が飲み込んだもの…その場面を想像したらごくんと自分の喉が鳴った。

「あの、夏油先輩の術式ってなんですか?」
「あぁ、私のは呪霊操術と言ってね、降伏した呪いを取り込むと式神みたく自在に操れるんだよ」
「え、取り込む、って……まさかさっきの丸呑みのことですか…?」
「そうそう」
「だから背が高いんですか?」
「それはあまり関係ないかな」
「へぇーそういう術式があるんですねえ…。あ、ちなみに味とかするんですか?」
「……えっ?」
「呪いの味とか!」

 細目の夏油先輩の目が僅かに見開かれた。やや間が空いてしまって、なんだか冷や汗が出る。あれ?何この空気?

「え?…わ、私…なんか変なこと聞いちゃいました…?」
「いや……そんなこと聞くの君が初めてだな、って思って…そうか…味、か」

 再び綺麗なお顔に手を当てて考え込む夏油先輩。ぱっと顔を上げると困ったような顔をして答えてくれた。

「普通に美味しくはないね」
「ですよね、そんな感じします」

 にこりと笑ってからメモをもう一度見返す。あ、あのこと書いてなかった、と思ってアドバイスを書き足しているとふと名前を呼ばれて顔を上げる。

「術師はやっていけそうかい?」
「……正直わかりません…」

 自分が術師を目指している理由…。三年前の夏、大雨の中泣いて震えて見ていることしかできなかったあの時の光景が脳裏を過り、つい持っていたペンを強く握った。
 先の夏油先輩の質問、術師としてやっていけるかどうかに対しては正直わからない。

「でも私、呪いの被害者を少しでも助けたいと思ってるんです」

 少しでも自分のような呪いの被害者を減らすために。と続けて心の中でそう言う。

「どこまでできるか分からないんですけど…自分の手で助けられる範囲は助けられるようになりたくって…」
「誰にも君の力量なんてわからないものさ。もちろん良い目を持っている悟にでもね」

 夏油先輩の指先がペンを強く握る私の手の甲に触れて力が抜けた。なんだか魔法みたいに緊張が解けたようだった。

「…私あの人大嫌いなんですけど…なんで五条先輩はあんなのとつるんでいられるんですか?」
「うーん、そう言われてもクラスメイトだしね」
「さすが大日如来様…懐が深くて当然ですよね」
「それは尊敬されてるのかよく伝わりにくいなぁ」

 ははっと笑った夏油先輩からはコーヒーのいい香りがした。飲み切って空になった缶コーヒーをゴミ箱に捨てた先輩はぐっと上体を逸らして力を抜くと私を真っ直ぐに見た。

「悟もさ、あぁは言ってるけどなんだかんだ君を気にかけているんだと思うよ」
「え、えぇ…?気にかけている人のこと毛蟹とか言います?」
「……毛蟹くだりはちょっと私には分からないからなんともだけれど…。君は他の人に比べて呪力量が少ないって聞いている。実はね、女性の呪具使いで一級術師になった人の例がないんだよ」
「…そう、なんですか」
「ちょっと言い方は悪いけど…気を悪くしないでね。…女性の技量っていうのは正直男には勝てないところがあるだろう?だから、悟は君の身を案じてあぁいうこと言ってるんじゃ無いかな」
「えぇ…そうですかぁ?」
「はは、悟への信頼のカケラもないね。…それから、基本的にアイツは年上年下関係なく誰にでもあぁいう生意気な態度取るからあまり気にしない方がいいよ」

 お財布を出しながら「七海と灰原の好きな飲み物わかる?」と尋ねてくる夏油先輩の背中にコーラとコーヒーですかねと答える。

「ちなみになんですが五条さんの性格が残念なのって、有名なこと関係あるんですか?」
「くっく……残念って。…ちなみに名前は呪術師界の御三家って知ってる?」
「あぁ、まぁうっすらと聞いたことが…」
「古くから続く由緒正しい家系で、呪術界では高い地位と権力を持った一族のことでね、五条家、加茂家、禪院家のことを指すんだ」
「へぇ…」
「んで、悟はその五条家の生まれって訳。もちろん名前だけじゃなくてちゃんと実力もあるんだよ。もうすぐ一級の昇級テストあるしね」
「まじですか…。五条さんの呪術ってなんなんですか?」
「あぁそれは、」

 夏油先輩が言いかけた時、げらげらとした笑い声が聞こえてきて会話が自然と中断された。五条さんと灰原だった。何故だかひーひー爆笑している。

「おかえり悟、灰原」
「お疲れ様です夏油さん!」
「傑ー!!あーやべぇ灰原まじやべぇんだって!ギャグ線たけぇ!」
「んなことないっすよ!」
「もっかいやって!な!」
「えぇー…ごほん………あの呪術師のように…?ナナミンのことか…ナナミンのことかー!!」
「「ギャッハハハハハハ!!」」

 笑いすぎてぶっ倒れるんじゃないかというくらい仰反る灰原と五条さん。五条さんに至っては笑いすぎてえづいてる始末。…いや、何が面白いのか全く分からん。あんな爆笑こいてる人が一級呪術師…。
 「ちょっと二人とも流石にうるさいよ」と注意する夏油先輩に「だってー」と反論しようとした五条さんは夏油先輩の隣に立つ私に気付いて「なんだ生きてたのかよ」何にツボってんのか分からないままげらげら笑ってきた。そんな様子を見て私は一人胸の中でひっそりと決意する。

「夏油先輩」
「うん?」
「私、才能も何にもないかもしれないですけど、やれる所まではやってみます」
「…」
「勝手に決めつけられるのはムカつくので」

 見てろよヘンテコグラサン。最強なんだか一級なんだか知らんけどやってやる。

「あ、名前に一つ言っておきたいことがある」
「はい?」
「さっきの女性の呪具使いのことだけど、前例がない事は悪い事じゃないんだ。ないなら自分で作れば良い」
「!」
「私にも何かできることがあれば手伝うよ」
「ありがとうございます!大日如来様!」
「…」
「ぶっは、大日如来!?傑が!?新手の悪口すぎる!ぶはははははは」
「悟」

 大日如来様の優しい声のトーンがあからさまに下がった。…あとは知らん。
 夏油先輩にもらったアドバイスを書いたメモをぎゅっと握りしめて夜蛾先生のところへ駆け込んだ。早速呪骸で鍛錬だ。

21.07.28(一部加筆修正)



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