まにまにこぼれ話2

※時系列ミスって生まれた話です。補足をよくお読みの上引き続きお楽しみください。

※名前さんが副担やり始めたくらいの話で、この時乙骨憂太はまだ拘束室でウジウジしてる設定です。
※本編とは完全に切り離された別世界軸としてお楽しみください。
※長くなるので省略してますが、名前さんは事前に五条さんに乙骨憂太がいる拘束室に連れて行かれていて、「んじゃ、憂太の面倒よろしく☆」されてます。


◼︎


禍々しいオーラを放つある部屋の扉を前にして、深呼吸を一度。憂太君に取り憑く呪霊にビビってばっかじゃダメでしょ名前。
よし、ちょっと今日は明るめに……テンションを上げて行こう!

「――憂太君おはよう!」
「うわっ!?」

声のトーンを意識したら動作までつられた。ドアが思った以上に勢いよく開いて静かな部屋にバン、とした騒音が走る。中にいた少年、乙骨憂太君が肩を震わせた。

「あ、ごめん…なんかつい…」
「あ…いえ…!その、おはようございます…苗字さん」
「名前、覚えてくれたんだ。嬉しいな」

拘束室の椅子に座り縮こまる憂太君は勢いよく入ってきた私に驚きながらもおずおず挨拶を返してくれて、更には名前まで呼んでもらえて嬉しくてつい顔が綻んだ。

「今日はね、制服持ってきたんだ」
「えっ?」

今日は憂太君が高専に行く日だ。

私は呪術師復帰に向けて同等級術師との仕事があり、彼が真希ちゃん達と初対面するところまでは見送ることはできないので、せめてものと制服を届けに憂太君のいる拘束室へ来た。
五条さんが指定した"目立つから"という理由一択で選んだ真白い制服をそっと差し出すと、彼は眉をこれでもかと顰めて困ったように視線を泳がした。きっとまた自分のせいで誰かが傷ついてしまうことを恐れているんだろう。

「憂太君大丈夫だよ。そこにいる人達は君にやられるほど弱くないよ」

しばし葛藤し、それからおずおずと手を差し出してくれた憂太君にそっと制服を手渡す。真白いそれを見た憂太君は何かを決心したようにぐっと唇を噛み締めて私を見上げた。

「っ、苗字さん」
「!…は、はい!」
「実は果物が欲しくて…手配を……、その、お願いできませんか?」
「…果物?」
「……僕、果物の皮剥きが好きなんです。……その、皮剥きしてると落ち着く、ので…それで……えっと、」

あぁ、なるほど。二つ返事で了承した私は憂太君にその間に制服に着替えておくよう伝えてから拘束室を後にし、給湯室からナイフ、応接間から果物を取って再び拘束室へ向かった。

高専には呪霊討伐のお礼として現金以外にも菓子折りや果物の詰め合わせ、酒など色んな贈り物があり、それらは全て応接間に雑に置かれている。
呪術師は忙しいし中々高専に戻る人も少ない…特にこの応接間まで来る人なんてほとんどいないから、こういったお礼を消費するよりも溜まってく方が多いのが現実だ。たまに伊地知さんとか補助監督さん達が傷んだ果物だったり、お菓子の賞味期限をチェックしているのを見かける。

「うーん、好みの果物聞いておけば良かったな」

適当に持ってきちゃったけどりんごとか梨で良かっただろうか。なかなか心を開いてくれなかった憂太君に頼られたことが嬉しくて、ついホイホイ袋に果物を入れてしまった。後から不安を覚え重くなった袋を覗き見たけど「ま、いっか」と切り替えて持ち直す。

「あれー?名前?」
「五条さん」

ふらりと角から出てきたのは五条さんだった。相変わらず包帯を巻いているのに、角から出てきた途端すぐに私に気づいて「や」と軽く挨拶してくるけど……どうなってんだあの目ほんとに。

「もう制服渡してきたの?」
「はい、さっき渡してきました」
「そっか、ありがとね。所用終えたらあとで僕も行くよ。……んで?ナニソレ」

私の手に下げた袋、果物が入ったソレを五条さんが指さす。

「憂太君が果物の皮剥きがしたいっていうんで何個か持っていくところなんです。落ち着くらしいですよ、精神統一的な感じじゃないですかね?」
「………へぇ」

袋の中を覗いた五条さんが妙にたっぷり間を開けた後に、何か思案するかのように顎に手を当てたままそう言うから、その場に何とも言えない空気が出来上がる。

「…マズかったですか…?勝手に差し入れ持ってくの…」
「……いんや、別に…。ま、本人が落ち着くって言うんなら良いんじゃない?それより任務は?今日あったっしょ?」
「これを渡したら行きます」
「ん、気をつけていってらっしゃ…って、こら!」

何故か「んー」と唇を突きつけてくる五条さんに果物ナイフを突きつけたら「めっ」と怒られた。知ってるんだぞ、その無下限呪術が最強のバリアなのを。何がめっだ、こんなの五条さんにしかやらないわ!

「人に刃物の先向けちゃいけませんって教わんなかったかなぁ?」
「呪具使いに言います?」
「呪具は呪いに、だろ」
「正当防衛です。私も凶器を突きつけられたのでおあいこですよね?」
「このグットルッキングガイの唇を目の前にしてたじろがないとか、ホントどうかしてるよお前」
「…動く人形としか思ってないんで」
「…へぇ」
「なんで、っ!」

すか、の声はびっくりして出てこなかった。

突きつけられたナイフをものともせずに一歩踏み出してこっちに近づく五条さんに、術式のことは分かっていながらもついナイフを下げたら大きな手が首の後ろに回り、嫌でも距離を詰められる。
五条さんが片手で目元の包帯を雑に解くと、その下から真白いまつ毛の下。それからあのアイスブルーの瞳が真っ直ぐに私を射抜く。陽の光を含み、美しく輝く瞳に目が逸らせなくなった。

「――これでも人形にしか見えない?」
「っ」

少し顔を傾けながら微笑む五条さんに息を呑むと、包帯を下げた手が私の頬に、それから耳へと流れるように触れられて不本意ながらも肩が揺れた。動く人形とは言ったけど、それとこれは違うでしょ…!

「ちょ、あの、五条さん…!?」
「動かないで」
「っ」

ぐっと近づいてきた五条さんの毛穴レスな顔を見ていられなくてぎゅと目を瞑ると、心臓が強く鼓動を打っているのが嫌でも分かる。五条さんの指は軟骨の辺りでさわさわと何かしていて、少ししたら「うん、よし」と何か満足そうに言い、最後の仕上げと言わんばかりに耳の縁をそっと撫でた。
まぶたの向こうにあった影の色が薄くなり、離れていく気配がしたところでぎゅっと瞑っていた瞼の力を緩めた。

ぶは、と息を吐きながらゆっくり目を開くと、五条さんは私が最初にナイフを構えたくらいの距離にいて口笛を吹きながら包帯を巻き直していた。息を吸えばついさっきまで近くにいたであろう五条さんの香り。

「な、なんですか……あ、」

ばくばくと脈打つ心臓のあたりを抑えながら触れられて熱い耳に手を伸ばすと軟骨部分に違和感。違和感があるけど、……どこか懐かしい感覚がそこにあった。

「十年前の落とし物」
「も、持ってたんですか…」
「うん」

スマホの画面の反射を使って耳元を見ると、そこには間違いなく十年前に使っていた呪力抑えのピアスが収まっていた。こみ上げてくる懐かしさにほう、と感心していると五条さんが小さく笑う。

「十年も大事に持ってて惚れた?」「いえ」
「即答か。言葉を被せるくらい即答か」
「でも…十年なんて年月…嬉しいです。持っててくださってありがとうございます」
「……!……はぁ…」

長い間持っててくれたのは素直に嬉しくて、ついへらへら笑いながらお礼を伝えたらほんの少し驚いたような表情を浮かべた五条さんはやや間が空いてから盛大にため息をついてきた。な、なんて失礼な。

「なんなんですか、人がお礼言っただけなのに」
「…お前さぁ………いや、なんでもないよ。…任務、気をつけて行っておいで」

五条さんは何か吹っ切れたかのように脚をこちらに踏み出し、通りすがりに頭をぽんぽんと撫でて立ち去った。その仕草になんとも言えない胸のくすぐったさを感じていると、憂太君のことを思い出して急いで拘束室へ向かった。



「お待たせ!憂太君」
「苗字さん」

再び拘束室に戻った私はさっきよりは少し優しくドアを開けて入室した。真っ先に視界に入ったのは制服を見にまとう憂太君。

「制服!すごい似合ってる!」
「あ、ありがとうございます…」

近くにあった簡易テーブルに持ってきた物をどんどん置いていくと、いつのまにか隣に来ていた憂太君「果物いっぱい…ですね」とぽつりと一言。「何が好きか分からなかったもんでさ」そんな会話を交わしながらナイフを彼に手渡すと、憂太君はぎゅっとそれを握りしめた。

「あの、ありがとうございます苗字さん。………頑張ります」
「私はこの後仕事があってね…教室まで付き添えなくてごめんね。帰ってきたら話聞かせてね」
「…本当にありがとうございます。苗字さん、お仕事頑張ってください」
「ありがと憂太君」

頑張りますと言った彼の言葉は一体どういう意味を含めていたのか。その時の私は何も知らず、単純にこれからの高専生活を頑張るとでも勝手に思い込みながら、後で五条さんが来ることを伝えて拘束室を出た。


◼︎


震えたスマホに何事かと反射的にトーク画面を開いたのがまずかった。

『任務完遂次第至急現地集合』

中国人か。同等級術師と一仕事を終えて高専へ戻る途中に来たメッセージを反射的に開いたところ、漢字しか綴られていない内容を見て心の中で突っ込んだ。

見張ってるのか?スマホにGPSでも付けられてるのか?そう思ってしまうくらいにちょうど良いタイミングで来たメッセージにどうしたものかと車窓を仰ぎ見ると、相次いでスマホが震えて位置情報が送られてきてため息が出た。「うわー嫌な予感しかしなーい、サボりたーい、見なかったことにしたーい」とうだうだ思うも、もう既読つけてしまったので渋々位置情報を開けて場所を確認。ここから電車で行けそうな場所にある小学校なのが分かった。補助監督さんに最寄りの駅で降ろしてもらい、電車で二駅移動、今その小学校へと歩いて向かっている途中である。

背負っていた呪具を抱え直すと、スマホが突然ナビから着信の画面に変わった。『五条先輩』…それも先輩の後ろにハートマーク付きの名前を見て登録変え忘れたなと思いつつ着信に応じる。

「お疲れさまです、苗字です」
『お疲れサマンサー!ほんで名前ちゃんバックバックー!』
「え?」
『今曲がる角通り過ぎたよ』
「え、うそ」
『裏門の方向かってるんじゃない?僕正門の方にいるよ』

微妙に目的地の場所からズレたところに案内するの、ナビあるあるだよねぇ…そんなこと思いながら通り過ぎた曲がり角まで引き返す。

『こっちこっち』
「あ、見えました」

遠くでこちらに手を振る黒服の白髪長身を見かけて通話を切りそちらに向かうと、住宅街を抜けて左手にグランドの風景が広がった。ここが現場の小学校かな?うっすら目を細めると帳らしきものが見え、夜蛾先生に貰った眼鏡をかけると小学校全体がどっぷり黒色の半円に覆われていた。もう中に誰かがいるみたいだ。

「お待たせしました」

五条さんの表情が見えるくらいにまで近づくと、何故か不機嫌そうに唇を尖らせていて戸惑った。

「ちょっとーなんで電話切るの」
「はい?」
「電話しながら顔が見えるところまで来るとさ、あぁこの子は今僕のために時間を使ってくれてるんだなぁーって思ってときめくじゃん」
「どんな承認欲求の満たし方ですか」

台無しだよ、と肩を突かれて咎められ白目を剥く。五条さんの都合なんて知るか。車の中を見れば見知らぬ補助監督さんがペコリと頭を下げたので、私もつられて頭を下げる。……五条さんがここにいるってことは、

「実習中ですか?」
「そ、憂太と真希がいる」
「…仲良くできてます?」
「大方お前の想像通りだよ」
「ですよね」

あのオドオド系男子の憂太君と男前勝気血の気の多め女子な真希ちゃん……あの二人が揃えばどんな感じになるかなんて容易に想像ができる。

「コレあげる」
「えっ?うわっ!?」

突然ぽいっと投げられた刃物を反射的に受け取った。あ、危な…っ!幸い怪我することなくそれを受け取り、よく見たら刃物の辺りがぐにゃぐにゃと捻られていて、どっからどう見ても人間技じゃないのは一目瞭然。そのナイフをまじまじと観察していると、これが朝私が給湯室から憂太君に渡したそれであることに気づいた。

「え、これ…まさか私が渡した果物ナイフ…ですか?」
「そ。自害しようとしたら里香ちゃんに妨害されたらしいよ。それがその有様さ」
「――っ」

まさか、皮剥きがしたいって…、そこまで考えて頭の中が真っ白になって、思わず口元に手を当てた。それから憂太君がそんなことするなんて何も考えずにナイフを手渡した自分の浅はかさに絶句した。「頑張ります」って、……うそ、そういうことだったの…?

「お前がそれ持ってくのを知った時さ、すぐ憂太の考えが分かったよ。でもどうせ里香ちゃんが死なせてくれないだろうと思ってたんだよね。だから別に気に病む必要はないよ」
「……」
「名前、責めるのやめな」
「……は、い」

俯く私に「言わなきゃよかった?」と五条さんがぱっと私の眼鏡を取り、包帯を巻いた顔で覗き込んできた。「…いえ」と間を開けてから短く返すと眼鏡をまた掛け直され、ブリッジ部分をそっと押される。

「僕がお前に知っておいて欲しいのはさ、憂太はそのくらい根暗でクソネガティブだって話。だから今後とも引き続きメンタルケアお願いね。そのためにお前に面倒見てもらうように言ったんだから」
「……分かりました」

裏切りにあったようなそれに近いショックを受けながら手中のナイフを眺めていると、突然全身が総毛立つほどの恐怖を覚えた。ばっと帳に視線を上げたが、相変わらず中は黒くて見えない。

「出したね憂太のヤツ」

傍にいた五条さんが喉を鳴らすように笑い始めるのに対して私は心臓を早鐘のように打つ感覚をひたすら味わっていた。
待て待て待て待て、私もうすぐ新月期…!なのに何この呪いの気配…。

「凄まじいね。特級過呪怨霊祈本里香の全容か」
「……」
「女は怖いねぇ名前」
「……」

あまりの強烈な呪力に一言も喋れず、瞬きもできない私に五条さんがまた笑った。



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