上達と微睡

――怒れ。許せないという強く純粋な怒りは手足を動かすための揺るぎない原動力になる。

「トミセーン!!」

 呪骸の頭に踵落としを入れると、ぴたりと動きが固まった。よし、止められた。一息着く私の後ろを灰原が駆け抜け、その後を追うように七海が走り去って髪が揺れる。
 五月らしい爽やかな風の中にヒュンと武器が風を切る音が走る。

「誰?トミセンて?そんな人ウチの学校にいたっけ七海」
「知りませんよ」
「知らないの!?トミセンはトミセンよ!」

 何度かの風切り音の後にガァンなんて派手な音を立てながら六尺棒を持つ灰原と鉈を持つ七海がぶつかった。
 私と会話なんかしたせいかな、足元を払われた灰原は派手に地面に転がってしまって「あ、ごめん」と咄嗟に謝った。

「苗字パース」
「おっけー」

 投げられた六尺棒を受け取って七海に向かって体を捻りながら振り抜く。武器同士がぶつかって手のひらにじんじんとした痺れが走って痛い、けどまだいける。
 六尺棒の先端に意識を集中させたら一瞬青白い光が灯り、そのまま七海に向かって突きを入れる。

「あれ?なんか苗字今呪具に呪力のせた?」
「今のってた!?今のがそう!?ぎゃあっ」
「油断大敵」

 気づけば視界がぐりんと反転して地面に転がっていた。あー…一瞬すぎて何にも分からなかった…。
 背負い投げをした姿勢から立ち上がった七海は涼しそう顔をして私を見下ろす。灰原とやってた時の方がめっちゃ動いてたよね。やっぱり物足りないよねぇ。そうだよなぁごめんねぇ。

「ははっ、七海容赦ないなぁー」
「呪霊に手加減なんて辞書はありませんからね」
「私は人間だけどね。…まぁ正論に体より心が痛みますねぇー…」
「今日はこれくらいで終わりにしても?帰寮後筆記をやりたいので」
「だな!苗字は?」
「そうねぇ…」

 正直大分疲労感を感じている。今日は日下部先生がいないから、十時頃から一度お昼を挟んで十五時まで動きっぱなしだった。帰ってシャワー浴びてさっさと眠りたいところなのだけどそれを想像した時に頭を過ったのはあのムカつくヘンテコグラサン。「だから呪術師向いてないってーははははは!」目の前にいるわけでもないのについムッとして唇が尖った。

「…もう少しやってく。早く二人に追いつかないとだし」
「そっか!付き合えなくて悪いな。僕は今日コンビニの期間限定スイーツ狩り頼まれてるもんで帰るよ」
「誰に?」
「五条さん!」
「…あなた、それパシリでは?」
「七海、しっ。本人が気付いてないならいいよ」

 七海に小声でツッコミを入れて灰原を見送り、その七海も見送った後、木影に置いてあった呪骸を抱き上げた。さっきストップさせた呪骸だ。それを少し離れた場所に置き、今度は呪力を筋骨に行き渡らせるように意識を向けて口を開く。

「さて、…スタート」
『ニャォオオン』

 目をかっ開かせた呪骸はすぐに私の姿を捉えると問答無用と言わんばかりに飛びついてきた。攻撃してくる手足は絶対目を逸らさない。見切って体全体で避けるのではなくて、軽く叩いて軌道を避けながら躱す。
 何度も何度も戦ってようやく見抜いたこの猫型呪骸の戦い方のクセを見極め、見つけた隙に容赦なく拳を叩き込む。うっすら増えてきた呪力を乗せて。
 殴るときは手に、蹴るときは足に、攻撃を受ける時は受ける場所に。呪力の場所のコントロールも大分慣れてきた。

 動きが止まる場所も分かり、最後の一撃を与えると猫型呪骸は小さくひと鳴きしてはぽてんと地面に倒れたのを見て安堵のため息をついた。





「――そうか、少し待っていてくれ」

 返却ついでに少しレベル上の呪骸が欲しいことを夜蛾先生に伝えたら、今仕上げてる所だからもう少し待ってて欲しいと言われたので今日の自主練はこのまま切り上げることにした。
 一度自室に戻ってシャワーセットを引っ提げて大浴場へ向かいリフレッシュ。お腹空いたけどご飯どうしようかなー冷蔵庫なに入ってたっけなんて考えながら自室へ向かい、談話室の横を抜けようとすると見慣れた背中を見つけた。

「あれ?灰原?」
「ん?あ、苗字」
「何してんの?」
「五条さんのデザート入れてたんだよ」
「あ、ここに冷蔵庫あったんだ」
「そそ。共有のヤツなんだって」

 寮はお風呂とトイレは共用だけど、簡易キッチンなら各部屋にあったからまさかここにあるとは思わなかったな。
 灰原がガサゴソ入れている共用冷蔵庫とやらの中を見てみると、ミルクティーやらチョコやらポッキーやら、なんか年頃のJKが好きそうな飲み物やお菓子がごった返していた。家入先輩のかな?

「なんでまたここに?」
「五条さん部屋にいないっぽかったからさ、ここに入れとこうと思って」
「あぁそういうこと」
「あっ、そうだ。コンビニ行った時まだ苗字自主練してるかと思ってこれ買ってきたんだけど食べる?」
「わーい!お腹空いてたんだよねーありがとうー」

 差し出されたカロリーメイトのチョコ味に飛びついて、それから後ろにあったソファにぼすんと沈む。意外に座り心地の良い3人掛けソファのふかふか具合を感じながらカロリーメイトの箱を開けていたら、ふとした疑問が浮かんでそれをそのまま灰原に投げてみた。

「ねぇ灰原ー、ここからコンビニってどのくらいある?私まだ高専の外、車以外で出たことないんだよね」
「歩いて十五分くらいのとこにあるよ」
「へぇ、今度連れてってよ」
「あぁいいよ!今度任務帰りに教えるよ」

 灰原と他愛ない話しながらカロリーメイトを貪っていると携帯が鳴った。条件反射で自分のジャージのポケットに触れるも、そもそもシャワーに行って自室へトンボ返りするつもりだったから持ってなかったことに気づいた。
 てか、着信音違うわ。

「あ、妹からだ」
「いもうと」
「うん」
「出な出な!」

 ソファから腰を上げた灰原は「もしもし?」なんて言いながらソファから少し離れた。…そうかあ、灰原って妹いたんだぁ…。
 七海も兄弟とかいるのかなぁ…?任務でいっぱい出かけてるのに…車の中ってあんまりそういう話にならなかったなぁ…。

 てか、……ねむ。





「たっだいまー」
「あれー?灰原じゃん」
「電話みたいだね」
「彼女か?」

 寮の玄関に隣接した扉を開けて談話室に入ると部屋の隅で灰原が電話してんのが見えた。耳元には携帯が充てられていて、傑が真っ先にそれに気づいた。「ちょっと待ってて」なんて電話相手に言った灰原は俺の顔を見るなり冷蔵庫の方を指さした。

「先輩方お疲れ様です!五条さん、例のブツそこに入ってます」
「マジ!?サンキュー!やっりー!」
「悟…またそうやって人に買わせてきて…」
「灰原、相手彼女?彼女なの?ねぇー?」
「やっ、ち、違いますよ!妹ですいーもーうーと!」
「えー?妹ー?ほんとにー?」
「と見せかけて、だろ?」
「だぁー!夏油さんまでからかうの無しですよ!」

 硝子と傑が灰原を揶揄う様子をスルーして冷蔵庫に向かう。待ちに待った本尊ご開帳してやれば俺が前に適当にぶっ込んだ食料の上に例のコンビニスイーツが鎮座していた。こいつのために一級案件速攻で片付けてきた甲斐があったわー。鼻歌歌いながら背後にあるソファにダイブしようとしたところでビタッと体を止めた。

「あ?」

 玄関側からだとソファの座面は背もたれのせいで見えなかったが、こうして回り込んだらそこに寝ていたヤツの姿を見て間抜けな声が出た。
 俺がダイブしようとしたそこに丸く寝転がってたのはまさかのアイツだった。無能なクセに呪術師目指してるとかアホ抜かしやがるあの一年だ。
 最近少しずつ力をにつけているらしいが、ぶっちゃけ俺の足元にも及ばないレベル。下の下以下なヤツ。

 ていうか邪魔。そこ談話室で俺の定位置なんだけど。心の中で毒突いたつもりだったけど口に出ていたらしく、「悟どうした?」とかかってきた傑の声に「なんでもねー」とぶっきらぼうに言って、僅かに空いた頭元に態と荒く腰を下ろした。

「(いや起きろよ)」

 今年の一年は三人と聞いていた。それも俺たちの代と同じように男二人の女一人の組み合わせ。新入生が入ってきた頃、硝子は一年を見に行きたがってたが、ぶっちゃけ別にそんな広くない校舎限られた人数、そのうち会うだろなんて思いながら最近ハマってるミルクティーが入ってる自販機に向かったらコイツがいたってわけ。
 六眼で能力を探り入れしたら術式はねぇわ呪力はゼロで一眼見た瞬間心底「はぁ?」なんて声が出た。いや、誰がどう見ても呪力ゼロは使えねぇだろ。術式に関しては灰原が言うには持ってるとか言ってるけど、俺の六眼には何も映りゃしねぇ。術式あるとか思い込んでんじゃねぇのと思ってる。

 女でタッパがあるわけでもねぇし、見たところ経験者って感じでもない。こんなのが呪術師になるってことは大方呪具使いだとかその辺だろが、どうせすぐ死ぬのがオチだろ。だから先輩のありがてぇお言葉として言ってやった。「呪術師向いてねぇよ」ってな。
 ちんちくりんな割には負けず嫌いなのか知らねーけど時たま高専内で夜蛾先生の呪骸と鍛錬してる所は見かける。灰原や七海に比べたら明らか劣ってるけどね。いやぁ、才に恵まれねぇヤツってマジ不憫だよね。カワイソ。

「悟?なんでそんな隅に座って…………あぁ」

 いつも俺がソファにダイブしてるのに今日は端っこに座ってるのを珍しがった傑が背凭れ越しに身を乗り上げてきた。

「毛蟹」
「いやだからなんで毛蟹?どの辺が?」
「毛蟹だから。それ以上それ以下でもないっしょ」
「…はぁ」

 座面で寝転がるコイツを見て納得の声を上げる傑をよそにべりべりと例のスイーツのパッケージを開けて頬張る。
 硝子も座面を覗き込んできた。

「あれー?名前じゃん、調子悪いの?」
「いや、シンプルに熟睡だね」
「そいや、最近呪骸とよくやり合ってるの見るねぇ。…五条、アンタ部屋に運んでやんなよ」

 何故だかどきりとして一瞬咀嚼が止まったが、無理矢理飲み込んで硝子を振り返る。なんかニヤニヤしてんどけどムカつく。

「は?なんで俺が」
「第一発見者だし」
「遺体か」
「私が運ぼう。硝子、名前の部屋は分かるかい?」
「分かる分かる。変な気起こすなよ夏油ー」
「失礼だな、悟じゃないんだ硝子」
「いやお前は俺に大分失礼だろ傑」

 ソファの座面側に移動した傑がコイツの膝裏と首の根っこ辺りに手を差し込むと、反動もつけずにそのまま立ち上がった。
 …小せぇなとは思ってたがこうして傑に抱えられてると余計に際立つ。つーな先輩の腕ん中で爆睡かよコイツ。神経図太てぇー。

「あはっ、だっこし慣れてんじゃん夏油」
「まぁ前にも一回似たようなことあったしね」
「は?」
「行こうか硝子」
「え?なに?どういうこと?詳しく!」

 傑が女子寮の方に向かって歩き始めると硝子がやたら食いついて傑の後ろを追いかけた。いやいやあいつら暇人かっつーの。
 悪態吐きながら手元の大福を見ると姿はなくなっていて少し思考が止まる。は?まじ?いつのまにか完食してた?
 いやいや俺いちごの味覚えてねーんだけど。お楽しみのブツの姿がまるまる無くなっていて愕然とした。せっかく味わおうとしてたのにアイツのせいで台無しになったわ、あーマジ最悪。

「あぁ、それはね、こないだ…」
「うん、分かった、じゃあ今度の休み帰るよ!」

 遠のく傑の声に無意識にら耳を傾けていたらしく、傑の声が灰原の電話してる声にかき消されて自然に舌打ちが出た。あーなんか面白くねぇ。

「五条さん、もう食べました?」
「おーありがとな。灰原、マリカやろうぜ」
「いいですね!自分クッパで」
「じゃあ俺テレサ」

 ゲームキューブをテレビにぶっさしてゲーム起動画面を見ていたらと女子寮の方からアイツの「すみませんでしたぁぁああ」ってデカい叫び声が聞こえた。うるせ。

21.07.28(一部加筆修正)



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