誰だよ私の星座が一位なんて占ったヤツは。名乗り出ろ。
星座占いは一位なら信じ、それ以外は信じないタイプだ。都合の良いところだけ受け入れる人間とは私のことである。だが今日はどうだ?人気の局アナがにっこりスマイルで私の星座を一位であることをハートマークが付きそう勢いで発表してくれたのにだ。私何かしましたか。どういうことですかこれ。
「五条ー、ちゃんと名前サポートしてやんなよー」
「頑張れよ苗字!」
お互いにガン飛ばし合っていた私と五条さんの肩をそれぞれ灰原と家入先輩が叩いて通り過ぎていく。
「い、行きましょうか!五条くん、苗字さん!」
「…はい」
梅雨入りしようがなんだろが呪術師界は忙しい。しとしとじめじめ雨が降り頻り、何かと気が滅入り呪いが多発しやすい季節になった。
恒例の月一の学年交流で今度は家入先輩と!と願っていたら、まさかの五条さんで私が五月病にかかりたくなった。ペア発表後、メンチ切り合って動かない私と五条さんを見かねてか、補助監督の稲森さんが車を用意してあるからと移動を勧めてくれた。
すいません、私も好きでこんなんやってないんですと心の中で謝りながら稲森さんと五条さんの後を追いかけた。
「今日は埼玉県境の廃校に行きます」
車に乗り込むと用意されていた紙資料をもらい、稲森さんが運転しながら討伐任務の概要を説明してくれた。
前回は不本意ながら夏油先輩の長い御御足を引っ張ってしまった私だけど今回はそうはいくまい。全力で足を引っ張らないようにしなきゃと出現する呪いの特徴を必死に叩き込んだ。
一方で隣で夏油先輩といい勝負の長い御御足を所狭しとばかりに折りたたむ五条さんは、ケータイを片手にかこかこをボタンを鳴らしている。心なしか手元からはぴろんどきゅんどきゅんぴこん、なんて効果音が聞こえるから多分ゲームやってる。多分じゃないな絶対。
話聞いてなさそうに見えて実は聞いていたらしく、稲森さんが一通り呪いの説明を終えて質問を受け付け始めた所で「なんで辺鄙な場所のわりには呪い多発してんの」と一言。前に話していたマルチタスクが頭を過ぎる。あの話本当だったんだ。
「それなんですが…すぐ近くに丁字路があるんです。これが事故が多発スポットだそうなんで…。事故多発ポイントと廃校の抱き合わせ、更には雨の陰気ですっかり呪いの溜まり場になってしまったみたいですね」
「なるほど…」
事故が多発する現場のすぐ近くの廃校か…資料を見た感じだと三から二級が五体ほど現場に住み着いてしまっているらしい。今までは同行者よりも呪霊が上回ったことがないから緊張が走る。
稲森さんは高速道路を降りて一般道を少し走ると、目的の場所で車を停めた。
「着きましたよ」
フロントガラスの向こうにそびえ立つのは随分と年季の入った校舎。その手前には雑草が好き勝手に映えたグランド、それから手入れのされてない校庭…。雨が降っているせいか写真で見たより不気味さが一層増している気がする。こんなオンボロならそりゃ噂も盛り上がるはずだ。
「傘どうぞ」
「ありがとうございます。…五条さんは…?」
「いらね」
「えっ」
稲森さんから助手席に置いてあったビニール傘を受け取り、正直話しかけたくないけど隣の人に一本渡そうとしたら、五条さんはさっさとドアを開けて出て行ってしまった。いやいや、いくら私のことが嫌いでもそんなに毛嫌いしなくたって…あ、だから毛蟹?
余計なことを考えかけた頭をぶんぶん振って傘を差しながら慌てて車を飛び降りる。結構な本降りだから傘がないとやはり濡れてしまう。
「五条さん!」と言いかけて自分の目を疑った。
「「え」」
どうやら稲森さんも見ていたようで二人して同じような声が出た。いや、誰もがそう言う。
何故なら雨粒が五条さんに当たってないのだ。本来なら髪も服も水分を含んでもったりするはずなのに…当たってない。まるで見えないベールが雨粒を弾いてるかのようだった。
「ど、どうなって…」
「無限」
「ハイ?」
「毛蟹に到底理解できるようなモンじゃねぇと思うよー?」
「…」
イラッとした。もう知らん。気遣ったりした自分が本当馬鹿みたい。意味わからないもの見せつけられてちょっと濡れたし最悪だ。
差し出しかけた傘は稲森さんに返して自分の分を差して目の前の景色を見渡す。
「…雰囲気…ありますね」
「廃校ですからね。…では、私は帳を下ろします。どうかお気をつけて」
「はい」
校舎へ一歩入ると、鉛色の空から黒いどっぷりとした液体のような膜が降り注ぐ。傘を渡り廊下のすぐ近くに立てかけ、二つに折り畳まれた薙刀を一本化させていると「オイ」なんて言われる。…私オイじゃないのですがと渋々振り返る。
「…なんですか」
「俺はさ、傑と違ってすげー優しい先輩じゃんね」
「はい?」
「一切手を出さねぇから頑張れ」
「……は?」
「まぁー…泣いて助けを乞うたらその時は考えてやるよ」
嫌味ったらしく笑った五条さんはポケットから携帯を取り出すとすたすた校舎の方へ向かいながら「もっしもーし硝子?お前今日ドコ?」と何やら家入先輩に電話をかけながら姿をくらました。
「――考えんのかよ!!」
「かよー!」と長い廊下に私の声が響く。絶っっ対泣いて助けを乞うもんか!怒りに任せて片っ端から扉を開けて低級呪いを祓いながら本命探し、ようやく見つけた一体を斬って祓っていたら、不意に帳で暗くなっただけの空を見上げる。そして気づく。
「今日満月だ…!」
「何?おセンチ?」
「ぎゃあっ!?」
「まだー?早く見つけてとっとと祓えよ、帰りてぇんだよこっちは」
耳元で急に囁かれて薙刀を振るうと、少し離れたところで五条さんがげらげら笑った。
「いっ、言われなくてもやります!」
「あっそ。…来るけど」
「う、わっ!?」
『あ、あ、あソボ、あそ…ボ』
突然足元から出てきた呪いが私の足首を掴んできて、慌てて真っ二つに斬り落とした。一撃で消滅するそれにほっとして体制を整える。
気付けば五条さんはぴろぴろ携帯を鳴らしながら私の後を着いて来るようになっていて、気を散らせる五条さんにイライラしながらも手際良く残りの三体を祓いきることに成功した。
「…五体目。資料に書いてあった通りの数ですね」
「おっつー。あーやっと帰れるわあ」
「かったる」頭の後ろで手を組みながら階段へ向かう五条さんの背中を睨んだあと、少しだけほっと安堵のため息を吐いた。なんとか足を引っ張らずに済んだようだ。
ポケットから携帯を取り出して稲森さんに祓除完了の旨を伝え、なんだ私意外と戦えるじゃんなんて自己肯定しながら二つ折りの携帯を畳み、ふと光沢仕上がりの携帯背面を見て固まった。
反射した面に映っていた子どもの笑顔に鳥肌が立った。
「――女の子だ!」
「「!」」
後ろから声が聞こえた途端、体に衝撃が走る。
「う、ぐ………っ!」
冗談抜きで一瞬意識が飛んだ。気付いたら校舎から外に吹っ飛ばされていて、ぬかるんだ地面にうつ伏せで叩きつけられていた。雨がじわじわと制服と髪を濡らしていく。
空気が重い。息苦しい。なにこれ。とてつもなく濃い呪いの気配を全身で感じ取りながらどうにか起き上がろうとしたけれど、頭を地面に押さえつける手が強くなって呻き声が出る。…動けない。
「ん、のっ!」
「あははっ、オネーチャンすごいすごい!」
術式を発動させ、そのまま無理に起きあがろうとせずに仰向けになって薙刀を振るうと、私を押さえつけていたヤツが離れた。これ呪い、だよね?何級?絶対今までのヤツよりやばいと本能が訴える。
なんとか五条さんが来てくれるまで持ちこたえないと…!というか呪いって会話できるっけ?いろいろ混乱しながらも、離れた隙を逃さずに体勢を整え相手を見据えると、子どものような容姿のソレに体と思考がピタリと止まった。
「あ…」
――三日月形に細められた目の奥にある殺意
――雨に濡れたアスファルトの上を流れる血
――何もできずに震える昔の自分
三年前の夏、あらゆる光景が走馬灯のように脳裏を駆け廻る。
「ん?」
目の前の呪いが不思議そうにして首を傾げた。…あの日と同じように。何かを思い出そうとしている呪いを前に、私の脳内ででは"あの日"の記憶が弾けた。
「オネーチャンの血、なんか懐かしい匂いがするね?前に僕と会ったことある?」
「…」
「おーい、聞いてる?」
実際にそうされたわけじゃないのに、まるで頭を鈍器で殴られたような強い衝撃。それから血が煮えたぎっているかのように体がかっと熱くなり、さらには体が震え始めた。
「お、まえは…」
あの日とは違う感情から来る震え……生まれてこの方体験したことのない、行き場のない激しい怒りからくるそれだった。
ぐるぐる廻る記憶の中、確かな違いをようやく見つけ出せて、呪具を握る手に力が篭る。"あの日"は無力で自分の拳しか握れなかった、でも今は呪具を握っている。この違いは大きい。
「ふふっ…」
雨によって体が物理的に冷えたお陰か、頭に血が上っていた感覚が落ち着いて冷静になる。その時、私が呪術師を目指す本当の理由に気づいてしまった。
「…あるよ。なんだ、お前忘れちゃったの?」
私のような呪いの被害者を救う為?いや、違うでしょ名前。私はそんな大それた人間じゃない。何を馬鹿な理由並べてんだか…いい子ぶってどうすんだ。
「あはっ…、あっはははははははっ!!」
それは建前と気づいた途端笑いが止まらなくなってしまって、一人大雨の中お腹を抱えて笑った。
「うわ…なんかイカれてるー」
「はははっ………………そうかもね」
呪術師を目指す理由、…そもそもアレを"殺す"ためだったわ。いやぁ、まさか今気付くとはね。
半ば投げやりな気持ちで私は呪具を構えた。
◼︎
「クソッ、やられた!」
校舎の壁をぶっ壊して外に出る。一瞬呪いの結界に嵌められて手こずった。
風通しが良くなった四階から地面へ飛び降りていると雨粒が体に当たり、無限を纏って地面に降りる。
さっきアイツに奇襲をしかけたアレの気配を探りたいところだが、帳内の呪いの気配が強すぎて所在が掴めねぇ。遠くに行ったのか?……それにさっきの呪い…会話が出来てたな。特級クラスか…?
不意に六眼が稲森さんの気配を感知。
「ご、五条さん!」
「稲森さん無事?」
「は、はい…!それでなんですが…」
駆け寄ってきた補助カンの稲森さんの顔色が悪い。良い知らせじゃなさそうだなと彼女のセリフを待っていたら「帳が、帳が上がらないんです…!」の一言。そのまま黒い空を仰ぎ見る。
「誰かが上に被せてるってワケね。…アイツから連絡あった?」
「五体討伐したと連絡はもらったのですが……」
「「!」」
突然の地響きにバランスを崩す稲森さんの肩を支える。この呪力…、
「ははっ、マジかよ」
これ、アイツの呪力?
◼︎
フッと解ける術式にお腹の激痛が急激に増して顔を顰める。
……いってぇなコラ。あれ、私ってこんなに口悪かったっけ?そのくらいとにかく痛かった。腹に突き刺さった拳を目だけで見下ろす。生理痛なんて可愛いもんじゃんなんてしょーもないことを思った。
「名前!!」
「苗字さん!!」
すっごい遠いところで私の名前を呼ばれた気がしたけど、傍でガラランと鉄の塊が地面に落下する音がやけに大きくて腹に響きまた顔を顰める。やばいなぁ呪具ぶっ壊しちゃったなぁー、夜蛾先生激おこかなー。おこだよね、これ何千万って言ってたし。
刺さった拳がぐっと動いて激痛が走り、動くなコラお前だけは絶対逃すかよ!と最後の力を振り絞って頭を掴む。
もう一つの触れたものを祓う術式に変えて今すぐに………と思ったのに手に力が入らない。呪力が練れない。
「ぐ……そっ…!」
目の前にいる子供の呪霊の双眼がきょろり一瞬こちらに向けられて、それから声が飛んできた方へ移った。
「やっば、モノホンの五条悟?サイン欲しいー!けどまだ死にたくないなあ…!……うーん、てことでたいさーん!」
「っ!?」
影のように目の前にいた呪いが消えた。どこに行った?追いかけようとするけど体に力が入らなくて膝から崩れそうになると、体を支えられる。
「オイ」
「……うあ゛っ」
めちゃくちゃ痛いお腹をぐっと抑えられて視界がじんわり揺らいだ。いたい、痛い、イタイ。何これ、めっちゃ痛いところがすごく脈打ってる。触んなクソッタレと腹部を圧迫してるソレを無意識に爪を立てて握りしめた。離せ離せ離せ。気付けば呼吸を止めてたらしくて、苦しくなって息を吐いたらまたお腹がずきんと痛んだ。なにこれどうしたらいい?ぼやぼやの視界の中で黒と白がちらちら見える。
「稲森さんさぁ、硝子が着いたらすぐこっち来れるように門の前に居てくれる?」
「わ、分かりました!」
「…けふっ……」
頭上で何か会話してるのが分かるのに、会話の内容はどうしてかちっとも入ってこなかった。つい咳き込むと、白いのがこちらを見下ろしているのがわかる。白の間からきらきらとしたアイスブルーがぼんやりと見える。わぁ、キレイ。
「名前、硝子をこっちに来させるように言ってある。だからもう少し我慢しとけ」
「…ね、…む…い」
「オイコラ寝んな」
「ん゛、ぐっ」
ぐっと腹を押さえつけられて一気に現実に引き戻される感覚。呪霊を逃した上にこの仕打ち…無性に殺意が湧いた。
「ざ、け……んな」
「その調子その調子。絶対寝んなよ、二度と起きれなくなるからな」
それは困る。でも眠いものは眠いんだよ寝かせてくれよ。なんなんだよこいつ。
「お前さぁ…さっきの呪い………人間にそっくりだったから留めさせなかっただろ」
うつらうつらしてるときにやけにはっきり耳に入ってきた言葉に瞬きを一つ。違う、あれは力が出なかったから。否定したい言葉は出てこなかった。
「やっぱお前呪術師向いてねーよ」
「呪術師向いてねーよ」似たような白いヤツが全く同じようなこと言ってた、な。誰だっけ。
「五条!名前は?」
「ここ」
「あっちゃ〜酷くやられたわねぇ…すぐ治すわ」
あーもう眠い。無理。私は睡魔に身を預けた。
◼︎
ふと目を覚ましたら体育館にあるマットの上に寝かされていた。すっかり取れた全身の痛みに慌てて跳ね起きると、家入先輩が泣きそうな、でも安心した表情で私を抱きしめてくれた。近くにいた稲森さんも飛びついてきた。
「もう動いても大丈夫そうね」
「良かったです…!苗字さん無事で…!」
「すみません、ご心配おかけして…」
どうやら高専に向かうために動かすのすら危険なくらい危ない状態だったらしい。家入先輩にお礼を伝えてふらふら外に出ると、雨は小雨になっていた。五条さんはもう帰ったのだろうか…?まぁそりゃあそうか、早く帰りたがってたし。
体育館の前にあったグランドは最初ここへ来た時は草が好き勝手に伸びてたのに、今見たら地面がボコボコに割れていた。
何も考えずにそこへ向かうと、一層大きな血溜まりがそこに広がっていて、あぁそうだ思い出した。土手っ腹に穴開けられたんだったともうすっかり傷が塞がったお腹をさする。
不意に背後から聞こえた足音にびくっと体が強張って咄嗟に振り返ると、そこにはタオルを持った稲森さんの姿。
「苗字さん、タオルどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「濡れてると風邪ひきますよ。車に戻りましょう…?」
「すみません。もう少し…もう少しだけ1人にしてもらえませんか」
稲森さんは私にタオルをかけると「早めに戻ってきてくださいね」とにっこり笑ってその場を後にした。そんな彼女に手を振って見送っていたら視界が揺らいできてしまって俯く。
「ごめん……ころせなかった…」
もう雨は止んできているというのに私の足元には未だに大きな雨粒が降っていて、暫く雨は止まなかった。
そんな私から少し離れたところには五条さんがいたことは知らない。
21.07.28(一部加筆修正)
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