八月になった。平日の昼間、比較的空いてる新幹線の中でぼんやり流れる車窓を見つめる。あー、あの雲なんかあれ、お地蔵さんみたい。あの雲はあとで雨降りそー。
こうやって移動中に外を眺める時間って結構好きだったりする。
◼
「呪具のこと、すみませんでした」
「いや、気にするな。元々使い捨てみたいなようなものだ。同じようなものをまた用意しておいてやろう」
遡ること一週間前。その日私は蝉の鳴き声が入ってくる夜蛾先生の研究室に来ていた。先日、廃校で呪具を壊してしまったことと、もう一つ別件を夜蛾先生に伝えに。
「…あぁ、もうそんな時期か」
先生はぬいぐるみを作る手を止めてはこちらを見上げ、それから壁掛けのカレンダーを見た。全部で三十一日あるうちの一つに赤い丸がついているそれを見て覚えてくれてたのかとちょっと先生のことを見直した。
「はい。だから、授業休みたいんですけど…こういうので休み取るのって大丈夫なんですかね?」
「当然だろう。そこらへんは普通の学校と同じだ。日下部には私からも言っておくが、ちゃんとお前からも話しておけよ」
「ありがとうございます」
「にしても…」
先生は作りかけの人形を机の上に置くと、細長く溜息を吐きながら椅子の背もたれに身を預けた。
「アイツが亡くなって三年が経つのか…早いもんだな」
「早いですねぇ」
私と先生は窓の向こうで樹木に張り付いている蝉を見た。脳裏によぎった、あの廃校で会った呪いが先生の言うアイツを殺めたそれと同じ呪いであることは言い出せなくて拳を作った。
◼
「(お、浜名湖)」
車窓から見えるキラキラとした水面を見下ろした。
先生の言うアイツ、とは私の母親のことだ。
私の母は私が生まれてすぐに亡くなった父と同様、呪術師だった。父も母もかつては夜蛾先生とペアを組んで討伐任務にも当たったことがあったらしい。私の記憶には無いがまだ幼い私を頃高専に連れてきては会ったことがあると聞いたことがある。実父の記憶がほとんどない私には夜蛾先生はある意味お父さんに近い存在でもあった。
そんな母は三年前の今日死んだ。確かに同じ今日なんだけど、あの日と違うのはこんなに天気が良い日じゃなくて、土砂降りだったこと。まぁ正直思い出したところで何も面白くないしむしろ気分が悪いのであの日のことは考えるのをやめる。
両親の墓参りを終えて最寄りの駅で買ったお茶に手に取ると、思ったよりもまだ冷たくて気持ちよかった。夏は飲み物がすぐに緩くなって気分が悪いけど、冷たい物を摂り過ぎるのも良くないしこのくらいの温度が丁度いいんだろうな。
『次は浜松――浜松です』
アナウンスの後減速した新幹線は浜松駅に到着。てことは、東京までまだあと二時間くらいか。一眠りしても問題なさそう。ぞろぞろと目的の駅で降りていくお客さんの気配を横で感じながら携帯のアラームを東京駅に到着予定の時間にセットしていると「あ」と声が聞こえて、チラリ視線を上げた。
「名前じゃーん」
「名前?偶然だね。私服だから一瞬気付かなかったよ」
「あれ、家入先輩!?それに夏油先輩も…!」
「やっほー」とこちらに手を振りながら通路を歩いてきたのは家入先輩だった。うわ、すごい偶然、なんて思ってると自動ドアの向こうから入ってきた巨体、夏油先輩の姿に目を見張った。あぁー夏油先輩とかドアぎりぎりー。
五条さんが続けてやってくるのではないかと待ち構えていたが、自動ドアは一定の時間が経つと閉じたから今日は二人だけだったのかとちょっと安心した。
「名前の後ろ空いてるラッキー、私窓側ー」
二人席の窓側に座っていた私。どうやらそのすぐ後ろが空いてたらしく家入先輩はするっと体を滑り込ませ、私の後ろの座席に座ると「あー疲れたー」なんてため息をつき、その隣に夏油先輩が座った。
少ししてから新幹線が緩やかに動き出し、後ろを振り向いて二人の顔を見た。
「任務だったんですか?」
「そう。浜松に赴いた先輩方が二日間行方不明でね、その捜索に駆り出されたよ」
「行方不明…!それで…その先輩方は見つかったんですか?」
「もちろん。すぐに片付いたさ」
「あぁ、良かった…!流石ですね」
「まぁもっとも、現場にいた二人は三十分くらいの体感時間だったらしいけどね」
「…えっ?」
「たまにあるらしーよ。呪霊の結界術のせいで物理的時間がズレることがねー」
「へぇー…」
「あっ、しまった乗る前に一服してくればよかった」
「補導されても知らないよ硝子」
ボヤく硝子先輩の横にいた夏油先輩さんが不意に顔を上げ、通路の扉の方に視線を動かすと、手を軽く上に伸ばした。
ひらひらと振るその様子はまるで知り合いに向かってやっているようなソレで。
「悟、こっちこっちー」
「え」
思わず漏らした声にゆっくり振り返ると、片手に紙袋を三個下げた五条さんの姿。その容姿に周りにいた乗客が「芸能人?」「やば、背高」「イケメン」なんてザワつき始めた。いや、今更だな。よく考えてみたら夏油先輩来てからも騒がしかったもん。
なんだ、やっぱりこの人も一緒だったのか。
「どこ行ってんだよお前らー前の車両の方行っちゃったじゃん」
「悟は名前の隣ね」
「………は?お前なんでいんの?」
「いやそれこちらのセリフなんですけど…」
「それよか傑と場所代われよ」
「悟の隣だと足が邪魔なんだ。大人しくそっち座って」
なるほど…足が長すぎるとそういう障壁があるのは盲点だった。私には一生感じることのない障壁だな…。
「――チッ」
舌打ちしたいのはこちらこそだっつーの。どっかり私の隣に座った五条さんの反動で座席が少し揺れた。夏油先輩がダメなら、と無言で家入先輩に視線で訴えたら、「五条の隣胸焼けするからやだ」と言われた。なんで。
大人しく前を向いて着席し直すと、肘掛けに頬杖つきながら携帯をいじる五条さんが一瞬視界に入ったが、気にせず車窓を眺めることにした。
「何?学校サボり?」
「違いますよ、ちゃんと休みを伝えて出てきましたよ」
「なんで」
「お、………いや別に五条さんに関係なくないですか?」
一瞬喉から出かけた「お墓参り」を飲み込んでそういうと、携帯から顔を上げた五条さんの不愉快そうな顔。
「カッワイクねーなお前。モテねぇだろ」
「……お顔がよろしいから何言っても許されると思ったら大間違いですからね」
「へえお前素直になったな」
「事実を述べたまでです」
ぱたんと携帯を畳んだ五条さんは持ってきた紙袋から綺麗に包装紙に包まれた菓子折りを取り出し突然その場でビリビリ紙を引き裂き始めた。この人包装紙の破り方アメリカンスタイルかい。道理で気が合わない訳だ。
私は丁寧にテープから剥がすタイプで、そして綺麗に折りたたむからな。最終的には捨てるけどさ。
「で?名前はどこ行ってたワケ?」
「あ、はい。両親のお墓参りに………あ」
「…」
背もたれの向こうから家入先輩がひょっこり顔を出したので、つい答えてしまったところで「うわ、しまった」と言わんばかりに視線を下に下げるとサングラス越しではあるがまたもや不愉快そうにこちらをジト目で見る五条さんと目が合った。
「あっっっそう。あー腹減ったー」
「ははっ、拗ねてんじゃねぇよ五条ー」
後ろからくすくすと夏油先輩の笑い声が聞こえた。「そうなんだ、暑い中大変だったね」なんてさらっと言った家入先輩は座席に戻った。
お墓参りのことで変に絡んでこない先輩達の優しさを感じて前を向くと、視界の隅で大量のバームクーヘンとタルト、大福、有名な卵のケーキ達が視界に入った。
え、ナニソレ。思わず凝視していると、五条さんがこちらをチラっと見てきた。
「何」
「いえ」
「静岡名物、やんねぇよ」
「…いりませんよ」
ぱくぱく手を進める隣の人に顔が引き攣った。さっき家入先輩が「五条の隣胸焼けするからやだ」って言ってた理由……まじか、これか。食べてるわけじゃないのについお茶に手を伸ばして、口の中の甘さと苦さのバランスを整えようとしてしまう。
車内に漂う甘い匂いに後ろから「うっへー私甘いのまじ嫌いなんだけど誰だよ女子みてーなの食べてるヤツ」なんて硝子先輩のクレームが聞こえた。え、硝子先輩甘いの嫌いなの?てことは何、談話室のあのJKの巣窟みたくなってる冷蔵庫ってまさかこの人の仕業?…マジか。
「……それ、全部ご自身で食べるんですか」
「当たり前だろ。タッパ見て考えりゃ分かんだろ」
「悟、名前が言いたいのはそこではないと思うよ」
少し後ろを振り向きながらこくこくと頷く。まだ弁当を三個とか持ってきた方が「背高い筋肉あるだろうから、エネルギーたくさん消費するんだろうなー」で終わったのに、なんで全部甘い物…。
甘いマスクの持ち主が甘い食べ物を摂取するその様子に、イケメンになりたかったら甘い物食べればいいんじゃないの、そうすりゃ最終的に世界平和に繋がるんじゃ、とかくだらないことがぐるぐる頭の中で回り始めた。ガサガサ紙袋の音を立てる五条さんを放って、広がる茶畑をぼんやり眺める。
「お前さぁ」
「はい」
「なんなの?」
「……はい?」
静岡名物の黄色いお菓子、こっこを頬張った五条さんがサングラスの隙間からこちらをジト目で見てくる。私を見ているんだろうけど、なんか違うような視線と五条さんのセリフの真意が読み取れずしばし混乱した。
「あっ、おねーさん。悪いんだけどさ、このゴミ回収してくんね?」
「はっ、はいい!」
考えるだけでエネルギーがもったいないから「適切な日本語を話してくれ」と抗議しようとしたら五条さんはパッと顔を上げ、少しずつ近づいてきたワゴン販売のお姉さんに手を振り、全て完食したことでお役御免になった紙袋や包装紙をワゴンのお姉さんに手渡した。
食べきったのかよ…。「ありがとうおねーさーん」なんて人懐っこそうな笑みを浮かべてぶんぶん手を振る五条さんの後頭部をなんとも言えない気持ちで見つめた。
絶対この人自分の顔の良さ分かっててやってんな、いやまじで性格最悪だわ。すっかり五条さんにメロメロになったワゴンのお姉さんが自動ドアの向こうに消えていくと、その人懐っこそうな笑みがぱったり消え、盛大にため息をつきながら座席に踏ん反りがえった。うん、二重人格。
「邪魔」
「え?」
「荷物」
そういわれて足元を見ると足元に置いてあった荷物を靴で押された。
「いや、あなたの足の方が邪魔なんですけど」
「体の一部だからしょうがないだろ」
「足組まなきゃいいじゃないですか」
「組まなきゃ死ぬから無理」
「じゃあ通路に出したらいいじゃないですか」
「お前馬鹿?通行の妨げになんだろーが。迷惑だろ普通に考えて」
「ちょ、私の迷惑は考えないんですか。私の方が先に座ってたんですけど。一体どうなってんですか常識」
「自分より格上相手に死にかけてるお前に常識どうこう言われたくないね。常識持ったヤツは普通逃げる」
「はぁ……もう親の顔が見てみたいです…」
「いやぁーそれは流石に…。お前そんなに大胆なヤツだったんだ。そうかぁ、いきなし親に挨拶してぇなんていうヤツ…うわぁ、初めてだわ俺」
「はぁ!?そういう意味で言ってません!」
「どういう意味か言ってみろよ。ん?」
ぐっ………っぬぅううううう!!行き場のない苛立ちを一旦飲み込んで深呼吸した。いやもう知らん!フルシカトしよ!荷物を抱きかかえて座席に踏ん反りがえる。あーあ!イヤホン持ってくれば良かった!!ムカつくほんと!!
「――えっ、やば、まじ?」
「――さっき浜松通ったじゃん」
「――マジかー」
「――こっわ」
「…?」
窓側の席で縮こまっているうちに、さっきまで五条さんの話題で持ち上がっていた車内が何か違うことで話題になってきていることに気づいた。
なにこの空気…と思って騒つく乗客に意識を研ぎ澄ませると、通路を挟んだ向こう…三列席に座っているおじちゃんのテーブルから小型ラジカセが落ちてその弾みでイヤホンジャックが抜けてスピーカーに切り替わった。
「すみません、すみません!」と小さく謝りながらガチャガチャとラジカセを操作をしているけどどうやら壊れたらしく、音が消えない。
『速報を繰り返します。今日未明、静岡県浜松市の近郊で爆発事故が発生しました。けが人はいないとのーーーーー』
「ん?」
そこまで流れてブツンと切られたラジオ。どうやらおじちゃんは音消しに成功したらしく、安堵の息を吐きながら座り直した。
さっきのラジオ……浜松って言ってた?さっき五条さん達が行ってたような…。いや、でも帳下してたら一般人には認知されないはずだし………違う事故のことかな。おじちゃんの方を見たついでに、隣の五条さんの顔を見上げるとサングラスの隙間から綺麗な目がこちらを見てきた。
「…」
「…なんだよ」
「いえ」
嫌な予感がしてそのまま後ろを見ると、家入先輩は寝てるけど姿勢が不自然だから多分狸寝入りで、夏油先輩はアイマスク+イヤホンをしていたけど口元は噤んでいて硬かった。
その様子がなんか気になり、もう一度前を向いて座り直しては携帯でヤホートップページの画面を開く。
浜松、爆発事故の二文字で検索かけようとしたら五条さんに携帯を取り上げられて喧嘩になったのは言うまでもない。
21.07.29(一部加筆修正)
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