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監禁7日目。
竜と会ってから二日経った、はず。曖昧なのは、意識がなかった時間が長すぎて何日経ったかわからないからだ。
アルトは目が覚めてから相変わらずの死活問題に嫌気が刺していた。
喉が痛い。唾も出ないくらいカラカラだ。お腹もすいた。でも、飲むものも、もちろん食べるものもない。ため息を吐くことにも疲れた。本当に何か、何もないのか。ゆっくりと視線を彷徨わせてみる。けれど、あるのは小さな机とその上にあるお皿だけ。
ひもじい。
視線を正面に戻して、ふと、自分が服を着ていたことを思い出した。二日前の夜にあの竜がくれた物だ。あの竜は暖かかった。もう一度会いたいと思う。けれど、それよりもアルトは視線の先にある服に釘付けだった。
これ、食べられるのかな。
前の世界にいた時に、服は所詮植物だったり、何かの物質だったりした。
食べられないのかな。
竜から貰った大切な物だとは分かっている。でも、今のアルトはその理性が脆くなるくらい、ひもじかった。
服は全体に白く、ワンピースのようになっている。
アルトはない唾を呑みこむ。
襟元と、袖口は金色の飾りがあるから、そこは食べられない。アルトは真っ白な服の裾を持ち上げてみる。もちろん、裾を持ち上げれば、下着なんて身に着けていないアルトの下半身は丸見えだったが、そんなことに構っていられない。
アルトは竜に貰った服だとか一瞬吹っ飛んで裾に食らいついた。歯で噛んで噛んで、噛み千切ろうとした。けれど、散々噛みついて唾液が出ただけで、服は千切れることなくボロボロになるだけだった。
アルトは口から裾を放す。空しくなって、悲しくなった。
竜に会ってから、5日間耐えてきた人に会えない寂しさが、耐えきれなくなったみたいだ。
お腹が好いた。寂しい。誰か来てよ。できたら、食糧持ってきてよ。誰か傍にいてよ。
泣きたい。でも、泣く力もない。いつまで俺はここに閉じ込められていればいいの。
喉が渇いた。水が欲しい。水があって、竜がここにまた来てくれたら、俺はあの竜に話かけることができるのに。
望みばかり浮かぶ。けれど、それが叶うことはない。絶望して俯く。
その時、カタ…と何かの音がした。
ああ、とうとう幻聴まで聞こえてきたか。
アルトは俯いてその音に気づかないふりをした。だが、その音は再度した。流石に変に思って顔を上げると、机の上の深めの皿がカタカタと揺れていた。
アルトは警戒心もなく、その皿を覗き込んだ。
すると、その皿の底から紫色の液体が見る見るうちに溢れ出てくる。
水…。水だ。
アルトはその皿を勢いよく掴んだ。そしてそれを飲み干そうとする。けれど、その液体からする臭いに眉間に皺を寄せた。悪臭だ。普通の水っぽい匂いじゃない。
アルトは少しその皿から顔を離した。よく考えれば、紫色というのは変だ。そこでアルトが行き着いた考えはこれが毒かもしれないということだった。けれど、アルトは監禁生活からずっと水さえも口にしてない。限界だったのだろう。服も食べようとしたくらいだ。
アルトは毒かもしれないと思いつつ、いや、これは毒とは違うと思い込みながらそれを口にした。一口、二口と飲む。が、アルトはその液体がもたらすあまりに強い刺激に皿を放り投げた。
もう飲んでしまった液体が胃へと落ちて、アルトは口元を抑える。喉が先程の比ではないくらい痛い。液体が通った胃までの道が痛い。
毒だ。これは毒だ。
アルトは檻の床に倒れ込む。喉を抑えて痛みにのた打ち回った。吐くこともできない痛み。喉が焼ける。胃に変な痛みが走る。変な汗が出る。
このままじゃ、死ぬ。
死ぬことを自覚して、怖くなった。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
体が熱くなってきた。毒が、全身に回る。
水が欲しい。水。水。喉が焼ける感覚に、喉を掻き毟る。苦しい。苦しい。
水、水が欲しい。このままじゃ、俺死ぬ…!
死にたくない、水が欲しい、誰か、水を。
のた打ち回るアルト。けれど、周囲に人なんていない。あの暖かくて優しい竜もいない。
俺、死ぬの?そんなの嫌だよ。
瞳から涙がこぼれて来る。
死にたくない。
アルトは先日竜がいた場所へとただ手を伸ばす。
死にたくない。こんな一人で死にたくなんか、ない。
水が欲しい。今すぐ、水が。水くらい出ろよ!
アルトがもがき苦しむと、伸ばしていた手が急に光り始めた。そして、その光が手から離れ、放たれると前方にあった毒が出た皿へとぶつかった。皿は再び液体で溢れ始めた。しかし、その液体は先ほどの紫色ではなく、無色透明の水だった。
アルトは無意識にそれに手を伸ばして、また毒かもしれないという疑問も持たずそれを飲んだ。舌が痺れて味は良く分からないけれど、それは水だった。アルトは皿の水を飲んで、飲んで、飲んだ。一頻り飲むとアルトは毒を出すため吐き出した。皿の水を飲み込んで、吐き出すを何度か繰り返して、アルトはやっと落ち着くことが出来た。
舌は相変わらず痺れている。既に回ってしまった毒で体が熱くなってきていたが、これくらいはきっと大丈夫だろう。
アルトは、皿を見る。それはもう紫色の毒を出す皿ではなく、透明な水を出す皿へと変わってしまった。しかも、皿は毒を出した時とは異なり、透明な水を永遠と出し続けている。皿の縁から零れた水は床を濡らし果てには檻から溢れ下へ落下していった。アルトはそれを見て、皿を檻の端へと移動させた。すると更に皿は水の勢いを増し、小さな噴水のように水を噴出し始めた。これでいいのかなと変に不安に思ったが、それよりも体がだるくてアルトは床に膝をついた。そして、そのまま皿の噴水を眺めていると自分の体が傾いていく。
濡れた床が冷たい。意識が朦朧とする。
アルトはそのまま意識を失った。
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