コーヒー


仕事にもすっかり慣れてきた頃のこと。
カフェ目当てのお客さんの波が去り、軽い休憩を挟んでいた時のことである。

「アッシュ君も休憩にしよう」

カウンター席に座ったロイがこっちだと手招きしてきた。
向かいのカウンター内ではシマさんが今入れたばかりのコーヒーをカップに注いでいる。

「ありがとうございます…」
「アッシュくん、ミルクとか砂糖入れる?」
「はい、どっちもお願いします」

シマさんの言葉にアッシュは頷いた。
それをみてロイがカップを持ち上げながら疑問符を浮かべる。

「アッシュくんもしかして苦いのダメな人?」
「……はい。あまり好きじゃなくて」


その間に用意してくれたミルクと砂糖をシマさんがカウンターに置いてくれた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

ぱっと見ただけだが用意してくれた角砂糖は3、4個程。
それを確認したアッシュは容れ物をそのまま逆さにしてカップの中へ全て注ぎいれた。
流石に全部入れると思わなかったらしいシマさんがパチパチと瞬きを繰り返ししている。
それを見たロイは何とも晴れやかな顔で宣った。

「そっかぁ。じゃあ今度コーヒー入れる練習してみようか」
「はい?」

その話の流れで何故?とアッシュは思わずロイの顔を凝視する。
肘をつきカップを手に持ち暖を取っているらしいロイは蕩けるような笑顔で首を傾げた。

「だって、苦手なんでしょう?」

ロイ目当てで来ている店の客達が見れば大喜びしそうな笑顔だ。
残念ながらアッシュにはただの悪魔にしか見えない。


―――あぁ、この人はそういう人だったとアッシュはスンと鼻を鳴らす。



最近忙しいのですっかり忘れていた。
ロイは元々人の嫌がることを平気でする。むしろしたいとうずうずするタイプだ。
そしてそれを眺めているのが好きなのだからまぁ性格が悪い。
しかし残念なことにそれを補うだけの顔立ちとルックスの良さを併せ持っていた。

背もスラリと高く、そして割とああ見えて筋肉質なのに見目は女性受けが良さそうなミステリアスな風貌をしている。
黙っていれば、もしくは店に立つ時のように猫を被ってさえいれば完璧という言葉が似合う男なのだ。

「まずは使い方とか覚えないとねぇ。今度作ってみせるから覚えてみようか―――勿論味も覚えてね」

だというのに、性格はこれである。
天は二物を与えずとはいうが、一番混ぜてはいけない二つを混ぜた感が凄い。
誰か止めるものはいなかったのかと問いたくなるのも仕方ないだろう。
正直顔だけ見ているとあまりにも表情と内容のギャップが激しくて何を言われているのか分からない時がある。
それにもだいぶ慣れたと思っていたが甘かったらしい。

「あ、そうそう。香りも濃さも覚えて欲しいからブラックでね」

まるで恋人を見るような顔で意地の悪い言葉を吐くのだからタチが悪い。

基本的には猫かぶりな人なのでそうそう本性は見せない。
これに気づかず一体何人がロイの"オトモダチ"とやらになったのか。
"オトモダチ"とは、ロイがそう呼んでいるだけで傍から見れば信者そのものである。
ロイに会う為に店へと通い、ロイの為になることなら何でも"自主的に"しようとする。
下手をすれば暴走しかねない彼らの手綱を上手く握り続けるのだがらカリスマ性は十分にあるのだろう。
―――が、その手綱の使い道はあまり考えたくはないので考えるのはやめておこう。

シマさんはというと、ロイの行動に慣れているのか変わらない笑顔で使用した物品の片付けを続けている。
助けは得られそうにない。

「返事は?」
「……はい」

にこやかに尋ねられたアッシュは諦めて小さなため息と共に言葉を吐き出したのだった。

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