面接


―――Cafe&Bar Ranunculusラナンキュラス
東葉商店街の飲み屋通りから更に路地裏へと入った所に出来た小さなお店である。
今日、アツシはここで人生初となるアルバイトの面接に挑もうとしていた。



店に入ってすぐ奥へと案内され、現在向かい合って座っているのは店のマスターだという男性だ。

「どうも、僕がここのお店のマスターのロイです」

ろい、とは変わった名前だなぁと相手を見る。
藍色の髪は左右非対称で、左目が隠れるほど長い。
剃りこみが入っているからか、髪がふわりと軽く見える。とはいえ、ヤンキーっぽさはあまり感じない。むしろ爽やかささえ感じるのは、彼がとんでもなく美形だからだろうか。
時折長い前髪から隠れた左目が覗き、酷くミステリアスな雰囲気も漂う。
思わずじっと見つめてしまったが観察されることに慣れているのだろう。アツシの不躾な視線に不快な様子もなく彼はにっこりと笑った。

「じゃ、早速面接を始めようかな。まず、お名前は?」

事前に渡していた履歴書を見ながらロイが尋ねる。
アツシの身長も平均を上回っているが、彼はさらに高い。その上足が長いからか前傾になっても持て余している印象だ。

それにしても、つい最近立ち上げたばかりのお店だと思ったが随分と若いマスターに見える。
彫りの深い西洋寄りの顔立ちだからか年齢が掴めないが20代なのは確かだろう。

「灰谷アツシです」
「何年生かな?」
「高校2年です」
「高校生かぁ。何でここのお店を選んだのかな」
「時給が良くて」

正直理由はそれしかない。バイトなどしたことがないので何をすれば良いかも分からないし、何が出来るのかもイマイチ分からない。
何となくオープニングスタッフ募集の記事を見て何となくその気になり連絡してしまった。
それを掻い摘んで説明するとマスターは顎に手を当てる。

「お金に困ってるのかぁ」
「困ってるわけじゃないんですけど…、高校卒業したら一人暮らししたいので」
「ふんふん。ちなみにここのお店、バイトしてることは内緒にして欲しいんだけど出来るかな?」
「……なんでですか?」
「んー、ちょっとうちは客層が特殊だからなるべく私生活には出さないでほしいんだ」

え、何そんな危ない店なの?とアツシは店の内容を頭の中でもう一度確認するように思い出す。

―――いや、ただのカフェバーのスタッフ募集だったはずだ。

それとも何か、カフェバーとは何かの隠語だったのか?
思わず深読みしてそんな気持ちが過るが流石にそれはないだろう。
不安げな様子が伝わったのか、ロイはカラカラと笑った。

「ごめんごめん。別に変なお店じゃないよ。これは僕の経歴の問題でね。今まで二丁目のバーでお仕事してたからその頃のお客さんが大半なんだ。勿論今までお世話になってきた人たちだからこれからも来て欲しいんだけど……やっぱり色々あると困るからね」

こういうルールを作ることにしたんだ、とロイは続けた。
二丁目とは所謂東京のあの二丁目のことか。
ロイ曰く、前のお店はお誘いくらいならいくらでも声掛けてOKなお店だったらしい。

「勿論スタッフにはそういうことご法度だからお客さんにもキチンと弁えてもらうけど、やっぱりそういう人達が嫌って人も居るからね。君は大丈夫かな?」
「まぁ、別に……」

自分に不都合がないなら特に問題はないとアツシは頷いた。
客層の問題と賃金を天秤にかけた結果だ。それ程までにここの給料は羽振りが良い。
ここ、東葉町は東京の中でも長閑な所だ。
賃金もどちらかと言うとやや低めの所が多い。
そんな中でも賃金が高く設定されているのは彼が都会での生活に慣れていたせいだろう。

そんなわけで欲に目が眩んだアツシは問題ないと頷いた。
とはいえ、合格するかどうかは別問題。
緊張した面持ちで、書類を目を通すマスターを眺めていると彼は暫くして顔を上げニッコリと笑った。

「うん、合格」
「え」

合格なんだ。
正直面接にあるまじき直球さで話した気がするけども。
まぁ、せっかく合格なのだから一々難癖つけることもあるまい。アツシは賢く口を閉ざした。

「さて、合格だけど……何にしようかなぁ」
「え」

じっとこちらを見続けるマスターにアツシは疑問符を浮かべる。

何がですかと尋ねるが、うんうん唸る彼は聞いちゃいない。
仕方なく悩む彼の前で大人しくしていると、不意に目が合った。
じぃっと覗き込まれたかと思うと、

「―――うん、決めた。アッシュくんね」
「はい?」

アッシュくん?
何だそれはとロイを見上げる。するとロイはにこりと笑みを返した。

「うちのお店本名NGだからさ。お店に立つ時は“アッシュくん”ね」
「はぁ。……うん?」

いつのまにか名前が決まっていた。
これ所謂源氏名って奴じゃないだろうか。
え、やっぱりそういう店なのと不安が過るがマスターは全く意に介さずにこりと笑う。

「よろしくねアッシュくん」
「……よろしく、お願いします」

手を差し出されたので思わず握手仕返してしまった。
しかし顔までは作れず笑顔がぎこちなくなった自覚がある。
それでもロイは気にすることなく笑みを深くした。
あれ、もしかしてとんでもない所に応募したかもしれない。




―――結論だけをいうならば別に変なお店ではなかった。

が、客層はたいそう変わっていた。そのせいでその後この店で色々苦労することになるのをこの時のアツシはまだ知らなかった。


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