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・短編 +2
(うちがわからにじむ/虎杖、凍えたまま芽吹く新世界より/五条)

お久しぶりです!ふたつ短い話を更新しました!どちらも季節感がありません!
追記に七海さんが働いている会社の同僚(恋人)のめちゃくちゃ暗い話を載せています。
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 快速が停まる駅の近くに住んでいる。来た電車になにも考えずに乗ればいいから、わたしはこの街のことが好きだ。でも、それだけ。それ以外に住んでいる場所に特別な感情なんてない。
 がたん、ごとん。時速八十キロメートルで移り変わる景色を今日も立ったまま眺める。
 明るい場所から窓を通して暗い外側の世界を見る時、どうしても自分と目があう。外側を見ているはずなのに、自分の内側を覗き込んでいるような気がして怖くなる。毎日同じ景色を見ているのに、今走っている場所がどこなのかわからなくなる瞬間が往々にしてあるのはなんでだろう。東京という場所はわたしのことを受け入れる気がないようだ。

 どんなに細い路地裏にもちゃんと蛍光灯が道を照らしてくれて、二十四時間コンビニでは生活に必要なものを買うことができる。そのせいでわたしは今日も終電で家に帰ってくることになった。もう手作りのご飯なんて何日食べてないのだろうか。まだまだ暑いのに、蝉の鳴き声が聞こえない、星だって見えない、アスファルトには花も咲かない。季節を感じることができるものなんて人工的に作られた鮮やかな色のポスターくらい。東京にはなんでもあるよ、なんて笑っていた過去の自分をこの場所につれてきたら、なんて言うのかな。ヘリウムガスで満たされた風船をうっかり手放してしまった子供みたいに、未練がましく空を眺めながら歩いた。

「だだいま」
 どうしようもなくひとりの部屋に、わたしの声は溢れて消えた。答えてくれる人なんて誰もいないことはわかっているのに、どうしても抜けない習慣が余計にわたしを孤独にさせる。
 ヒールを脱ぐと、むくんでぱんぱんになった足が、重力のルールに従った。かかとが床に接している。それだけで気持ちがいい。
 焼肉とか、ハンバーグとか、そういうものが食べたいって思ったのに、帰り道買ってきたビニール袋の中にはシュークリームが入っている。なんでだろう。しかたがないのでプラスチックの袋をパリ、という音を立てて破いた。やわらかい生地が指に沈み込む。
 朝になれば起きる身体になってしまった。どれだけ疲れていても時間通りにわたしの身体は働く準備をする。まさに鞭を打つように働いて、ねえ、でも、それがわたしの何になるというんだろう。七海さんは、お金があれば、と言っていたけれど、お金があっても百二十円のシュークリームが夜ご飯なんて。たった四口で食べ終わってしまった。
 お風呂に入る気力はないけれど、シャワーを浴びて化粧を落として、眠る前にトイレに行った。今夜は何時間眠ることができるだろうか。トイレにかけてある時計と相談する。正しい時を刻んでいるかわからないけれど。
 トイレでぼうっとしていると、唇に生暖かいものが伝った。急いで手の甲で拭う。鼻血だ。
 手の甲についた血を眺めながら、わたしはぼろぼろに泣いてしまった。お母さんのご飯が食べたい。七海さんに会いたい。遠くへ行きたい。明日はもう仕事に行きたくない。白いトイレットペーパーを引き出しながら、止まらない涙と血を拭った。
 忙しさというのはまるで麻酔だ。忙しい、そう思っていればなんとか身体は動いてしまう。
 鼻血なんかじゃなくて、吐血だったらよかった。今すぐに救急車を呼ぶ必要があるくらいの病気だったらよかったのに。そしたら数週間たっぷり眠ることができる。お母さんも地元から来てくれて、美味しいご飯を食べることができるかもしれない。
 こんなことを言ったら、七海さんはわたしのことを叱るんだろうか。それとも、一緒にこの仕事を辞めてくれるんだろうか。あなたにはこんな仕事向いてないんです、なんて言って婚約指輪をわたしてくれるのが一番いいな。……そのどれも叶わないのなら、せめて、どうか。


20210508
背骨が軋むくらいに抱きしめてください

2021/05/08
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