「恵、もしかして三半規管弱い?かわいい」
「…うるせえ」
「先輩にその口の聞き方はどうなの!?」
「耳元で話さないでください、くらくらする」
東京ディズニーランドどころか遊園地に行ったことがないと恵が言ったので、すぐいこう、今すぐ行こう、お金はわたしが出すから。そう言って半ば無理やり平日の夕方にディズニーランドに連れてきた。今は夏の少し手前でまだ夏休みではないので、思っていたほど人はいない。
スペースマウンテンの待ち時間が四十分をきってる!遊園地といえばジェットコースター。ディズニーでジェットコースターと言えば三大マウンテン。とりあえずあれ乗ろうよ、とわたしは恵の手を引いた。
「好きなキャラクターとかいるの?」
「いや、べつに」
「そうかー、わたしはね、ダッフィーがすき」
「なんですかそれ」
「ミッキーが持ってるくまのぬいぐるみで、ミニーがミッキーのために作ったんだよ」
「…ネズミが熊のぬいぐるみ持ってるんですか」
「夢の国でそんなこと言うわけ!?」
恵には何が似合うかなあ、あ、オズワルドなんてどうかな。ウサギ耳似合いそう。案の定オズワルドも知らなかったのでミッキーの原型だよ、と説明した。
「ネズミの原型がウサギ…」
「ミッキーのことネズミっていうのやめない?」
「まあ、カチューシャとか付けるのは嫌です」
「え?嫌なの!?」
「絶対に、嫌です」
頑なに拒否された。高校生で、恋人で、夏にディズニー。お揃いのカチューシャつけたいんだけどなあ。こんなに嫌がられてしまっては、帰る、とでも言い出しかねない。
そういえば真希ちゃんもディズニーランドには興味がなさそうだった。野薔薇はディズニーランドに行きたい!と言っていたけれど、初めてのディズニーは彼氏と行くと決めているらしい。ちなみにシンデレラよりもジャスミンが好きだと言っていた。野薔薇っぽいよね。虎杖くんはディズニー好きなのかなあ。そんな話をしていたら四十分なんてあっという間だった。
並んでいる間にこれはどういう世界観なんですか?と聞かれたがわたしもよく知らない。とりあえず宇宙だから!と言ったが頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。ディズニーで宇宙はよく扱われるテーマではあるけれど、スペースマウンテンって何か元ネタがあるんだろうか。わからないなあ。
キャストのお姉さんに言われるがままにロケットを模した乗り物にふたりで乗り込む。そこまでは順調だった。問題はそこからだ。
わたしは過去に数回乗っていることもあって、乗車中に暗闇のなかちかちかと光る星を眺める余裕だってあった。急カーブの連続に振り回されるこの感じも大好き。でも、横目で恵を見ると、ずっと目の前にあるバーを持ったまま下を向いて何かに耐えていた。乗っている最中に大丈夫?と声をかけれるはずもなく、わー!とかきゃー!とか声を出しながらおよそ二分間、東京の中にある宇宙の旅をした。
「大丈夫?降りれる?」
「…」
顔が白いし話さない。こんな恵、初めて見る。いつもは、年下だとは思えないくらいにしっかりしてて、強くて、かっこいいのに。
「恵、もしかして三半規管弱い?かわいい」
「…うるせえ」
「先輩にその口の聞き方はどうなの」
「耳元で話さないでください、くらくらする」
「ごめんってば、お水買ってくるからそこ座っててね」
「すみません…」
「恵が謝ることじゃないよ、わたしこそごめん」
近くのベンチに座ってもらい、わたしは水を買いに行った。お水一本二百円、絶妙な値段設定だ。帰る途中のワゴンで似合う、と言っていたオズワルドのカチューシャを見つけた。今ならつけてくれるかもな、黒いうさぎの耳が生えた恵のことが見たいという下心で買った。買ってしまった。怒るかな。でも、このカチューシャつけた恵のこと、見たいなあ。
「大丈夫?恵、これ、水」
「…酔いました」
「膝枕してあげよっか?」
「名前さんはすぐそういうこと言いますよね」
「え?嫌?」
「…寮帰ったら、お願いします」
珍しく素直にそう呟いて、肩に頭を寄せた。恵が弱ってる、そしてわたしに甘えてる。目が伏せられて、長い睫毛が夕日を浴びて光っている。この姿を見られるのは、いくら世界が広いといえど、わたしだけなんだよ。恵がジェットコースターで悪酔することを知ってるのも、わたしだけなんだよ。不謹慎だけど、たまらなく嬉しい。わたしにもたれかかる彼の頭を撫でる。
「これもあげる」
先ほど買ってきたカチューシャをつけた。黒い髪に、黒いうさぎの耳がよく似合っている。やっぱり、今日の恵は可愛い。
「やっぱり似合う!」
「まじか…」
乗り物酔いで疲れて、抵抗する気力もないらしい。五条先生には黙っておくから!と言って気怠そうにカチューシャを外そうとする手を制止する。もともと、五条先生にも、誰にも、こんな可愛い恵がいること、言うつもりなんてないけど。
「ねえ、怒ってる?」
「…怒ってないですけど」
「ね、もう少しそのままでいて、写真撮らないから、よく見とかないと」
「…はあ」
「もうすぐ、パレードが始まるから、ここにいようよ」
恵はわたしの肩にぴったりくっついていたので、ずっとその横顔を眺めていた。驚くほど飽きない。夕日がわたしたちを照らす。電灯がぱちぱちとつきはじめる。せっかく連れてきてくれたのにすみません、という恵の手を強く握った。ぜんぜん気にしなくていいからね。
しばらくするとわたしたちの側にも人だかりができて、陽気な音楽が流れ始める。夜に変わりきってしまう前の美しい時間にショーは始まった。
「恵、ショー始まるよ、大丈夫?」
「大丈夫…です」
「よかった。あ、ほら、あっち!」
「…やっぱりこれは、名前さんの方が似合うでしょ」
髪を指でさっと整えたあと、自分がつけていたカチューシャをそっとわたしにつけた。うさぎの耳を模した黒いカチューシャ。
「やっぱり、似合ってますよ」
「…恵も、本当に似合ってたのに」
「名前さんの方が似合ってる」
「次来た時は、お揃いでつけてくれる?」
「…考えときます」
その指が、声が、まばたきが、どれだけわたしの全身の力を抜いてしまうか、きっと知らないんだろうなあ。恵がわたしの髪の毛に指を絡ませて、真っ直ぐにわたしを見ている。それだけで満たされていく。
「今日はごめんね、次来た時はジェットコースター乗るのはやめとこうね」
「次は、あれ乗りたいです」
「プーさん!?」
「だめですか」
「恵、プーさんすきなの?」
「津美紀が、あれ好きでした」
「…そっかあ、次は三人で来ようよ」
喜びばかりではないけれど、幸せと呼んで差し支えないこの場所で、恵はわたしの手をとってありがとうと言った。恵とまた今度の約束ができるのは、この横顔を眺めていられるのは、世界中でわたしにしか許されていない特権だと思う。
光と音楽がわたしたちに手を振る。月並みだけれど夢の中にいるみたいだ。たまにはこういうのも悪くないですねと、わたしにだけわかる角度で微笑む君の目に映る世界も、輝いていますように。
20200412
わたしだけの横顔
すてきなリクエストをありがとうございました!伏黒恵くん、三半規管が弱いと可愛いな、と思いながら書きました。書くの楽しかったです!!