楽しいよふかし

 窓硝子を通して世界を切り取る。切り取った絵画みたいな世界は風と雨で灰色に濡れていた。今年は台風が多くて、花火大会がいくつも延期になり、延期した先の日も台風が重なり、結局中止になった。土日を狙ってやってくる台風ほど恨めしいものはない。行けそうな日程の花火大会はわたしか悠仁のどちらかが任務で、諦めた。
 悠仁と花火大会行きたかったなあ。浴衣だって、髪飾りだって、買ったのに。足の爪も、浴衣に似合うようにピンクと白を混ぜたような色で整えたのに。
 何もすることがなくて、ベッドに寝転んで天井を眺めている。テレビの音は聞こえるけれど、それも窓の外で吹き荒れる嵐の音にかき消されてしまうような気さえした。化粧したのに誰とも会わない、SNSを開く気にもなれない、なんて悲しい土曜日の夕方。身体が重い。低気圧にやられている。わたしは雨音に抱かれながら、ゆっくりまぶたを閉じた。

「名前、起きてるー?」
「…悠仁?今、何時」
「十一時くらいだけど、寝てたの?」
「夕方から寝ちゃってた」
 
 携帯の着信音で目が覚めた。特に相手を確認せずに電話に出ると、悠仁の声がした。そうか、もう十一時か。だいぶ寝てしまったんだ。気がつけば、あれだけうるさかった雨の音も無くなって、窓の外から月の光が差しこんでいた。

「あのさ、今から外出てこれない?台風どっか行ったし」
「寝れないし行く!待ってて」

 ぼさぼさの髪の毛をくしで梳かして、軽く化粧を直して、わたしは玄関の外に出る。


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「名前、花火しよ」
「どうしたの、これ」
「そこらへんで買ってきた」
「やる、やる!嬉しい」

 中庭に行くと悠仁が手を振って待ってくれていた。手持ち花火のパックが目に入る。その隣にあるバケツには水がたっぷり入ってる。空いた缶詰の中には蝋燭。誰しもがいつかの夏に見た光景が広がっていた。悠仁は、花火大会みたいに派手じゃないけど、呟いた。花火の規模なんて関係ない。打ち上げ花火も手持ち花火もどっちも言ってしまえばただの炎色反応だから。そんなこと言ったら、夢がないって笑われるかな。

「ねえ、これ見つかったら怒られちゃう?」
「大丈夫だって、もし見つかったら一緒に反省しよ」

 その言葉を合図に、悠仁はカラフルな見た目の花火に火をつけた。懐かしい煙の匂いがする。そしたら、低気圧で頭が痛かったことなんてすっかり忘れてしまった。
 両手に花火を持ってみたり、光でハートマークを空中に書いたり、見惚れて、笑い転げながらそんなことをしていたら、あっという間に残りは線香花火だけになった。

「線香花火、落ちずに燃え尽きると、願いが叶うの」
「そうなの?」
「有名なジンクスだよ」
「名前がジンクスとか言うの、意外だな」
「これでも一応おんなのこだからね」

 占いとか、普段はぜんぜん信じないけど、夏の終わりくらいそういうのに浸ってみるのも悪くないかなと思うんだよね。さっきまで花火なんてどうせ炎色反応だよ、だなんて言ってた口がいう台詞だとは到底思えないかもしれないけど。
 ぱちぱち、しゅわしゅわと線香花火が音をたてていた。暗闇の中に光る橙色が、まんまるに膨らんでいく。

「あ、落ちちゃった」

 いっとう大きくなった先端が、ぽとりとアスファルトの上に落ちた。一瞬で、光が夜の藍色に溶けていった。人生、願いごとなんてそんな容易く叶わないのだ。

「悠仁の、まだ残ってるね」
「そろそろ消えそう」

 松の葉っぱのようなか細い光が徐々に小さく小さくなって、ついにはその場で潰える。

「すごい!願いごと叶うよ」
「んー、もう叶ったんだよね」
「え?はやくない?」
「名前とふたりで花火したかったけど、それはもう叶った」

 そういうの、恥ずかしげもなく言えちゃうんだもんな。やすやすと、わたしの欲しい言葉を惜しげもなくくれる。悠仁にしかない、特別な才能。わたしのためだけの、と自惚れてもいいかなあ。

「じゃあ、もう一個お願いしとこうよ、せっかくだし」
「…あるけど、引かない?」
「引かないよ、引くわけないじゃん」
「名前にこれからもそばにいてほしい」
「…そんなの、お願いするまでもないのに」

 寮の消灯時間はとっくに過ぎている。嵐が去ったあとの水を含んだ穏やかでぬるい空気、澄んだ空のゆらめく星々とともに送る、ふたりきりの楽しいよふかし。気を抜いたら今すぐ泣き出してしまいそうだ。あなたがかけた呪いならば、どんな幸福よりも価値がある。



20200413
楽しいよふかし


花火をするという、夏の終わりを感じさせる、儚くて美しいリクエストをありがとうございました!相変わらず泣きながら書きました!!!書けてよかったです!!