わたし以外を光と呼ばないで
「髪、綺麗ですね」
「ありがと」
「黒くて、長くて、真っ直ぐで」
「褒めるの上手だね、えーっと、禪院さん」
「…真依って呼んでくれませんか」
わたしを通して一体誰を見ていたんだろう。入学したばかりのころ、真依は何かを懐かしむようなそんな目でわたしを見ていた。わたしが真依、と呼ぶとかすかに笑顔になる。あなたにとってわたしはなんなんだろう。名家出身ならば、きっといろいろとあるのだ。人に話せない秘密のひとつやふたつ。
一年と二年の女子は合わせて四人。男子がなかなか曲者揃いだったこともあってわたしたちは急速に仲良くなった。出張先でおいしいお菓子を買った、四条に流行りのお店ができた、季節の半ばでセールが始まった、そんなときは決まって四人で行動していた。
真依とふたりで過ごす時間が多くなったのはいつからだっけ。明確にいつ頃、ということはなかったけれど、気付くと真依と行動することが増えた。特に趣味が合うとか、好きな食べ物が同じだとか、そんなことはなかったけれど。気がついたら全員が全員のことを名前で呼び合い、真依もわたしのことを呼び捨てで呼ぶようになっていた。
「なんの香水つけてるの」
「んー、つけてないよ」
「そう、名前から甘い香りがするわ」
「シャンプーかなあ、それかヘアオイル」
春が終わって夏が来たけれど、わたしは髪の毛は長いままだった。黒髪でストレートのロングヘアというのは傷むと目立ってしまうので、真依が褒めてくれたこの髪を維持するのにはそれなりに時間とお金をかけていた。
わたしについて一番詳しいのは真依だ。わたしが好きなものも嫌いなものも誰よりもよく知っている。よく使う絵文字も、写真を撮るときのアプリも、モンブランが好きなことも、二歳の時に恋した男の子のことも、たぶん真依しか知らない。
でも、わたしは真依のことをたぶんあまりよく知らないんじゃないかと思う。知っていることといえば、わたしを通して東京にいるお姉さんを見ていることくらいだ。彼女の口から聞いたわけではないけれど、ずっと一緒にいるうちにわかってしまった。初めて会った時から、わたしの向こう側の透明な場所に、わたしが知らない双子の姉を見ていたことを。懐かしむような悲しむような愛おしむような、そんな顔をしてわたしとずっと一緒にいたことを。
「わたしじゃ、真依のお姉ちゃんになれない?」
「…無理ね、名前はジャンクフードも食べないし、真希からはこんな甘い匂いしないもの」
「そっか」
「名前は真希じゃないけど、でも、そばにいて」
「…お姉ちゃんに対しても、それくらい素直になれればいいね」
真依は何も言わない。わたしの鎖骨あたりに目線をむけて、目を合わせようとしない。わかりにそっと指先がわたしの指先に重なる。そのつめたさを、きっと忘れることはないだろう。
誰かを憎むことも愛することにも、誰かに愛されることにも不器用なこの女の子が、泣くことがありませんように。ふたりでいるのにひとりでいるよりも、途方もなく寂しい。どうしたって真依が一番望んでいるものにわたしはなれない。わたしたちの幸福の形にはひびが入っている。
疲れたときは、いくらでも慰めてあげる。でも、真依、あなたが本当に掴むべきは、わたしの手ではないのよ。
20200505
わたし以外を光と呼ばないで