悟が置いていったコーラの瓶には赤い薔薇のドライフラワーを刺してある。ドライフラワーなら、毎日水を変えなくていいし、枯れるのを見なくてすむ。
「悟の目の色、コーラの瓶の色みたい」
「…もっと別のものに例えてよ。空とか海とかさあ」
セックスした後に、悟はいつもコーラを飲みたがる。普通水とかお茶じゃないの。この男はどれだけ甘いものを食べても太ったりするどころか体調を崩すこともない。むしろ見ているこちらが胸焼けするくらいだ。コーラを飲み干しても喉が渇くと曰う。そりゃそうだ。わたしは黙って自分が飲んでいたペットボトルの水を渡す。間接キスだね、といちいち言わなくても良いことを言う。嫌な男だ。
もう何年も、悟はふらっと家に来て、わたしを抱いて、朝になると出て行く。
「名前、花なんか飾る女だった?」
「わたしはそういう女だよ、昔から」
「ふーん」
高専を卒業して、わたしは悟から離れたくて東京を出た。それにも関わらず、出張が入った、旅行にきた、などと理由をつけてはあたりまえのように悟はわたしの家に来る。
もう、何年も。
ベッドの中で悟は足を絡めてくる。セックスしたばかりでべたべたしていて気持ち悪い。
「足、どけてよ」
「やだよ。名前の足気持ちいいから」
「勝手な男だよね」
「いまさら」
本当に、今更だ。
もう何年も、この夜を過ごしている。
「煙草吸っていい?」
「いいけど。名前、煙草吸ってた?」
「吸ってたよ、前から」
あんたの前では吸わないようにしてたんだよ。知らないだろうけど。
「わたし好きな人ができたんだよね」
「誰?」
「悟の知らない人だよ、そのうち結婚する」
「…ふーん」
「あんたみたいに言わなくてもいいこと言って、言わなきゃいけないことは何一つ言わない男ではないかな。…だから、今日で会うの最後にしよう」
「じゃあ今からもう一回しよ」
「…最低」
ずっとずっと怖かった。悟が出ていったあと掛け布団に染み込んだ悟の匂いがどんどんなくなっていくのも、来月また来ると言った悟から連絡がこなくなるかもしれないと考えてしまうことも。悟がいなくなったこの部屋で眠ることが怖かった。もう何年も、ずっとずっと怖かったよ。
結婚するかも、なんて嘘をついてまで悟を遠ざけたのは怖かったから。悟からいらないと言われるくらいなら、わたしから終わらせたかった。
朝日が強く差し込むこの部屋では、悟が飲み干したコーラの瓶の色が、まるで本物の悟の目のように光る。海でも空でもない水色、でも孤独をたたえた綺麗な色。部屋に水色があふれ出す。隣に悟はいない。昨日の夜はあんなにあつかったのに、寒くて泣いてしまう。悟、さとる。もうここには戻ってこない人の名前を、ただ呼ぶ。じくじくと音を立てて喉がいたむ。終わらせたのはわたしなのに、なんて、なんて未練がましい。
「名前ー」
「…」
「黙っちゃってどうしたの。」
「昨日の話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた。」
「なんでここにいるの」
「コーラ切れてたから買ってきた、あと、手出して」
「…」
「はやく」
ベッドに座り込んでいるわたしの手を無理矢理引っ張って、掌に何かを置いた。指輪だった。
「僕と結婚しよ」
「…わたしの話、やっぱり聞いてなかったでしょ」
「名前の嘘なんて、わかるよ、下手だしね」
「勝手な男だよね」
「いまさら」
「わたし、プロポーズされるならお花畑が良かった」
「明日してあげるよ」
待たせてごめんね、ずっといつ渡そうか迷ってた、なんて、謝るのが遅い。ずっとずっと、そう言ってもらうのを待ってた。わたしは何度でも悟の元に戻ってくる。
20200106
戻ってくる
五条が戻ってくる前で終わる予定でしたが暗すぎたので公開前に加筆しました。