底無しのセレストブルー

 悟の術式ってどこまで弾けるの?香りは?雨は?紫外線は?
 名前は至極まじめな顔で聞いてきたので全部僕には届かないよ、と言っておいた。正確には弾いてるわけじゃないけど、名前にとっては僕の術式の詳細なんてどうでも良いんだと思う。

「じゃあ折り畳み傘持たずに外出れるじゃん」
「まあね」
「いいなあ」

 わたし、微妙な季節だと暑いかな?と思ってもカーディガン持って行かなきゃ不安だし、コンビニで傘を買うのもタクシー乗るのも嫌だから折り畳み傘絶対鞄に入れてるし、絆創膏とハンカチとティッシュとお茶が入った水筒と…って色々入れてたら荷物多くなっちゃって。夏は特に荷物が多くて困るの、日焼け止めに汗拭きシートに制汗剤でしょ。わたし、夏、嫌いかも。
 話せば話すほど、僕の想像の中の名前の鞄は膨らんでいく。無造作に後部座席に置かれたバッグが特別大荷物というわけではないらしい。

「心配性だよねえ」
「そうかも」

 運転中、右を見て左を見てもう一度右を見て、それからアクセルを踏む。名前のお手本みたいな運転で僕たちは海に行った。ひとしきり楽しんだ帰り道の道路を鮮やかな夕焼けが照らしている。
「僕は夏、好きだよ。ロマンチックでばかばかしくて。こうして名前と海に行けたしね」
 さっき食べた安っぽい色をしたかき氷も、風が吹いていないのに強く感じる海の香りも、浜辺に落ちてる貝殻を拾って歩いていた少女も、今こうして道路を照らす西日の茜色も、夜が短いことも。全部嘘みたいでとても好きだ。

「わたし、悟に水着褒めて欲しかったのに」
「レース模様の水着なんて、下着みたいなもんでしょ」
「ほらすぐそういうこと言う!可愛いって言って欲しかったの」

 悟のそういうところ、全然ロマンチックじゃないから。
 どうやら名前の機嫌を損ねたらしい。下着みたいだ、と言った口で、似合ってたよ、なんて言ったらもっと怒りそうだな、黙っておこう。


「身体がひりひりする」
「あんなに何回も日焼け止め塗り直してたのにね」
「人類は太陽には勝てないよね、抗おうとするのが間違いなのかも…」

 動くたびに皮膚が服に擦れて痛むようだ。一本数千円はするであろう日焼け止めをこれでもかというくらい塗っていたのに。右を見て、左を見て、もう一度右を見る。彼女のその動きが往路よりも少々ぎこちない。

「思い出したんだけど、悟の術式、分子構造が分からなきゃ弾けないって前に言ってた気がする」
「…よく覚えてたね」
「じゃあやっぱり紫外線は弾けないんじゃないの、ねえ、本当に日焼けしてないの」

 名前は訝しげに赤信号の間だけ僕を睨んで、すぐに正面に目を向けてアクセルを踏んだ。教えたら、機嫌なおしてくれないかなあ。
 ハンドルを切るたびに服の下に少しだけ赤くなった皮膚と水着の跡が見える。太陽の光を存分に吸収したその場所に、触れたい。できればその熱と同じ体温になりたい。
 車の中は海の匂いで満たされている。ビーチサンダルは浜辺を去るときに水をかけて砂を落としたけれど、それでもまだ足に砂が付き纏っている気がした。いつもなら不快だけれど、今この場においては、ばかばかしくて心地いい。

 ねえ、名前、本当に日焼けしてないか、僕の部屋で確かめてみない?
 そうだな、今晩の誘い文句はこれにしよう。



20200511
底なしのセレストブルー