※小説2巻5つ目の話に若干触れています。
もう九月だというのに、海に行こうと言われたので海に行くことにした。九月に海とか聞いたことある?いや、ない。
泳ぐ?と聞くと、泳ぐ、と言うので、もうしまってしまった水着を引っ張り出してくる。フリルのスカートがついたセパレートの水着。
"東京近辺 海 日帰り"と検索するといくつか候補があがる。ここなんかいいんじゃないの。綺麗そう。神奈川にある海に行き先を決めた。車なんか運転できないので、電車とバスを乗り継いでいくことにした。
新宿からだいたいニ時間くらいの海岸に行き先を決めたわたしたちは、ちょっとだけ急いで高専の寮を出る。
虎杖、水着持ってるの?と聞くと、伏黒に捨てられたから買わなきゃ、と言われたので海に行く前に水着を買うことにした。伏黒は一切悪くない。なんならわたしも虎杖のものを一緒に捨てた。まだ夏になる前のことだ。
新宿の適当なショッピングモールに入ると、まだ水着は売っていた。虎杖はどれにしようかななどと、呑気に選んでいるが、もうお昼を過ぎていたので、わたしはお腹が空いて仕方なかった。虎杖は、赤も青も黒も似合うよ。なんならピンクだって似合うよ。お腹がすいていたので、早く決めてほしくてそう言ったのに、虎杖はご機嫌になって結局選ぶのに多くの時間を要してしまった。高専を出たときはあんなに急いでいたのに、忘れてしまったのか。
虎杖、ご飯食べよう。わたしお腹が空いたの。伊勢丹の裏にある有名なラーメン屋さんに行きたい。
絶対混んでるでしょ、と虎杖は嫌がったがわたしはわがままを言ってついてきてもらった。虎杖が言うようにわたしが行きたかったラーメン屋は混んでいて、でも、悔しそうな顔をしたわたしを見て虎杖は文句の一つも言わずに一緒に並んでくれた。十五分くらいで食べ終わるのに四十分は並んだ。でも、虎杖は名字センスあるな、と言って美味しそうにラーメンを食べた。
海に行こう、と言い出してからもう三時間も経っている。なのに駅の売店でかき氷を見つけた虎杖が食べたいと言うので駅のホームでかき氷を食べていた。わたしがイチゴかメロンで迷っていたら両方買ってくれた。どれも大して味なんて変わらないこと、そんなことはもう遠の昔に知っていたのに。半分こしよう、そう言って木でてきた平らなスプーンで食べたかき氷はまだ夏の味がした。
夕方、電車とバスを乗り継いでようやく海に着いたはいいものの、遊泳できる期間は一週間前に終わっていた。せっかく水着を持ってきたのに。お気に入りの水着を引っ張り出してきたのに。ニ時間も電車に揺られていたのに。
泳げなかったね。もっと調べてくればよかったね。来年また来ようね。わたしは落ち込んでる虎杖に向かって矢継ぎ早にそう話す。
そうだ、来年の夏はみんなで海に来てバーベキューでもしようよ。伊地知さんに車出してもらって、五条先生と先輩たちと伏黒と野薔薇も誘って。今年の夏はひとりにしてごめんね。来年は今年の夏を取り戻すくらい遊ぼうよ。
虎杖はありがと、と笑っていたがわたしはぽろぽろ泣いてしまった。虎杖、虎杖。私たちがあんたを置き去りにして助かったの。ありがとう、ごめんね。生きててくれてありがとう。あの時あんたを置いていってごめんね。たくさんのごめんねとありがとうが海から吹く風に乗って落ちていく。
わたしは、あんたのものを捨てるなんて、もうまっぴら。そんなことは、もうごめんよ。涙が白い砂浜に落ちていく。そして、すぐに吸い込まれて消えてしまった。
名字の涙、夕日の色してる。
困っているでも慈しむでも怒っているでもない、事実を淡々と告げる虎杖の声がした。顔をあげると、指で涙をぬぐってくれたので、わたしの涙はまた溢れてしまった。
虎杖、覚えておきなさい。あんたのために泣いたわたしのことを。海に来るたびに思い出すといいわ。それで、ちょっとだけでも嬉しくなったり悲しくなったりすればいい。
20200106
この夏は永遠