お口が過ぎますな

※概念だけは虎伏△




 悠仁のご飯は美味しいね。おいしい。いくらでも食べれる。食べすぎるとふとっちゃうな。

 正座して、手を合わせてふたりでいただきますと言って夜ご飯を食べはじめた。
 名字は同期の中で唯一俺のことを名前で呼ぶ。彼女は、男女分け隔てなくファーストネームで呼び合う文化圏出身だった。彼女が発音する悠仁という俺の名前は、ひらがなの発音のようにやわらかい。悠仁、なんて呼ぶのは先生と、真希さんと、名字くらいだ。その中でも名字が呼ぶ俺の名前の音は、とてもやわらかいと思う。
 彼女の幸せはとてもシンプルだ。おいしいものを食べることと眠ること。名字にとっての料理は作るものではなく食べるもの。言い換えれば、驚くほど料理ができない。一人分作るよりもふたり分作る方が楽なので、こうして名字を呼んではふたりで夜ご飯を食べる。ふたりが四人になることもしばしば。ひとりで食べる夕食ほど寂しいものはないと、爺ちゃんが入院してから初めて知った。だから、名字がこうして任務のない日はほぼ俺の部屋でご飯を食べるという状況は、本当ならばとても心地よいはずだ。

「悠仁、またご飯つくるのうまくなった?もうね、この炒め物、名前あるかわかんないけどちょうおいしい」

 冷蔵庫に入っていた野菜と肉の残りを使って炒めた、名前も到底つくことがない料理を食べながら、おいしいと言って笑っている。名字は、こうして寮の俺の部屋でご飯を食べてにこにこ笑っているけれど、伏黒のことが好きだ。聞いたわけじゃないので確証があるわけじゃない。ただ、一緒に過ごしていたらわかることだってある。
 俺が彼女に何をしたところで、伏黒以上にはなれないんだなあということを、考えた。それはさみしい。名字の身体の細胞は、たぶん三分の一くらいは俺が作ったものでできてきるはずなのに。

「名字さ」
「ん?なに?」

 ご飯を食べる手を止めて、目が合う。ぱちぱち、何度かまばたきをする名字はたぶん一般的にみてもとてもかわいいと思う。

「伏黒のこと好きなら、俺、応援するよ」

 ぱちぱち、数回瞬きをしたあと、名字の顔は赤くなった。やっぱり、伏黒のこと好きなんだなあ。確かめたかったような、知りたくなかったような。

「な、なんで…」
「勘違いだったら、ごめん」

 なんでって。なんでだろう。応援したいと言った気持ちはもちろん嘘じゃないけれど。

「恵のことはすきだけど、いちばんじゃないよ」

 めぐみ、と呼ぶ彼女の声はやっぱりやわらかい。けれど、さっきまで俺を映していた瞳からはぽろぽろと涙が落ちた。女が泣いた時、なす術を俺は知らない。何がきっかけで泣いているのかわからなくて、再度、ごめん、と謝った。名字は顔を押さえて首を振った。それが何を意味するのかわからない。伏黒なら、なんとかうまく慰めて、笑顔にすることができるのだろうか。伏黒なら、そもそも泣かせるようなことはしないか。だって伏黒だ。俺も式神出せればなあ。そしたらこの場を少し和やかな空気にできたかもしれないのに。
 伏黒が一番じゃないなら、誰が一番好きなんだ。皆目見当がつかない。じゃあ、俺は何番?


「…わたしがいちばんすきなのは悠仁だよ」

 涙混じりの声が聞こえた。今日は帰るね、美味しかったよ、片付け手伝えなくてごめんね、名字はすっと立ち上がる。米粒ひとつ残っていないご飯茶碗、丁寧に揃えられた箸。脳裏に笑顔の名字がよぎった。

「名字、待ってよ」

 冷蔵庫にはまだ、名字が買ってきてくれたふたりぶんのケーキが眠っているのだ。このまま帰すわけにはいかない。


20200604
お口が過ぎますな