きみのいない朝が来る

※夏にDVされる描写があります、夏前提、暗い、R15




 久しぶりに再会した名前はとても綺麗になっていた。学生時代にくらべると本当に綺麗になった。化粧なんて微塵も興味がないという面持ちで制服を着ていた名前の唇は今や人工的な色で彩られている。目を伏せると、まつ毛の長さが際立つ。そして、つやつやとした爪がガラスのように光っていた。強くアルコールの匂いがするグラスを傾けて、僕に微笑みかける。そんな甘ったるい表情を、いったいどこで覚えたんだ。会わなかったほんの数年間の間でなにが彼女を変えたんだろう。
 
 再会したのは本当にたまたまだった。傑のことは即刻処刑せよとの命令が下っていたが、名前は、どうだったっけ。都合良く、思い出すことができなかった。
「悟、久しぶり」
「元気そうじゃん」
「…お酒でも飲まない?」
「いいけど、僕、一滴でも飲んだら間違って名前のこと殺しちゃうかもね」
「それならそれでいいかなあ」
 殺す時は痛くしないでね、と言われた。それは、笑えない冗談だ。

 名前は飾り気のないシンプルなバーでショートカクテルを数杯飲んで、終電がなくなったと言って僕の手を握った。タクシーで帰る?と形だけ確認したら首を横に振る。僕らはもう学生じゃないんだ。きっと、名前もわかっている。ホテルまでのほんの少しの道のりの間、名前は大人びて見えた。
 適当なホテルに入って適当に部屋を選ぶ。エレベーターの中で腕に絡みついて離れない名前に少しだけ屈んでキスをした。酒のせいなのかわからなかったけれど、名前の瞳は潤んでいたように思う。ずっと好きで、触れられなかった女とのキスが強いアルコールの味だというのは、少し寂しい。

 
 彼女の身体には、紫とも青ともつかない痣がいくつかあった。白い身体に花びらのように痣が浮かんでいる。これ、と言ってその部分をなぞると、名前の身体は小さく震えた。
「傑、こういうのが好きなわけ」
「…痛くするの、好きみたい」
 傑の、鬱屈した正しさを受け止められるのはたぶんわたしくらいだから、いいの。名前は穏やかな声でそう言った。
 かつて親友だった男の性癖を、思わぬ形で知ってしまった。あんな優しそうな顔をして、女を殴るのか。いや、傑はたぶんもう優しくはなくなってしまったんじゃないか。
 自分が知っている傑と、名前をひどく抱く傑が、どうしても一致しない。背筋が、ぞっとする。
「…僕だったら、優しくするのに」
「悟は、いつかわたしと傑を殺すんでしょ」
 そんな男に優しくされるなんて、馬鹿みたい。名前は呆れたように笑う。
 彼女の細い首筋に指を這わした。たぶんこの指先に少し力を込めれば。ほんの少し術式を使えば。考えながら気持ち悪くなった。どうやったって名前を傷つけることは僕にはできない。

 彼女の身体の痣をゆっくり舐めあげる。悟、くすぐったい。くすくすと笑うその声を聞いたら、泣いてしまいそうな気分になった。悲しい、寂しい。そんな単調な言葉ではこの気持ちを表すことなんて到底できやしない。
 このまま朝になったら、名前は傑の元に帰って、またひどく抱かれるのだ。名前のことを傷つけるのなら、相手が傑であろうと、すぐにだって殴ってやりたい。でもきっと、僕だって同じくらい名前のことを傷つけている。傷をなぞって、舐めて、それで優しくしたような気になっているだけだ。やっぱり僕に傑を殴る資格なんてないのだ。

「悟は、昔より優しくなったね」
 彼女は僕の背中に手を回しながら呟いた。
 名前も変わったよ、僕らはもう学生だったころとは何もかも違う。
 おまえはそんなふうに悲しそうに笑う女じゃなかったよ。殴られたら殴り返す、俺の記憶の中のおまえはそういう女だったよ。酔った勢いだなんて言い訳するような女にはならないと思ってたよ。いつも楽しそうに笑ってる名前のことが、本当に好きだったよ。

 日が昇る前に家に帰ると言い残して彼女は帰っていった。帰りたくないと、泣いて縋ってくれたならよかったのに。悲しいでも寂しいでもない、この気持ちを表す言葉を結局見つけることができないまま朝がくる。



20200611
きみのいない朝がくる