悪くない

 そもそも乗り気ではなかった。呪術師同士の親睦を深めるという名目で催された飲み会に、たまたま京都から出張に来ていたわたしも呼ばれた。本当は任務が終わり次第、コンビニでおつまみやらお酒やらを買い込んでホテルのベッドの上でひとり、だらだら飲み明かす予定だったのになあ。先輩からの誘いを断れるはずもなく、今に至る。出張先で誘われる飲み会ほどやっかいなものはない。断る理由を見つけられないし。
 アットホームな居酒屋に十数名の術師が集まった光景は、なかなか異様だった。大きな机の端のほうに行儀良く座ると、対角線上にいる虎杖くんの声が聞こえた。俺、お酒苦手で、今日も車で来てるし。人懐っこい笑顔でそう言った言葉がなんとなく引っ掛かってしまう。あれ、たしか、東堂が虎杖くんはお酒が強いって言ってたような。飲み会も先輩に勧められるお酒も断れないわたしは、彼がへらへらと躱すのをなんとなく疎ましく思ってしまった。
 虎杖くんは元から自分とは対極にいるような人間だ。複雑な境遇にも関わらず明るくて思いやりがあって話題の中心になるタイプ。現に彼の周りには自然と人が集まっていた。わたしはこういった飲み会でも、端っこの方で近くにいる人となんでもない話をして、お酒を飲むのが関の山だ。壁の花とは言わないけれど、話題の中心になることもない。
 飲み会に誘ってくれた先輩と話しながら彼のことを盗み見ていた。話すのも聞くのもうまい。適当な会話にも適切な返しをするし、無茶なフリにもユーモアを交えて返事をする。初めて会った時から、ずっと思っていた。わたしは虎杖くんが苦手だ。

 気がついたら誰かの車の中にいた。なんでこんなことになったんだろうと考えたけれど、答えは明白だ。終電があるので帰ります、の一言も言えないくらい飲みすぎた。とにかく眠い。何杯飲んだかも思い出せない。先輩からのお酒はどうしても断りきれなかった。わたしは意志がよわい。
「あ、名前さん、起きた」
「…これ、誰の車?」
「俺のだよ。ホテルどこらへん?送ってくから」
「…いたどりくん?」
「あ、名前覚えててくれたんだ」
「そりゃ」
 君はわたしと違って有名人だし、と言いかけてやめた。そんなことよりもたった数回、片手で数えるくらいしか会ったことのないわたしのことを虎杖くんが覚えてくれていたことに驚いた。わたしの名前知ってたんだ、と呟くと、俺人の名前覚えるの得意なんだよね、と笑っていた。こんなところまで正反対なのかと感心する。わたしは人の名前を覚えるのが苦手だ。ホテルの名前を言うと、あああそこらへんね、と言って彼はアクセルを踏んだ。
「あのさ、俺、名前さんに避けられてる?」
「そんなこと、ないけど」
 それを聞いてどうするんだろう。そう思うなら、なんでわたしを送っていくと申し出てくれたんだろう。彼なら、先輩に無理強いされたところでうまく躱す術を持っていたはずだ。
 そっかあ、よかった、と言って虎杖くんは笑った。
「虎杖くん、本当はお酒強いんでしょ、東堂が言ってた」
「んー、まあ、そこそこ」
「なんで今日お酒弱いなんて嘘ついたの」
「…お酒飲んだら名前さんのこと送っていけないな、と思って」
 眩しすぎる街灯による逆光のせいなのか、わたしの目の焦点が合っていないからなのかわからないけど、彼の表情をちゃんと確認することができなかった。
 この調子なら、あと五分足らずで予約しているホテルまでたどり着くだろう。

「…気持ち悪い、どっか止まって」
「え?大丈夫?」
 ホテルまであとほんの少しという距離のところで道路の端に車を停めてもらった。名前さん、だいじょうぶ、とわたしの顔を覗き込む彼の耳の後ろ側に手を当てて、顔を引き寄せて唇を重ねた。あつい。自分以外の人間の体温は本当にあつい。そのまま唇に舌をねじ込んだ。口腔内で唾液が混ざりあう音しか聞こえない。唇を吸い上げて甘く噛みつく。くぐもった声がたまらなかった。
「…っはあ、酒の味がする」
「このままだと、飲酒運転で捕まっちゃうんじゃない?」
 今日の部屋、ここから歩いて5分くらいのところにあるんだけど。耳元で小さくそう呟いた。彼の首筋にあてた指先からは頸動脈が跳ねる音が聞こえる。
「名前さんって案外性格悪い?」
「…嫌いになった?」
「むしろ惚れ直したかも」
 虎杖くんのことが気になる。なんとなく目で追って、自分とくらべて、落ち込む。自分とは正反対の性格をしていると思う。いつだって周りに人が集まって、いつだって笑顔で、そんな虎杖くんがわたしのせいで困った顔をしている。それを眺めるのは、悪くない。


20200626
悪くない