ままならぬ日々



 ひとりで出張に行っている間に、名前の髪の毛は短くなっていた。
 もともと髪は長い方ではなかった。硝子とくらべたら長い、程度。鎖骨が隠れるくらいの長さだ。普段は下ろしていて、ふわふわと風に揺れていた。それがいまや、耳あたりまでの長さになっている。

「悟、おかえり」
「髪切ったわけ」
「そうなの」
「…ブスがよくわかる」
「うわ、ひどい、傑は似合ってるって褒めてくれたのに」
「じゃあ傑と付き合えば?」
「なんでそんなこと言うの」

 意地悪、と言って怒っていたけれど、そんなの、傑の名前をだすおまえのほうがどうかしている。もういいという言葉を残して名前は背を向けた。さすがにばつが悪くて追いかけることはしない。そういえば、出張に行く前に髪切ろうかなあと言っていたのを今思い出した。あの時、なんて答えたっけ。くそ、せっかく土産を買ってきたのに渡し忘れてしまった。


「名前」
「こっちこないで」
「お土産あるんだけど、おまえが好きなやつ」
「そんなんじゃ機嫌治らないから」

 出張の荷物を部屋にばさばさと散らかして、名前のために買ってきた土産を持って彼女の部屋のドアを開けた。名前を呼んだけれどベッドの隅の方から動こうとしない。それどころか目を背けられてしまった。

「悟、髪の毛切ろうか迷ってたときに、好きにしろって言ったじゃん」
「本当に切ると思わないだろ、っていうかそう言うしかなくね」
「だって、夏だし」

 大人っぽくなりたかったし、と消え入りそうな声で呟いた。大人っぽくなりたい、そう言うわりに俺に背中を向けたまま部屋にあるピンク色のクッションに顔をうずめて身体をまるめる姿は、彼女が口にした姿からはかけ離れているように思う。
 白いうなじ。産毛のひとつすら見えない。つるつるした白いうなじ。首のつけねのところにあるぽこりとしたまるい骨が目についた。

「…さっきは悪かったよ」
「悟が謝るなんて珍しいね、怖いくらい」
「こっち向いてくんない?」
「やだ」
「なんでだよ」
「だってブスだし」
「…似合ってる」
「え?」
「髪型、似合ってるよ」

 本当に思ってる、とも付け足した。それでも名前はクッションに顔を埋めたまま動こうとしない。そろそろ機嫌直してくんないかなあ。買ってきた名前が好きだと言っていたお菓子を一緒に食べたい。こんなことなら、さっきわさわざ迎えに来てくれた名前にあんなこと言わなければ良かった。

「悟が、髪の毛切るなって言ったら切らなかったなあと思うと…悔しくて」

 ゆっくりと近づいて、背を向けたままの彼女のうなじをそっとなぞる。くすぐったいと言って笑う名前と、ようやくまなざしが交差した。可愛いと言うまでには、まだもう少し時間がかかる。


20200705
ままならぬ日々

title by にこごり