まばたきは花の降るように

※高専時代、多少の肌色


「わたし、浮気したかも」
「は?どういうこと?」
「冥さんと、キスしちゃった」
「なにそれ、いくら払ったわけ」
「一円だって払ってないよ」

 同じ毛布に包まれて、まどろんでいる中、名前はそう言った。
 それ、この雰囲気で言うか?普通。この女のそういう無神経さに腹が立つ。本当についさっきまで、俺の上で自分から腰を動かしていたというのに。

「あ、でも悟とも付き合ってるわけじゃないし、そもそも浮気じゃないか」
「…そんなの、冥さんが本気なわけないだろ」
「舌、熱かったなあ」

 まじかよ、舌まで入れたわけ。冥さんさあ、何考えてるの。っていうか俺、冥さんと間接キスしたことになる?
 確かに、冥さんは美人だし、名前がずっと冥さんのことを尊敬していたのだって知っていた。冥さんに褒められた、冥さんがご飯に誘ってくれた。名前はいつも嬉しそうにそう報告していた。その度に俺はおまえみたいなブス、冥さんが相手にするわけないじゃん、からかわれてんだよ、と茶化していた。そしたら名前は、そりゃ冥さんとか硝子にくらべたらブスだけどさあ、と頬を膨らませていじける。彼女の柔らかく膨らんだ頬を触る理由をそうやって作っていた。
 名前の肩甲骨の間には薄く汗が滲んでいる。お互いの肌の熱さが怠いので、抱きしめたりすることはない。同じベッドの上で少しだけ距離をとって寝転んでいる。名前は夢でも見ているかのようにゆっくり話していたけれど、俺の気怠さはどこかに行ってしまった。あのまま眠れたら、気持ちよかっただろうに。

「冥さん優しくてね、キスするのは初めてかどうか確認してくれたの、だから、初めてって言っちゃった」
「…大嘘つきじゃん」

 キスどころか、名前は処女でもない。俺と寝る前から処女じゃなかった。女は怖い。平気な顔して自分の恋愛遍歴を偽ってみせる。誰を傷つけるわけじゃないし、まあべつにいいんだけど。

「冥さんキスうまかったなあ、唇もふにふにしててね、キスした後に唇がお揃いの色になったねって言ってくれたの。それがすごい色っぽくて、見惚れてたの」
「一回キスしたくらいで、なんでそんな自慢気なわけ」
「だって冥さんだよ、あの」
「絶対本気じゃねえって」
「そんなの、わかってるよ…」

 本当、冥さんは何を考えてるんだろう。こんなどこにでもいるような女に、呪術師としてたいして強いわけでもない女に、なんでそんなこと。しかも一回キスしたくらいでこの浮かれようだ。たぶん、頭も悪い。

「悟とは何回寝てもこんな気持ちにならないのに」
「はあ?そこはもっと浮かれとけよ、腹立つ」
「冥さんはね、何回も可愛いって言ってくれたんだよ」
「…あっそ」

 今、俺に背を向けて眠るこの女はどんな顔をして冥さんの話をしているんだろう。くそ。さっきまであんなに近くにいたのに、今じゃ名前の背中が遠く感じる。

「悟は雪だけど、冥さんは桜の花びらって感じ」
「遠目で見たら、どっちもたいして変わんねえだろ」
「情緒がないなあ、ぜんぜん違うってば」

 冥さんも悟も髪の毛の色とか、肌の色は似てるけど、中身はぜんぜん違うよ。悟はね、冷たいの。名前はそう言いながらくるりと身体を反転させたのでようやく目があった。そんな顔してたらますますブスだぞ、と膨らんだ頬を掴む。その指の跡が少しだけ赤くなって、花びらのうちのひとひらがそこにあるようだった。
 おまえはわかってない。冥さんはきっと気まぐれにおまえを可愛がっただけだよ。絶対、俺の方が優しいのに。

「痛いから離してよ。悟のそういうところが嫌い、大嫌い。冥さんなら絶対ほっぺたつねったりしない」
「…ああもう、悪かった、悪かったって。名前、おまえは可愛いよ、可愛いから」
「そんな仕方無く言った可愛いなんて、わたし、いらないんだけど」
「…冥さんじゃなくて、俺にしとけば」

 毎日可愛いって言ってキスしてくれるなら悟のこと好きになるかもね、と睨みつけられた。その言葉が聞こえないふりをして彼女の肩を手繰り寄せる。お互いの肌が熱くて怠い。ぜんぜん冷たくないだろ、と皮肉まじりに伝えた。俺の心臓のあたりにぐりぐりと額を擦り付ける、名前のそういう仕草に俺はよわい。


20200501
まばたきは花の降るように

title by オーロラ片