君の心音で踊るよ
今日は特に空の透明度が高い。ずっと眺めていたら落ちてきそうな青空の下、わたしたちは校庭で健全に汗を流していた。
「真希ちゃん、もう、わたし、疲れた…」
「名前は本当接近戦弱っちいよなあ」
「違うの、暑いのが無理なの」
「違わねえって」
まあ、わたしが接近戦弱いのは、真希ちゃんが言うように事実だけれど。
みんなこの暑いなか黒い服着てよく動けるよなあ。虎杖くんなんか、疲れた素振りを一切見せずにパンダくんと組み手をしている。なんて健康的で清らかな夏の午後。わたしは今日はずっと真希ちゃんから一本も取れない。そもそも、こんな暑い日になにも外で訓練しなくても。ため息をつく元気もなかった。
「わたしみんなの飲み物買ってくる…」
「おー、私いつもの」
「レモンスカッシュね、おっけー」
少し不便なところにある自動販売機まで向かう。やっと日陰に入れた。それでも暑いので足取りは重い。
夏が始まる前はあんなにどきどきしていたのに、夏が来たと自覚して二週間も経てば、はやく終わらないかな、と考えてしまう。夏が始まるか始まらないか、くらいの時期には気合を入れて足の爪をピンクとペールグリーンで花柄にしたりもしたのに。今のところ陽の目を見ていないけれど。
入り口近くにある自販機に小銭を入れて、真希ちゃんがいつも飲んでいるペットボトルを取り出す。真希ちゃん、ハンバーガーとか好きだし、こんな運動したあとなのに甘ったるい飲み物飲むし、それでもスタイルがいいの、本当うらやましいなあ。棘くんと伏黒くん用の水を買って、あとは野薔薇と虎杖くんの分の飲み物を買おうとした時、走ってくる虎杖くんの姿が見えた。
「名前さん」
「虎杖くん、わざわざ来てくれたの?ありがと」
「んー、真希さんに名前さんひとりじゃ全員分持ちきれないだろって」
「パシられたのね」
「悪く言えばそんな感じ」
あとは虎杖くんと野薔薇とわたしの分だよ、と告げると虎杖くんは迷うことなくボタンを押した。
「名前さん、これだよね」
「わたしが飲んでるやつ覚えててくれたの?嬉しい」
これ、と言って指さしたのは訓練の時にいつも飲んでいるまずいと悪名高いスポーツ飲料だ。
釘崎、あいついつも何飲んでたっけ、なんて首を傾げるので驚いた。野薔薇は砂糖が入ってない紅茶だよ。
「なんで、わたしのは覚えててくれたの…」
「俺、名前さんのこと好きだからね」
「え?」
「あ」
「…虎杖くん」
「ごめん!今の忘れて」
待って、と声をかける隙もなく、背中を向けて立ち去っていった。好きって、そういう好き?どういう好きなの。
心臓の音が速くなったのは、暑さのせいじゃない。それだけはわかってる。
「やっぱ、忘れないでよ」
道の角を曲がるか曲がらないかというところで、踵を返して虎杖くんは戻ってきた。わたしはその間、動けなかった。
「そんなの、忘れられるわけないじゃん…」
こんな風に誰かに見つめられたことなんてなかった。
わたしのことを特別だと思ってくれている人がいるなんて、知らなかった。
「わたし、虎杖くんの血液型も、好きな色も知らないの」
「…知りたい?」
「知りたい、教えて」
「俺も名前さんのこともっと知りたいよ」
こころが、血液が、踊っている。自動販売機から取り出したばかりの冷たい飲み物を両の手いっぱいに抱えているはずなのに首筋に汗が伝うのを感じる。今この瞬間の体温も、皮膚の湿度も、虎杖くんの熱っぽい瞳の光も、ぜんぶ忘れられるわけがない。
君のことが知りたい。呪いとか、背負った業とか、そういう文脈をぜんぶ抜きにして君のことが知りたい。
とりあえず、今週末は一緒に出かけようよ。夏に行きたいところも、したいこともたくさんあるの。それで、虎杖くんのこと、教えて。
わたしのその言葉にゆっくり頷く虎杖くんの横顔を、太陽の光が照らしている。
20200521
君の心音でおどるよ
title by オーロラ片