※多少の肌色
あつい、と言いながら名前は俺の腕の中からするすると抜けていったので、しかたなく壁の方を向いて寝転がる。本当なら、腕枕したまま適当なことを話して笑いたいし、彼女の髪の毛に指を通して遊んでいたい、あついとかべたべたするとか言いあいながら抱きついていたい。言えないけど。
さっきまであんなに熱っぽい瞳で俺を見つめていたというのに、今となっては平気な顔でベッドの下に散らばった薄っぺらい服を着て、シャワーを浴びてくると言って浴室の方に行ってしまった。
いつだったか、行為のあと同じようにシャワーを浴びに行く名前を引き止めて、このまま眠ればいいじゃんと言ったことがある。彼女は、化粧を落とさないと肌が荒れるし髪も洗わなきゃいけないの、と言って怒っていた。じゃあさっき一緒にお風呂に入った時に、化粧を落として髪を洗えばよかったのに、と言いかけて気がついた。名前は髪が長い。乾かすのには時間がかかりすぎてしまう。それくらい、全然待つけどなあ。それに、名前は化粧していてもしていなくても可愛い。まあ、女の人はいろいろと大変なのだ。わかってる。わかっているけど、こうしてひとりで壁を眺めているのは少し寂しい。まだまだ眠れそうにない。
「窓あけとくね」
「えー、あついじゃん」
「換気しとかないとでしょ」
クーラーが効いていても、夏の夜なんてただでさえ暑いのに、窓を開けたらなおさらだ。起き上がる元気もないので相変わらず壁の方を眺めていた。窓を開けると今まで聞こえなかった蝉の声がする。数分前までの行為が嘘みたいだ。窓を閉めることは簡単だけれど、もう少し寝転んだまま余韻に浸っていたかった。
蝉の声に混じって、シャワーの音がかすかに聞こえる。名前、早く出てこないかなあ。壁を見るのにも飽きてごろごろとベッドの上で寝返りをうつ。名前がさっきまで寝転んでいたところに少しだけ体温が残っていた。
「悠仁、寝ちゃった?」
「…寝てないよ、名前のこと待ってた」
「服着ないと風邪ひいちゃうよ」
「大丈夫でしょ」
「ねえねえ、髪の毛乾かして」
「はいはい」
名前は散らばっている服を適当に俺の方に投げた。それらを身につけてカーペットの上にぺたりと座り込む彼女に向かい合う形で座って、髪をわしゃわしゃと拭く。その間、名前はぎゅっと目を瞑っていた。
「名前、なんかいい匂いする」
「ジャンプーかな?でも同じやつ使ってるでしょ」
ドライヤーの風を名前の髪にあてて、柔らかい髪に指を通す。悠仁に髪の毛触ってもらうの気持ちいい、と言う彼女と目があった。
「メイク落としちゃったから、あんまり見ないでよ…」
「大丈夫だって」
「なにそれ、メイクしててもしてなくても変わらないってこと?」
「化粧した名前も、してない名前もどっちも可愛いってこと」
そんなこと言って調子いいんだから、と言う名前の顔は、言葉とは逆に嬉しそうだ。
「ねえ、星きれいだよ」
「本当だ」
「窓開けなきゃ気付かなかったでしょ」
「暑いけどね」
「夏なんだから、暑くていいの」
「それもそうか」
前に、全部わからないほうがロマンチックだよね、と言った名前の言葉を思い出した。たとえば逆光で見えない部分がある写真だとか、光り輝く都会にあるビルの隙間だとか。
たぶんあそこらへんに夏の大三角形が見えるはず、といって名前は東の方を指差す。
なるほどたしかに、この窓からじゃ見えないところに広がる星空のことを考えるのはとてもたのしい。
髪の毛を乾かしている最中、名前は大きなあくびをした。眠くなっちゃった、という彼女を抱きかかえてベッドに向かう。
「悠仁、こんなくっついてたらあついけどいいの?」
「いいじゃん、夏だし」
「…嬉しい」
狭いベッドの上で絡めた彼女の素足はすこしだけひんやりとしていて気持ちがいい。名前は腕の中で微笑んでいる。
今度こそ、眠くなるまで適当な話をして、抱き合ったまま眠りにつく。そして明日の朝一番におはようと言って、ふたりで新しい一日を始めるのだ。
20200616
ユニコーンの庭
title by オーロラ片