手の中に薄い永遠だけ残して

※ちょっと暗い、灰原くんの話




 地球が太陽のまわりを一周すると一年が経つという。にわかには信じがたいけれど、あの夏の日から、もう地球はなんのシグナルもなく三回も太陽の周りをまわったらしい。それはとても長い時間だった気もするし、一瞬だったような気もした。
 今年も日差しが強くさす坂道をふたりで歩く。初めて来たときは、ヒールを履いてきたせいで七海に迷惑をかけたし、かかとからは血が出ていた。部屋に帰って、肌に張り付いた薄いヴェールを脱ぎ去るときにはもうかさぶたになってしまっていたので、もう一度血が流れたことをなんとなく思い出した。

 こうして七海と彼の命日にお墓参りにくるのは、三回目だ。喪服のような制服を引きずって、花を持って、わたしたちは彼が眠るお墓の前で手を合わせた。
 入学した当初は七海くん、と呼んでいたけれど半年経ったころには七海と呼ぶようになった。その時間がなかったから、灰原くんのことは灰原くんとしか言えずに、今に至る。
 あと数回、三人で一緒に任務をすることがあれば。一緒に移動する時間でお互いのことを話していたら、わたしは灰原くんのことを灰原と呼んでいたかもしれないし、雄と呼んでいたかもしれない。好きな食べ物だけじゃなくて、どんな場所で何を考えて生きてきたかも知ることができたかもしれない。そして、あの日わたしが七海と灰原くんの任務に同行していれば、変わったこともあったのだろうか。もう何百回も繰り返し考えて、そのたびに変えることができなかった未来を思う。

「もう大丈夫って、思ってたんだけど、やっぱ、名前見るとだめだね」

 鼻の奥がツンとした。今でも彼の笑顔も声もこんなにも鮮明に思い出せるのに。わたしの水晶体は表面に薄く張った涙で揺れている。七海は何も言わない。そっと目を伏せていた。
 灰原くんの家族が、このあとここに来る。わたしたちはそれを知っているので、花束をそっと置いておく。そして祈るのだ。どうか彼の家族が、彼の望んだ通り幸せになりますように。
 七海は相変わらず何も言わない。手慣れた手つきで水を汲み、線香に火をつけて、手を合わせる。
 移動する時間のおよそ五分の一程度の時間で、わたしたちは灰原くんのお墓を後にした。帰り道、七海はようやくわたしに話しかけた。

「…名前さん、あなたは死なないでくださいね」
「七海こそ、元気でね」

 七海はスーツ着てるのが似合うよ。絶対似合う。
 そうね、七海はしっかりしているしきっと大丈夫。強いて言うならご飯をちゃんとたべてね。パンばっかり食べてちゃダメだよ。
 結婚とかすることがあったら、メールか、手紙くらいは書くから。もちろんまだそんな予定はないけれど。これは、いつかの未来の話ね。

 七海は半年後には社会人になって、お金をたくさん稼ぐためにたくさん働くらしい。わたしは田舎に帰って実家の家業を継ぐことにした。この流線形をした街を離れて、緑の中で平和という贅沢な日々の中を生きていく。そういう未来を選んだ。ふたりとも呪いが見えるだけの一般人になる未来を選んだ。わたしは絶対に灰原くんのことを忘れないから。どれだけわたしが遠くに行っても忘れないからね。七海だって、どれだけ忙しくても大切な友人のことを忘れることはない。わたしにはわかる。
 わたしと七海が二人揃ってここに来るのは、今日が最後。最後の夏の日。


20200607
手の中に薄い永遠だけ残して

title by オーロラ片