恋をしている

※七→夢→灰



 おまえらは気持ち悪いくらい仲がいいよな、と何かの拍子に五条さんに言われた。随分と遠慮のない物言いで面食らった。仲がいいという言葉とは裏腹に、褒められていないことがひしひしと伝わる。気持ち悪いくらい、か。
 たしかに私達は三人でいることが多い。任務があるときも、ないときも。
 五条さん達もとても仲がいいと思いますが、そう反論しようと思ったが、自分らしくないと思ってやめた。ひとつ上の先輩達はたしかに仲がいい。だからと言ってその関係性が自分たちのそれと同じものだとは到底思えない。
 仲が良いわけじゃない。少なくとも、私はそう思ったことなんて一度もない。
 気まずそうな顔をする私に五条さんはなにも言わなかった。


「七海、明日遊びにいこうよ」
「嫌です」
「七海しか友達いないの、友達との夏休みの思い出欲しいの」
 なんて情けない声だ。電話の向こうから、彼女の声と蝉の鳴き声、電車が来るというアナウンス。夏休み、同期のふたりは各々の実家に帰っていた。その帰りなのだろう。
「あ、もうすぐ電車が来る。今日の夜には寮に帰るから、明日お昼ご飯食べたら遊びにいこうね」
「だから、」
「電車来た!じゃあね、七海」
 そう言って電話は切れた。勝手な人だ。私に予定があったらどうするつもりなんだろう。
 明日の予定について考える。
 夏季休暇は今日を合わせてあと三日。読みたかった本が数冊残っていた。汗をかくのも好きじゃない。本を読むのに忙しいと言ったところで無理やりにでも手を引いて外に連れ出されるだろうと思う。べつに、悪い気はしないけれど。

「七海、ゲームセンターいこ」
「嫌ですってば」
「ボーリングかカラオケでもいいよ」
 昨日の宣言通り、昼食後に彼女は寮の部屋の扉を叩いた。彼女は今日の午後、私と過ごす以外の選択肢がないことを知っていてあえて嫌だと言った。この浅ましさに彼女が気付くとは到底思えない。
「…その中なら、ゲームセンターで」
 やった、と大袈裟に喜ぶ彼女の髪がゆるやかに揺れた。

「うわ、負けた!」
「名字さん、ゲームむいてないんじゃないですか」
「七海が強いんだよ、ぜったい」
 なにが悲しくて休みの日まで呪いに似たグロテスクな化け物を倒さなければいけないのだろう。プラスチックの銃で画面の中を這いずり回るゾンビに照準をあわせて、引き金を引く。単純な作業のように思えたけれど、名字さんは画面のあちこちにめちゃくちゃに撃っていた。画面の隅からゾンビが現れるたびに叫ぶ。こんなゲーム、あなたにはむいていない。
「灰原、今頃電車に乗ってるかなあ」
「…さあ」
 私は彼の生まれた場所のことを知らない。彼の家族構成も、地元の友達に見せる顔も知らない。
「今日じゃなくて明日、灰原くんと来ればよかったじゃないですか」
「…灰原はね、友達じゃないから」
 言ったじゃん、七海しか友達がいないって。当たり前のように呟く彼女の声に胸が痛くなる。
 口が過ぎたと後悔した。自分で自分を傷つけた。彼女が灰原くんのことをどう思っているかなんて、とっくの昔に気付いている。
 ユーフォーキャッチャーに貼りついている彼女はなかなかうまくいかないと嘆いていた。結局、普通に買うのと変わらない値段をかけて懐かしい駄菓子を彼女は手に入れた。
「はい、これ、わたしのおすすめ」
 そう言って手渡されたのは水色のチューイングキャンディー。本当にソーダを口にしたときのように、その甘さは少しだけ痛みを伴っている。

「楽しかったあ」
「そうですか、…よかった」
 気がつけば時計は二十時を回っていた。駅から高専の寮までの帰り道を歩いていく。私も楽しかったと伝えることはできない。
「あした、灰原、帰ってくるね」
 彼が帰ってきたら、明日からまた三人で日々を過ごすことになる。
 ひとりでもふたりでもなく、三人になる。
 デニムのショートパンツから伸びた彼女の足は夜の闇の中で薄く発光していた。彼女からはぺたぺたという足音が聞こえる。ビーチサンダルを履いているからだ。結んだ髪の毛の隙間からはうなじが見えた。普段見ることのない場所。
「はやく明日にならないかなあ」
 まるでスキップするように踏み出す一歩が大きくなって、彼女との距離は少しずつ広がっていく。街灯に照らされた足の爪先は月明かりのような淡い金色に光っている。自分の髪の色に似ているなんて思うのは、うぬぼれが過ぎるか。
 この夜がもう少し続けばいい。なんなら、明日が来なければいい。私だって貴女のことを仲のいい友達だと思ったことはない。
 八月のぬるい風がかかとのあたりにまとわりついた。もう夏は少しずつ終わっていく。いつだって、季節は私を置いていく。


20200724
恋をしている