日曜日の午後は暇を持て余す。暇だ。ソファにだらしなく腰をかけてテレビのリモコンに手をかけた。
普段はテレビなんて、朝のニュースくらいしか見ないのに、せっかくの二人暮らしなのだからといって買った四十二インチのテレビが壁にかかっている。ほとんどサブスクリプションで適当な映画を眺めるためだけに、大きなソファと大きなテレビがこのリビングを支配していた。リモコンひとつで、月々千円足らずで、映画館で見たお気に入りの映画も、気になっていたけれど見れなかった映画も、昔好きだったドラマだって見ることができる。暇だ。暇だけど、たぶんとても贅沢な暇の潰しかたをわたしは知っている。
月額千円くらいでいつでもどこでも音楽が聞ける、そんな時代にCDをわさわざ買うという愛の形があるということを、七海と暮らし始めてから知った。この部屋でCDを再生することができる機械はパソコンくらい。それでも七海はCDを買う。わたしの知らない、海外の音楽。
外は晴れていたけれど、カーテンを閉めているので仄暗い。画面の中ではゾンビが若い男の腕に噛み付いていた。
「…今、腕切り落とせばゾンビにならないのにな」
腕を切り落としてまで生きていくことが正しいかどうかはわたしにはわからないけれど。
テレビは煌々と赤く発光している。ああ、だめだ。彼はゾンビになってしまった。
昼間からお酒を飲むと七海が怒るので、インスタントのコーヒーを探した。シンクの横にある棚の缶の中には、なにも入ってない。仕方なく蛇口を捻って水を飲む。浄水器を通してますが、なるべく水道水を飲まないようにしてくださいね、と言った七海の顔を思い出した。お酒を飲まなかっただけ褒めてほしい。
またひとり、若い男がゾンビになった。増えていくゾンビ。逃げ惑う大衆をわたしはぼーっと眺める。そこに感情の起伏はない。暇だ。あなたは休んでいてください、そう言って七海は買い物に出かけた。七海が買い物に出かけてから、もう一時間は経ってる。そろそろ、帰ってこないかな。こんな気持ちになるなら一緒に行けばよかった。
そのあとすぐに、玄関の方でガチャ、と音がした。すぐにビニール袋が置かれるどさっという音が聞こえる。
「七海、おかえりー」
「…部屋を暗くして映画見るのはやめてくださいと、あれほど」
あと、クーラーが効きすぎです。
部屋の明るくなって、ぴ、ぴ、と電子音が二回鳴った。
「暗い部屋で見るホラー映画は夏の風物詩なの」
「はあ」
薄くため息をつく七海に近寄る。休日だというのに白いワイシャツにセンタープレスのボトムス。身長が高くて、筋肉質。絹糸のような美しい髪の毛。映画の主人公のような出立の七海が近所のスーパーで洗剤みたいな日用品や野菜を買っているところを想像する。とても可愛い。
「ねえ、コーヒーが切れてる」
「買ってきました」
七海は、さすがだなあ。ぬかりがない。
「ケーキも買ってきましたよ」
「うそでしょ」
「本当です」
「大好き」
そう言って抱きついたけれど、表情ひとつ変えずに冷蔵庫にしまってくるので離れてくださいと言われてしまった。いつだってケーキが好き、なんでもない日曜日の午後にケーキを買ってきてくれる恋人のことはだいすき、それくらいの単純さで生きていけたらいいのに。
しぶしぶソファに戻る途中で気づいた。
「あ、洗濯物干してない」
ゾンビ映画に気を取られすぎた。慌てて洗面所に向かう。プラスチックのカゴに洗濯物を詰め込んだ。カーテンを開けると空は清く澄み渡っている。夏の空だ。
ワイシャツを畳んだ状態で叩いてから干すとシワにならないと教えてくれたのは七海だった。てっきりアイロンを毎日かけるタイプだと思っていたので驚いた。
ほぼ毎日洗濯するおかげで、洗濯物を干すのはすぐに終わった。冷蔵庫に食材を入れた七海が窓のそばで縁に寄りかかっている。
「出かけますか、名前さん」
「…いい、七海が買ってきてくれたケーキ食べたい」
七海の腕が伸びて、ぎゅっと抱きしめられた。厚い胸板。筋肉質な身体は夏の空気よりもあつい。たとえば、窮地に陥ったとしても大丈夫だと思わせてくれる健全な身体だ。
「七海、誰かに見られちゃう、かも」
「ここ何階だと思ってるんです」
「…はい」
「ケーキ、食べましょうか」
「食べる」
七海の身体はゆっくり離れる。わたしの身体は変わらず火照っていた。
「わたし、七海が好きな音楽が聞きたい」
「たぶん名前さんの趣味じゃないと思いますよ」
「…七海が好きなやつが聞きたいの」
パソコンのスピーカーからは夏にぴったりなジャズが流れ始めた。わたしの知らない音楽。わたしも七海に続いてベランダから部屋に戻る。
日曜日の午後、まだまだ翳りそうにない空の下、七海の大きくて白いワイシャツと、わたしの黒いキャミソールがぱたぱたと揺らめいている。ケーキとコーヒーはもうすぐテーブルの上に運ばれる。大きなソファにだらしなく腰掛ける。夜ご飯は久しぶりにわたしが作ろう。お酒に合うやつにしよう。贅沢な暇つぶし。愛とも恋とも名前をつけることができない、大切な時間。
20200803
陽溜まる窓辺
title by オーロラ片