君のための十一月

「夜にコーヒー飲むと眠れなくなるんだよ」
「…大丈夫です」
「恵くんは大人だね」
 夜、といっても時計は十七時と十八時の間。日が落ちるのもずいぶんとはやくなった。
 国旗がたなびくオムライスが運ばれてくると、隣の席の子どもは嬉しそうに笑った。それを眺める名前さんも微笑んでいる。幼い子どもは小さな手でスプーンを握ったけれど、ぎこちない動きのせいで食器と金属が当たってかちかちと音が鳴った。ありふれた休日の夕方のファミリーレストランだ。
「ファミレス、嫌だった?」
「そんなこと」
「ならよかった。付き合ってくれてありがとう」
 つい一時間ほど前、某有名チョコレートブランドとコラボしたパフェが食べたいからついてきてほしいと言われて、俺は頷いた。
 せっかく名前さんが誘ってくれたのに、気の利いた話のひとつもできない自分が嫌になる。目を伏せたらコーヒーの中にうつる自分と目が合う。そして気づいた。眉間にしわが寄っていることに。たぶん、名前さんに気を使わせてしまった。
 自惚れてなんてない。たぶん、誰でもよかったんだ。べつに俺じゃなくても。たまたま談話室にいたのが俺だった、それだけのことだ。
 運ばれてきたパフェは、三角形のうつくしいグラスにチョコレート、生クリーム、フレーク、果物が縞模様をつくっていて高級感がある。名前さんは目を輝かせながらその写真を撮っていた。
「食べるのもったいない」
「でも、アイス溶けちゃいますよ」
「うん…」
 銀色のスプーンがすっとアイスクリームに飲み込まれていく。やわらかなアイスクリームはそのまま名前さんの口に運ばれた。
「おいしい」
「夜ご飯、それだけでいいんですか」
「いい!でも恵くんのやつ美味しそうだね、今度来たらそれにしようかな」
 俺の目の前にあるのは冬季限定と題されたパスタだ。写真よりも蟹の量は少ない。
 そのあとは名前さんが時折ぽつりとこぼす、しあわせそうな、美味しいという言葉に耳を傾けながら食事を平らげた。

「わたし今日誕生日なんだよね」
 店の扉が閉まる音を背に、名前さんはそう言った。初耳だ。まったく知らなかったし、わからなかった。
「え、…おめでとうございます」
「どうしても甘いもの食べたくて。付き合ってくれて本当にありがとね」
 危うくひとりの誕生日になるところだった、と言って名前さんはぐっと伸びをした。薄いピンク色のコートについたファーが揺れる。
「なんで教えてくれなかったんですか」
「…言ったらお祝いしてくれた?」
 あたりまえだ。知ってたら、後輩にお金出させるわけにはいかないと頑なに譲らない名前さんを押しのけてでも俺が払ったし、なんなら、もっと。
「来年は、絶対、一番にお祝いしますから」
「本当に?覚えててくれるの」
「絶対、忘れません。ケーキも買うし、プレゼントだってちゃんと」
「…なんか、そんなこと言われると、わたし、単純だから」
 ななめ前にいる名前さんは俺から目をそらした。
「単純だから、なんですか」
 背筋がぴんとのびるような嬉しさだ。
 早足で俺の前を歩く名前さんの腕を掴んでしまった。できれば顔を見たい。寒さのせいかそうじゃないかわからないけれど、名前さんの耳は少し赤い。来年の今日までには、先輩と後輩以上の特別な関係になれるんじゃないかと自惚れてもいいのだろうか。


20201129
君のための十一月