うそだよ

 十一月の街角はどこかせわしない。ハロウィンでお祭り騒ぎをしたばかりだというのに、気がつけばそこらじゅうからクリスマスの気配がしていて、この国に神様がいたのは遠い昔話なんだと思い知った。無宗教といえば聞こえはいいけれど、いくらなんでも節操がない。
「名前、はやく」
「菜々子、急がなくても大丈夫だって」
「えー」
「その格好、寒くない?」
「いまさら?全然寒くないけど」
 制服、コート、マフラー。上半身は暖かそうなのに、菜々子の足は冷たい空気に晒されている。ショーウィンドウに映った自分の足元は、コートに隠れてよく見えなかった。タイツを履いている美々子だって震えているのに。
「菜々子、待ってよ」
「ふたりとも歩くの遅い!」
 前回傑と買い物に来た時は、ゆっくりできなかったらしい。菜々子は朝から夜まで買い物するから覚悟しといてね、といって家を出たんだった。菜々子のうしろをついていく。

「いっぱい買ったね」
 菜々子のちいさな両手だけでは持ちきれなかった荷物を、美々子とわたしが分けて持った。この時期はショッピングバッグも華やかで、金色の箔押しがきれいだ。
「美々子、もっと買えばよかったのに」
「菜々子が買いすぎなの」
 ふたりが楽しそうに言い合っている様子をわたしは眺めていた。あと何回、こうしてふたりと買い物に行くことができるんだろう。
 最寄りの駅に戻ると改札で制服を着た女の子たちとすれ違った。意図せず目で追ってしまう。ぴ、という電子音が耳にまとわりついた。
 本当なら、美々子と菜々子は、テストが嫌いで、定期券の外側にはいけなくて、休みの日の買い物に友達といくような、そういう高校生活を送っていたかもしれないのに。冬の始まりのきれいな夕陽に照らされて、すれ違う女の子たちの制服が朱く染められていた。
「ねえ、このまま逃げちゃおっか」
 たぶん今言うべきじゃなかった。本当に逃げようとしてるなら、改札を出る前に言うべきだった。
「はあ?名前なにいってんの」
「名前、なんかあった?」
「…ごめん、なんでもない」
 うそだよ。冗談だよ。言ってみただけだよ。今の生活が、美々子と菜々子がいて、みんなが家に帰れば待っててくれる暮らしが、あまりにも心地良くて、ちょっと言ってみただけだよ。そうね、家に帰って、傑と一緒にご飯を食べないとね。
 逃げる場所なんてこの世界のどこにもない。わたし達はずっと逃げ続けている。もう十年の間ずっと。あの日から、ずっと。
 美々子と菜々子には、骨ひとつ残らないような、そんな死に方をしてほしくないと、思っただけだよ。わたしはあなたたちを置いて死にたくないと思っただけだよ。
 菜々子は帰るよ、と言って手を伸ばした。美々子は私の服の裾を掴んで離さない。わたしはその手をぎゅっとにぎった。
 ふたりが歩き出す瞬間、プリーツスカートがひらめいて冬の空気をかき混ぜる。来年も、その先も、このきらめきがどうか失われませんように。どこにもいない神様にそっと願った。


20201224
うそだよ