とるにたらない毎日を

 五条先生が修行用に持ってきてくれたDVDがなくなってしまったので、映画ではなく旅番組の再放送を眺めてもう二時間。実は昨日も、その前の日も、空いた時間にぼーっと旅番組の再放送を眺めていた。今まで平日の昼過ぎにやっているテレビ番組のことを、俺はあまり知らなかった。ある時は温泉街。ある時は海を超えた先にある九州。今は夏の京都の楽しみ方について。
 桜も紅葉もない京都も、それはそれで楽しそうだな。小さな船に乗って川を下る芸能人を眺めながら、俺はそんなことを考えた。
 この殺風景な部屋の中で三十二インチの液晶画面だけが、ぱっとひかっている。

「虎杖くん、ごはんできたよ」
「ありがとう」
 俺の名前を呼ぶ声がして、クッションに埋めていた顔をあげる。今日は綺麗にできたと言って自慢げな顔をする名前さんと目があった。
「この二週間、ずっと名前さんのご飯を食べてる」
「わたしはこの二週間でだいぶ料理の腕あがったと思うけど、どう」
「おいしいよ」
 初めて食べた名前の料理はたまごやきと称されたスクランブルエッグだった。何回か一緒に作ったけれど、それじゃわたしの仕事がなくなる、と言って名前さんはひとりで料理を練習していた。
 今目の前に並んでいるのは、きれいなオムライスとサラダ、それにスープ。俺は銀色のスプーンをそっと金色のスープの中に潜らせた。オリーブオイルとコンソメと野菜のおいしい匂いがする。
「さっきから見てるけど、旅番組、面白い?」
「えー。映画の方が好きかも。……俺、言われてみればちゃんと旅行したことないんだよね」
「まだ高校生でしょ」
「うん、修学旅行で東京行ったくらいで」
 あの時は遥か遠くに思えた土地に俺は今こうして住んでいる。東京はどこも目が覚めるくらい明るい街だと思っていたけれど、住んでみるとつい数カ月前まで住んでいた場所と大差なかった。暮らすだけなら、のはなしだけど。
「わたしも虎杖くんくらいの年齢の時はそんな感じだったよ。友達は海外行ったりしてたのに」
「海外は特別感あるけどさ、普通、夏休みって家族でどっかに行ったりするもんなのかな」
「普通かー」
 自分が口にした普通という言葉が頭の中でぐるぐるまわる。普通の生活。普通の幸せ。ふつうのこども。ふつうのおとな。普通なら、一ヶ月間外に出れないなんてことはたぶんないし、そもそも普通なら、死んで生き返ることはなんてことはない。名前さんも、普通とは少し違うこどもだったんだろうし、今もたぶん、普通とはちょっとどころかだいぶ違う生活をしている。

「じゃあさ、旅行、いこうか」
「え」
「釘崎さんと、伏黒くんも誘って。普通の夏休み、やり直そうよ」
「……うん」
「どこにいこうねー」
「俺はどこでもいいけど。名前さんはどっか行きたいところないの」
「考えとく。夏が終わったら計画たてよ」
 名前さんが言った夏という言葉には、なんだか実態がなかった。うだるような夏。とけるような夏。夏という言葉の意味はもちろん知っているし、この人生で何回も経験しているはずなのに。今年の夏は暗くて冷たい。早く終わらないかなあ、夏。
 名前さんがもし京都に行きたいといっても、鎌倉に行きたいといっても、どこぞの温泉街に行きたいと言っても、たぶん大丈夫だ。その土地の名物だって、観光名所だってちゃんとわかるよ。頭の中には、トータルするともう十時間分の、ありとあらゆる旅行計画がつまっている。

20210406
とるにたらない毎日を