ちいさなころは性別を良く間違えられた。
可愛いね、かわいい。男の子? 女の子みたい。
名前も知らない誰かから向けられる悪意にも満たないわずかな毒。俺はそのころから知っていた。可愛いは可哀想にとても近いってこと。
特異な見た目を揶揄われることも珍しいことじゃなかった。髪の色、瞳の色、肌の色、生まれた家。名前のない境界線が残酷に俺を拒んだ。自分と違うものを排除するこの国の機構は末端まで浸透していることを、幼いながらに思い知った。
中学生になって身長が伸びると、途端に褒めそやされることが増えた。今まで俺のことをまるでいないかのように扱ってきた人間が手のひらを返して近づいてくる。無視されるよりも気分が悪かったことをよく覚えてる。好き好んでこの体躯になったわけじゃない。靴や服なんてほとんど選択肢がないし、どれだけ寒くても手袋だってできやしない。他人の悲しみを俺が理解できないのと同じように、俺の辛さとかそういうの、どうせわかんないだろうけどさ。
自分以外の何者にもなれないから、自分じゃない自分に焦がれるんじゃないかと思う。今幸せかどうかとほとんど無関係に、少しだけ歯車がずれた世界の自分のことを考える。ずっと普通になりたかった。放課後になったら友達の家に行って、五時のサイレンがなったら家に帰って、両親と夕食を食べる。そして、将来はスーツを着て働くおとなになる。でもそれは、俺が産まれた時からたぶん叶わない夢だった。
「悟はどんな子供だったの?」
名前と知り合ってからもうふたつめの季節が終わるというのに、昔の話をすることはほとんどなかった。そういえば。
きっかけはテレビに映った名前の地元の映像だった。昔住んでいた街の話を、過ごした時間のことを、静かに、でも確かに話してくれた。
「……えー、よく覚えない。友達とかいなかったし」
隣にいる名前の顔を見て、しまった、と思った。ふとした瞬間に口にした本当の言葉は、なんでこんなに棘があるんだろう。俺は言い訳をするように言葉を続ける。
「いろいろあるんだよな、……この見た目だと」
自分の髪を人差し指と中指でつまんで視界に入れる。日本で一番人が多いらしい東京の街でも、同じような髪の色の人間はなかなか見ない。いや、ちがうな。見たことがない。
「悟の髪も目も、こんなに、綺麗なのにね」
「そうか?」
「……月みたいだと思うよ」
「はじめて言われた」
名前の腕がすっと耳元に伸びて俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。小さいけれどあたたかなてのひらがとても気持ちいい。
ここに来るまで、おまえと会うまで、恋人なんて、何にも代え難いくらい大切に思える存在が自分にできるなんて思いもしなかった。
正しい居場所はここだと言われた気になって、心が安らぐ。名前のうつくしい夜のような瞳と目があう。その小さな世界の中に、自分がうつっている。
こんなに優しく笑える自分がいたんだな。おまえに会うまで知らなかった。
「なんで名前が泣きそうなんだよ」
「……べつに、泣いてないけど」
いつもより潤んだこの瞳のことを、俺はこの先忘れないとおもう。俺もいつか、おまえの悲しみとか寂しさを理解できる日がくるかな。その時俺には何ができるんだろう。
指の先で厚くてひやりとつめたい耳たぶをつまむ。くすぐったいと細める目のすぐ下の、頬のかたい骨とやわらかい部分を交互に撫でる。そのまま指を降下させて薄くて形のいいくちびるを触った。
今ではこの身体のことを気に入っている。
名前の頭や耳や額や頬をつつむのに、ちょうどいい大きさの手のひら。
20210406
グッドラック ベイビー