見知らぬ街の高架下を上を見ながら歩いていると、電車が通り過ぎて行った。いつもは人を乗せることが仕事だと割り切っている鉄の塊なのに、ここから見上げていたら光の粒が数秒間すっと連なって、まるで彗星みたいだった。さっき大通りを通った時に見かけたイルミネーションなんかよりもずっときれい。
わたしは高架線に沿って進む悟の背中を追いかけていく。こっちの方にケーキが美味しい喫茶店があるんだよ。そう言って光が少ない方へと悟は足を進めた。わたしにとっては知らない街だけれど、悟にとってはよく訪れる街のひとつなのだろう。
目当ての場所にたどり着く途中で、ビールを片手に陽気な歌をうたっている外国人の集団とすれ違う。今日は雪が降る予定だったのに、結局降らなくて、ただ寒いだけの日になってしまった。こんなに寒いのに、まるで重苦しいこの季節なんて関係ないみたいな明るい声がいくつも重なっていた。
甘いものは別に好きじゃない。だから進んで食べることはなかった。夜に食べるとなると尚更気が引ける。好きな時間に何を食べても体型をキープできるほどわたしの身体は便利にできてない。あれだけたくさん砂糖を摂取していてもなんの不調も訴えない悟の身体が少しだけうらやましい。
「ここ」
数歩前を行く悟が、ぴたりと立ち止まった。
悟が指さしたお店は、きっとわたしがひとりで歩いていても見落としてしまうであろうレトロな佇まいの喫茶店だった。昔から、どこで知ったんだろうと思うようなお店を見つけては、わたしを連れてきてくれる。
からん。軽やかなベルの音がゆっくりと耳に届く。ドアを開けるとお好きな席にどうぞ、と声をかけられた。好きな席を選べる喫茶店は、それだけで素敵な場所だと感じてしまう。友達の家に来たみたいな優しさがある気がするから。
悟は迷わず窓際にあるふたりがけのソファに座って、わたしを手招きした。隣に並んで座っているだけで、冷たい身体は徐々に暖かい店内の空気に馴染んでいく。
「この店のオペラが本当に美味しいんだよね」
「んー、わたしは紅茶にしようかな。あったかいやつ」
「食べればいいのに」
「悟が食べるの見てるだけで充分だよ」
「そう?」
注文を伝えてすぐに悟が頼んだケーキとカフェオレ、わたしが頼んだ紅茶が届いた。店員さんが迷ったあげく、わたしの前にチョコレートケーキを置いた。丁寧に作られたであろうちょっとした芸術品は、つやつやと光っていて、今日みたいな寒い日にぴったりだな、と思った。
「かわいい」
「名前、食べる?」
「……悟が食べるの見てるよ」
「絶対おいしいのに」
テーブルの上にお行儀よく座っているサンタの人形と目があう。さっきすれ違ったあの陽気な外国人達は、もしかしたらクリスマスソングを歌っていたのかもしれない。なんとなく聞いたことがあるようなメロディなのに、もう思い出せなかった。
チョコレートのオペラの上には、ちょこんと乗った金箔が真冬の夜空の一等星みたいに光っている。このお店を後にしたらふたりで輝く星を探すのもいいかもしれないな。わたしたちだけの一等星を探しながら、手を繋いでホテルまで歩くことを考える。適当でめちゃくちゃなクリスマスソングを歌ってもいいな。そんなこどもじみた想像をするだけで、わたしは嬉しくなるんだよ。
悟は器用に皿の縁に彩られた真っ赤なソースとオペラを合わせて口に運ぶ。
「食べてるところ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「幸せそうに食べるなって」
「……名前と一緒だからかなあ。他の人にそんなこと言われたことないよ」
悟の言葉が全部本当ならいいのにね。本当なら、わたしがずっとそばにいる理由になるんだけど。
美味しい。そう言いながらケーキを食べる悟の横顔をただじっと見つめる。
悟の大きい口だったら、きっと二口とか、三口とか、それくらいで食べ終わるような大きさのケーキを、わたしに一口くれようとしたこと。指先から紅茶のあたたかさが伝わる。うん、幸せってたぶんこういうこと。
20210508
凍えたまま芽吹く新世界より
title by エナメル