※夢←七海
「七海に彼女できたんだって?」
堕落する日曜日の朝。起き抜けに聞いたその言葉に、溺れる金魚のように息ができなくなる。昨日の夜に汚してしまった白いシーツに包まれながら、わたしは夏油に聞き返す。
「七海に?」
「……名前は知ってるものだと」
「知らない」
だってわたしと七海の関係性を表現するのに適した言葉は、先輩と後輩以外にないから。どれだけ表面をなぞっても、わたしと七海はただの先輩と後輩でしかない。
七海に彼女ができた。わたしのことを好きだと言った七海に、彼女ができた。
「どんな子なの」
「さあ」
「背が高い子とか、可愛い子とか、あるじゃん。だって七海は」
だって七海はわたしのことが好きだから。
言いかけたけれど、結局言葉にせずに飲み込んだ。
その気持ちを受け入れるつもりはないのに、七海が別の誰かの手をとったという事実がわたしを傷つけている。なんて愚かで自分勝手なんだろう。最低だ。
「名前」
「ごめん、なんでもない」
わたしみたいな女、七海に相応しくないよ。
初めて好きだと言われた日、そう告げたけれど、それでも七海はわたしのことを好きだと言った。
宙ぶらりんにした七海の気持ちを顧みることなく、七海はずっとわたしのことを好きだと、なんの根拠もなく信じていた。おぞましくも。
「……泣いたら軽蔑するよ」
「わかってる、わかってるから。……泣かないよ」
自分から手放しておいて、手に入らなくなった途端傷ついて。捩れて屈折した感情がぐるぐると頭の中を巡る。ねえ、わたしはどうしたかったの? 七海とどうにかなりたかった? 七海がわたしのことを好きでいることに優越感を感じていた? 開いた指の隙間からもこぼれ落ちないようなどろどろとした感情が全身を支配した。
それならせめて、七海の彼女がわたしとは正反対の女であればいいと思う。真面目で、優しくて、可愛くて、間違っても付き合っていない男と寝るような女じゃないといいのに。名前も顔も知らない誰かのことを考えて自分の傷を抉った。ほらね、やっぱりわたしは七海に相応しくなんてないよ。
「ね、夏油。ひどくして」
「嫌だって言えると思う?」
そう言いながら夏油はわたしの額にそっとくちびるを寄せる。触れられた場所だけ溶けそうなくらいの熱がある。
「夏油はわたしに優しくないから」
「大切にしてるつもりなんだけどな」
きっと今、わたしはひどい顔をしてひどいことを言った。
首筋にわずかに痛みが走る。わたしに対する独占欲なんてかけらもないのに、制服を着ていても見られるような場所にあかい痕ができた。なんだか罪のしるしみたいね。
七海はこの痣に気づくだろうか。……気づくはずだ。いつだって七海は、わたしを。
「本当にひどくしてほしいの、名前」
「……嘘。やっぱり甘やかして。とびきりのやつ」
「うん、おいで」
夏油の優しさは、野に咲く花を手折って花瓶にさすような優しさだ。それがひどく心地いいと思ってしまったから、たちがわるい。
20210727
在りし日の送別