ままごとあそび

 見たい映画があると言ったのは自分なのに、映画の途中で眠ってしまった。だめだ。疲れている。呪術師として高専に戻ったはいいけれど、生活リズムがうまく掴めないまま日々に忙殺されていた。忙しさは麻酔のようだ。ようやくできた休みに、緊張の糸がぷつりと切れてしまった。久しぶりに会った彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。素直に眠ってしまったことを白状したら名前は笑った。
「なんとなくイヤリングがなくなってないか不安になっちゃって、ネジを緩めたり、きつくしたりしてて、そっちに気を取られちゃった。わたしもよく覚えてない」
「……大丈夫ですよ」
 彼女の髪をかきあげて、耳たぶを触る。ひやりと冷たい。そこには、いつか私が渡したきらきらとひかるイヤリングがきちんとあった。貴女はなにも失っていない。
「七海からもらったやつだから、なくしたくなくて」
 働き始めたばかりのころに渡したものだったから、高価なものではないけれど、今でもこうして私に会う時にはこのイヤリングをつけて来てくれる。ふたりでいる時間であっても、いつ携帯電話が鳴るかわからなくてどこか落ち着かない様子の私に、今はどんな仕事をしてるのと言って問い詰めることもない。それどころか、疲れてるのに会えて嬉しいと言って笑ってくれる。前職を辞めた時も、七海が決めたことならそれが正しいと思うと言って送り出してくれた。こんな人はなかなかいないよなあと思う。ほっとする。私を、現実世界に引き留めてくれているような気がして。
 私の眉間によっていた皺を綺麗な人差し指がなぞる。そうしてようやく、顔の表情を緩ませることができた。頬あたりに置かれた手をとって指を絡めると、名前はまた嬉しそうにした。社会人になってすぐ付き合い始めたころから、ずっと変わらずに、名前は私の手が好きだと言う。


 学生の間はラブホテルなんてセックスをするための場所で、決して好ましい場所ではないと思っていたのに、今は違う。時間単位で部屋を借りているだけで、そこは恋人たちが同棲する部屋と変わらなかった。フローリングにキングサイズのベッド、それからシャワールームも、普通の家となんら変わりない。窓がないことだけが異質だ。
「七海、疲れてるなら、一緒に寝てあげよっか」
 ふたりぶんの重さでソファが軋んだ。名前は私に向かって腕を伸ばした。手首から温かな花の香りがする。名前の腕をとりながら、私の胸はじくじくと痛んだ。
 好きだ、名前、あなたのことが、本当に好きだ。でも、好きだと伝えるたびに何かを失ってしまうような気がする。たった二文字の言葉がこんなにも重い。
 あなたはだけはどうかこのまま変わらないでいてほしいと思う。この先もピアスを開けずにいてほしいし、鎖骨あたりまである髪の毛も切らないでほしい。私がこの先どれだけ傷ついても、この手が皺まみれになって時にも、あなたには変わらないでいてほしい。変わっていく私を許してほしいと思うのに、あなたには変わらないでいてほしいと願う。エゴのかたまりだ。
 抱きしめられた胸に顔を埋めながら、気がついたら謝っていた。
「ごめんなさい」
「七海が謝ることなんて、なにひとつないよ」
 私は、明日死ぬかもしれない。今携帯電話が鳴ったら、私はあなたを置いてこの部屋を出ていかなければならない。
 私は、あなたに、一緒にとしをとってほしいなんて言えない。絶対に幸せにするだなんて言えない。
「七海、泣いてるの」
 名前の手が頬を包む。名前の肌からは、懐かしい匂いがする。




20211231 ままごとあそび