※小説2巻3話で発覚した五条悟が下戸という話。キャラ崩壊していますのでなんでも許せる方向けです。なんとなく若い五条悟。
夢と現実の境目がどこにあるかわからなくなることが、往々にしてある。これはどっちだ。
「名前、やっと帰ってきた、すき」
「五条さん…?」
わたしがお手洗いに立った間、時間で言えばものの五分程度のうちにいったい何があったというのだ。
僕、酒弱いから居酒屋来ても炭酸しか飲まないよ。そう言って山ぶどうソーダなんていかにも着色料いっぱいの飲み物をこの男は頼んでいたはずだ。五条さんの目の前にある飲み物は紫色をしているが、顔を近づけて確認したところ、若干アルコールの匂いがした。ソーダとサワー間違えて持ってきたんだな。
店員さんに事情を告げると平謝りされてタクシーを呼んでくれた。迷惑料といってタクシー代に少しばかりのお金を手渡される。
「名前?帰るの?まだご飯食べてないでしょ?」
「…五条さん、住所いえますか?」
「んー、名前がいるところならどこでもいいよ」
ああ、これはダメだ。仕方なく五条さんのポケットの財布に入っていた免許証に書かれている住所を読み上げてタクシーの運転手に伝えてる。
酔っ払って舌っ足らずな五条がタクシーの中で矢継ぎ早に話しかけてくる。急に戦国武将の話をしだしたり、超がつくほどマイナーな映画の感想を淡々と話し出したり。運転手さんは完全に面白がっていて、彼氏さんお酒弱いんですねえ、なんて笑っている。わたしは気が気ではない。そもそもわたしと五条さんは付き合っていない。
今日は硝子さん、五条さん、伊地知、わたしというメンバーで飲むはずだったのだが、硝子さんは珍しく風邪を引き、伊地知はぎっくり腰になったとかで来れなくなった。伊地知のぎっくり腰なんて、硝子さんがいたらすぐ治してくれるのに、その硝子さんも風邪ということで叶わなかった。
それでも、せっかく僕が予定あけたんだから名前は付き合ってくれるよね?と言われたら、断れない。わたしは五条さんとふたり、居酒屋で夜ご飯を食べることになった。
タクシーは無事に五条さんの家に着いた。五条さんの手を引きながら移動する。足元がおぼつかないといった感じはなくて良かった。ただしずっとお気に入りのコンビニの話や最近払った呪霊の見た目がまじやばかった、みたいなことを喋り続けている。ようやく家の前に着いた、再び五条さんのポケットに手を入れ、鍵を取り出す。その時に名前のエッチ、なんて言われたがもう気にしている余裕はない。それにしても、五条さん広いマンションに住んでるなあ。これが呪術界最強の男の家かあ。二十三歳でこんなマンションに住めるとは、特級呪術師って給料いいんだな。
「名前が家にいるんだけど、僕、夢見てるのかなあ」
「部屋広っ!五条さん、ベッドどこですか?はやく寝てください」
「名前、昔からずっと好きだよ」
「…冗談はよしてください」
扉を開けるとトイレだった。ここじゃない。はやく顔が赤いこの人を寝かしつけなれば。あと、とにかく水分をとってもらわなければ困る。体内のアルコールを薄めてくれ。
五条さんの部屋はわたしの憧れの対面キッチンだったが、料理をしている様子はほとんどなかった。冷蔵庫にはコーラやサイダーしか入っていなかったので、仕方なくそれらを手渡す。なにこれ、僕名前の口移しでしか飲まないからね、というのを無視してペットボトルの蓋をとり、五条さんの口に押し付ける。普通に飲めるじゃないですか。そのまま洗面所に行き、歯を磨いてやる。人の歯を磨くなんて、今後一切起こらないイベントだろうな、と思った。洗面台の棚に新品の歯ブラシがあったのでわたしも拝借する。これくらいは許してほしい。
寝室を見つけた。ようやくこの悪夢から解放される、と思ったその時だった。ひとりで寝るにはだいぶ余白があるベッドの上に、押し倒された。
「名前が僕のベッドにいるんだけど、夢かなあ」
あまりの出来事に、わたしは動けず、近づいてくる唇を拒めなかった。なんてタチの悪い酔い方をするんだ。
「名前好きだよ」
今夜だけで10回は聞いたセリフを言いながら、五条さんは、わたしの上に覆いかぶさるように寝てしまった。これでは、五条さんが目を覚ますまでわたしは動けないじゃないか。困った。けど、この巨体をどかして自分の家に帰る力は残ってなかったので、わたしは諦めてこのまま眠ることにした。
ずっと好きなのは、わたしのほうだ。わたしは、五条さんのことがずっと好きだった。ただの憧れというには、この感情は汚すぎる。そして、もう叶わない恋として、心の奥に何年も封印してきたのに。この人はとんでもない下戸で、たいへんタチの悪い酔い方をする、ただそれだけのこと、全部忘れよう。五条さんの淡い色をした髪の毛に触れる。ずっと触れたいと思っていたその髪は、ひたすらに柔らかい。さっき触れた唇が熱い。せめて明日の朝目が覚めたらキスしたことを思い出して後悔したらいいのに。
「…これどういう状況?」
五条さんは朝はやく目が覚めた。わたしは五条さんに抱きつかれていると思うと眠れそうになかったが、最終的には疲れて気を失うように寝ていたようだ。
「ん、起きましたか…」
「起きた、けど」
「体調はどうですか」
「良い」
「そうですか、ではわたしは帰りますね」
「待ってよ」
名前、ごめん、昨日何があったか説明してくれない?と聞かれたので、居酒屋でノンアルコールとアルコールを間違えて店員が持ってきたと言った。それだけで、だいたいなんとなくは察したようで、頭を抱えている。
「僕名前に変なことしてない?」
「…大丈夫ですよ」
「嘘でしょ、僕、名前が部屋にいるのに何もしなかったの」
「え?」
「ねえ、昨日の僕は名前のこと好きとか言ってなかった?」
昨日言われた告白とおぼしき言葉の数々を思い出す。好き、ずっと好きだった、名前好きだよ。そしてキスされたことも。なんだか今更照れてしまう。
「それ、全部本心だから」
「…まだ酔ってますか」
「酔ってないって」
「昔から好きだったって言われたんですけど」
「本当。名前のことが、昔から好きだよ」
こんな形になってごめん、と言われるが頭が追いつかない。名前がお酒飲める歳になるのを待ってた。昨日は名前に告白するつもりだった。五条さんはまるで言い訳のように言葉を重ねている。自称地球上の生物の中で最強の男なのに、なんだかとても可愛く見える。
「五条さんのこと、わたし、会った時からずっと好きです」
「…ねえ、それ本当?」
一生言うつもりのなかった言葉が溢れ出す。
「一生叶わない初恋と思って諦めてました、初恋は実らないっていうし」
「キスしていい?」
「昨日もうされました」
「うわ、やっぱり名前に手出してたじゃん」
「だから、昨日のキスが帳消しになるくらい素敵なやつをお願いします」
「…任せて」
五条さんはひたすらに優しいキスをするので、わたしはようやくこれが夢ではないことを知る。この唇の熱さが、夢であってたまるか。唇を離し、目を開けると、淡い色の瞳が涙を堪えていたので、わたしはたまらずもう一度その唇に口付けをした。
20200113
スイートディストラクション