いつだって可愛くいたい。好きな色はピンクと白と薄い紫。でもわたしに似合うのは黒色。黒色の服は、わたしの体に良く馴染む。可愛いと言われるよりはどちらかというと綺麗と言われることが、高専に入ってからは増えた気がする。きっと全身が黒いこの制服が、わたしをそう見せているんだろう。見た目が可愛い食べ物が好きだけど、甘いものを食べすぎると気持ち悪くなってしまうし、辛いものが食べたくてしょうがない瞬間が日常の中にはある。わたしの好きなものとわたしに似合うものはとてもちぐはぐだ。
だから爪先に宝石を忍ばせてある。ピンクと白と薄い紫を天然石のように混ぜたペディキュアを、わたしはお守りのように思っていた。いつだって可愛くいたい。でもそれはわたしには難しい。
ここは可愛いよりも強いが求められる世界で、可愛くいられない時だってある。朝から気合を入れて化粧していても任務が終われば夜も遅くて、鏡の中のわたしの顔は案の定疲れている。真希ちゃんは、いいなあ。化粧しなくても美人だし強いし体力もある。わたしの術式は呪力をたくさん使うので、毎回毎回本当に疲れる。それはもう、ごはんも食べれないくらい。
「疲れた、野薔薇、ご飯行こうよ」
「行きましょう!」
後輩の野薔薇は、たいへんよくできた後輩で、ふたりで任務に行った際には必ずわたしとのご飯に付き合ってくれる。適当なファミレスに入って、もう夜遅いけれど、わたしたちはだらだらと話す。好きな芸能人の話、同じ学校に通う人達の話、服や化粧品の話。わたしは任務後はあまりご飯を食べられないので、野薔薇が食べているところを眺めている。
「野薔薇が来てから、女の子っぽい会話できるようになった気がする」
「うちの女性陣、クセ強いですよね」
「硝子さんはザルだし、冥さんはお金大好きだし、真希ちゃんはケンカがめちゃくちゃ強いし」
「そういう場所だからですかね」
「…野薔薇は強くて可愛い後輩だよ」
「名前さんは、強いし美人ですよね」
「褒めても何もでないよって言おうと思ったけど、今日は奢ってあげる」
「やった」
わたしはドリンクバーだけ頼み、野薔薇はラーメンとケーキを頼んだ。野薔薇、何飲む?と聞いてドリンクバーを取りに行く。本当はコーヒーが好きだが、もう夜なのでローズヒップティーを選んだ。野薔薇にはメロンソーダ。ラーメンとケーキとメロンソーダなんて、とても愛おしい組み合わせだ。
「それ美味しい?」
「深夜に食べるケーキより美味しいものなんてないですよ」
チョコレートケーキを美味しそうに食べる野薔薇は、とても幸せそうだ。わたしまでうれしくなる。ひとくち、またひとくち、ケーキが野薔薇の体に吸い込まれていく。野薔薇は何食べても肌荒れないね、と言うと北国育ちなので、という返答が返ってきた。その意味はよくわからなかったが、なるほど、と返事をした。
「今日の名前さんのリップどこのやつですか」
「サンローランだったかな」
「似合ってます」
「これ以上ほめても何も出てこないよ?」
「そんなつもりで言ってませんから」
サンローランの何番だったかなあ、店員さんに勧められて買った色だ。ちょっと大人っぽいローズカラー。本当は別の色を目当てで見に行った。でも、誰から見てもわかるくらいこの色の方が似合っていた。
「明日起きれる気がしないんですけど、今日名前さんの部屋泊まっていいですか」
「いいよいいよ、起こしてあげる」
気づけばいつもより話し込んでしまっていた。付き合わせてごめん、と言うと楽しかったですと野薔薇は笑っていた。
「先お風呂入っていいよ」
「ありがとうございます」
「もう眠いよね」
「ちょっと」
「パジャマとタオル、ここ置いとくからね」
眠そうな顔をしてお風呂に入っていく野薔薇を見送る。疲れてへとへとだったが、今日のわたしはなんだかまだ眠くなかった。深夜にやってる番組を、スマホを眺めながら視界の端に入れた。テレビの画面は色とりどりで、なんだかうらやましい。
「あれ、まだ起きてたの」
「名前さん待ってました」
「いいのに」
わたしがお風呂から出てきても野薔薇はまだ起きていた。あんなに眠そうだったのに。
「足の爪、かわいいですね、宝石みたい」
「ありがと」
「買い物行くとわりとピンクのもの手にとりますよね」
「買わないけどね」
「ピンク好きなんですか」
「…そうなの」
「好きなら買えばいいのに」
「ああいう可愛いやつ似合わなくて」
「似合わなくても、好きなら買えばいいんです」
「ええー」
「だって見てるだけで幸せになるじゃないですか」
「…そっか」
野薔薇が言うと、たいへんな説得力を持っているような気がしてくる。見てるだけでも幸せ。今までどうせ自分には似合わないと思ったあれこれを思い浮かべる。手に入れていたら、何か違っただろうか。
「名前さんは美人だけど、かわいいから、なんでも似合いますよ、ピンクだって」
「ねえ、もう一回言って」
「名前さんは、かわいい」
わたしの爪先を野薔薇が見つめて、可愛いと言う。可愛い、かわいい、わたしはそう言って欲しかった。淡い色をしたわたしの宝物を、誰かに見つけて欲しかった。
わたしは野薔薇になりたいよ。自分の好きなものを好きと言える、自分を好きと言える、野薔薇になりたい。隣で眠る野薔薇の頭を撫でる。きっと、野薔薇にはどんな色も似合う。あの時買えなかったリップ、買いに行こう。似合っても似合ってなくても、良いのだ。わたしはわたしの好きなものを選んで生きたいと思った。そして、野薔薇が可愛いと言ってくれた今日のことをわたしは大切に心の奥に仕舞い込む。
20200124
オーロラの標本