いつかきっとわかる

※2〜3年後

 最近はお酒を飲んでも全然酔えない。
 硝子先輩とふたりでご飯を食べるときは、とにかくお酒を飲む。一軒目の居酒屋では軽く一杯飲んだ後に串カツを食べながらワインのボトルを開けて、三十分も経たないうちに飲み干した。次の店ではグラスから溢れるくらい並々と注がれるスパークリングワインにモヒート、もう一回スパークリングワインを飲んだ。全く、驚くほど酔わない。わたしは硝子先輩みたいにもともとお酒が強いわけじゃないけど、最近はどれだけ飲んでも酔わないのだ。
 終電の時間が迫っていたがまだお酒が足りませんねと笑って話し、わたしはコンビニで躊躇いなく一番アルコール度数の高いロング缶を手にとる。レモン味のお酒。

「度数で酒を選ぶのはやめろ」
「これが一番コスパいいんです」

 度数で酒を選ぶな、と言う割に硝子先輩の手には日本酒のビンが握られていた。先輩のそういうところ、本当に信頼できる。

「少し顔が赤くなってる」
「え?ほんとですか、全然酔ってる感じしないのに」

 コンビニから駅までのほんのニ、三分の距離を笑いながら歩く。酔ってはいないけど、いつもよりわたしは饒舌になるし、硝子先輩も笑顔が増える気がする。
 終電の電車はガラガラで、わたしはとりあえず先ほど買ったお酒を飲み始める。きっとみんな、明日も仕事があるんだろうな。わたしは明日任務がないので、おやすみだ。窓からはきらきら光る街が見える。火樹銀花とは、昔の人はよく言ったものだ。この白い光を銀花と呼ぶなんて、洒落ている。
 最寄駅に着いた。わたしの家は駅から歩いて二十分くらいのところにある。酔っぱらった時のふわふわした浮遊感がない、眠たくもない。いつもなら駅前でタクシーを捕まえて帰るが、今日は缶チューハイ片手に歩いて帰る。胸のポケットにスマートフォンを突っ込み、音楽を流す。わたしが愛するロックスターは今日も最高だ。誰もいない静かな路地裏で、わたしはその歌を口ずさむ。愛や恋なんて一言も出てこないけれど、これはラブソング。

 マンションの前に着くと、家の窓から少しだけ明かりが漏れていた。悠仁、来てるのかな。最近付き合い始めた三つ下の恋人に、つい先日部屋の合鍵を渡した。わたしの家は駅からは少し遠いが、交通の便は良い場所なので、ふらっと泊まりにくる。
 わたし、今日硝子先輩とご飯って、言わなかったっけ。うまく思い出せない。たぶん言った気がする。
 部屋までの階段を登っていたら、なんだか足元が地面から離れてく気がした。あれ?さっきまでぜんぜんだったのに、なんだか酔ってる?安心すると、酔いやすいって聞いたことがあったな。家に帰ってきた安心感によるものか、それとも、悠仁が部屋にいることの安心感によるものか。

「ゆうじ、いる?」
「あ、おかえり」
「ただいま」
「うわ、酒くさっ、しかも歩きながら飲んでたの?」
「ちょっと酔ってる、かも」
「いや酔ってるでしょ、顔赤いよ。っていうかスマホから音楽聞こえるんだけど」
「あ、切り忘れてた」

 わたしはガチャガチャとギターをかき鳴らす音が聞こえるそれを取り出し、音楽を止める。深夜一時に、お酒を片手に、イヤフォンも付けずに音楽を流し、歌いながら帰ってくる女って、どうなんだろう。わたしが男なら、こんなだめな女なんて選ばないのに。めんどくさくてごめんね。

「硝子さんから連絡きて、名前さんが相当飲んだからあとは頼むって」
「それできてくれたの」
「うん」
「硝子先輩と飲んでたときは、ぜんぜん、大丈夫だったの、でも、悠仁に会ったらだめになっちゃった」

 誰にも言えないくらい悲しいことがあると、いくらお酒を飲んでも全然酔えない。飲んでも飲んでも楽しくない。
 わたしが弱いせいで、今まで助けられなかった人のことを思う。でも、わたしに泣く資格はなくて、アルコールで誤魔化してきた。お酒をちゃんと覚えてからこんな風に無理にお酒を飲むようになった。今日も。
 楽しい時はすぐにふらふらになって笑い出すのに、悲しい時はなんで飲めば飲むほど寂しくなってしまうのだろう。
 悠仁は足元がおぼつかないわたしを抱きとめて、背中をさすってくれていた。気持ち悪い?と聞かれたので、わたしは首を横に振る。吐きそうとか、そういうわけではない。話せたら、泣けたら、多少は楽になれるのだろうか。そんな重荷を彼に背負わせるわけには、いかない。

「悠仁は、お酒なんかなくても大丈夫なくらい、強くなってね」
「なるよ、絶対」
「悲しいときにお酒飲んだらだめだよ」
「じゃあ名前さんもやめなよ」
「とりあえず、アルコール度数でお酒選ぶのはやめようかなあ」
「怖えよ」
「度数五パーセント以下の酒はジュースだから」
「いや酒だろ」

 わかってないなあ。五パーセント以下の酒にお金を出すくらいなら、酒を飲むな。わたしと硝子先輩の見解は一致してるんだから、間違ってない。相変わらず悠仁は手のひらでわたしの背中をさすってくれている。気持ち悪かったわけじゃないけど、だんだん心が落ち着いてくるような気がした。

「酔うと歌い出すのも、お酒飲みながら歩いて帰るのも、やめたい」
「それは楽しそうだからいいじゃん」
「悠仁がお酒飲めるようになったら、わたし、飲み過ぎて吐く悠仁を介抱したい」
「俺が飲みすぎて吐くのは確定なの?」
「二年後が楽しみだなあ」
「それまで一緒にいてよ」
「悠仁が、今日のわたしを、酔ったら歌い出すような女のことを嫌いにならないでくれたら、ずっとそばにいるよ」
「大丈夫、むしろ好きだから」

 悠仁にこんな寂しい気持ちになるような夜は来ないといいな、わたしはそう祈りながら彼の金色の髪を撫でる。もし訪れたとしても、今度はわたしが彼の背中を撫でてあげることにする。
 この夜を言葉にするなら、何に例えるだろうか。あと何年か経ったら、わたしはこんな夜を繰り返さずに済むのだろうか。



20200126
いつかきっとわかる