※みんな成人
「あ、伏黒?名前が酒呑みすぎてやばいの、今から送る場所まで迎えにきて」
「…わかった、釘崎、悪かったな」
「もうまじ迷惑。とりあえずここは名前に払わせるわ」
「野薔薇〜?なに?恵と話してるの?かわってかわって」
「うるさいわね、あんたは寝てなさいよ」
「やだ〜めぐみの声聞きたい〜」
「そのうち伏黒が迎えにくるから、おとなしくしときなさいって」
電話越しに甘ったるい名前の声が聞こえる。一緒にいたのがわたしだから良かったけど、もっとちゃんと躾ときなさいよ、この酔っ払い女のこと。釘崎は心底迷惑そうにそう言うので、俺は再度悪かったと答える。
メッセージアプリに店のURLが送られてきた。幸い徒歩圏内だ。鍵と財布だけポケットに突っ込んで、スニーカーを履いて家を出る。
「名前」
「あ、めぐみだ、ほんものなのかな」
「伏黒、このバカはやく連れて帰ってちょうだい」
釘崎はこれでやっと解放されるわ、そう言ってタクシーに乗って帰っていった。
「おい、名前、帰るぞ」
「めぐみもおさけのもうよ」
「おまえいい加減にしろよ」
「わたしよってないよ」
「信じらんねえ」
名前をなんとか立たせて、店の人に謝って出て行く。めぐみ、足がふらふらする、と言うので仕方なく名前のことを背負った。
「アル中の相手なんて、俺は嫌だからな」
「えー」
「釘崎のペースで酒飲んだら、おまえ死ぬぞ、ただでさえ弱いのに」
「わたし、おさけ強いよ」
「…置いてくぞ」
「やだやだ、せっかく恵が優しいのに」
名前は足をふらふらさせながら俺の背中にしがみついている。同級生四人が誰ひとりとして欠けることなく二十歳を迎えた。誕生日が一番遅い虎杖が二十歳になった瞬間に、俺たちは一緒に乾杯した。それももう数ヶ月前の話で、少しは名前も、自分のキャパシティがどれくらいか把握しておいて欲しい。
「釘崎となに話してた」
「んー、恵の好きなところ百個言うから聞いてて!って言ったんだけど、聞きたくないって言われたからやめたの、でも結局言った気もする」
「…俺には教えねえのかよ」
「言う!言うよ!わたし恵のこと大好きだから!」
ひとつめは犬が可愛くてもふもふしてるところでしょ、と言い出したので呆れた。それは俺の術式の好きなところだ。ふたつめは私服が全部黒かと思いきやたまに赤とか青とか着るところ、らしい。微妙に褒めているのか貶されているのかわからない。
「みっつめはね、身長が高いところでしょ、よっつめはわたしが怪我した時に目が覚めるまで手を握ってくれてたとこ、いつつめはコーヒーをブラックで飲めるところ、むっつめは象に乗せてくれるところ、ななつめは津美紀さんを大切にしてるところ、やっつめはまつげが長いところ」
「名前」
「あとはお酒強いところもいいし、手が骨張ってて色気あるところとか、爪が平らなところも好きだし、コンビニで買ったサンドイッチ食べてる姿は絵画のように美しいし、中学の時にヤンキーだったところとかギャップ萌えだし」
「俺は元ヤンじゃねえ」
「恵の部屋はいつでも良い香りがするのが最高で、ちゃんと貯金してるところみるとわたしもしっかりしなきゃなって思うし、あと、何気にハンドクリームをこまめに塗ってるところとか」
「名前、もういいから」
「まだ百個言ってないよ!?」
俺が止めるまで、名前は息もつかず話続けていた。釘崎はこのテンションの名前の相手をずっとしていたのか、やっぱり、次会ったときには菓子折りのひとつでも渡した方がいいかもしれない。
「…伝わったから」
「わたしが恵のこと大好きなの、ちゃんと伝わった?よかった」
「今更だろ」
「そうだね、いまさらだよね。だいすきだよ、めぐみ」
高専を卒業して俺たちはふたりで暮らし始めた。1LDKの賃貸の寝室には、名前がどうしてもこれじゃなきゃ嫌だといった、狭いふたり暮らしには似つかわしくない大きなベッドが置いてある。
寝室に入り、ベッドの上に名前を寝かしつける。化粧落としてないしベッド汚れちゃうじゃん、というので明日俺が洗濯するからおとなしく寝ろ、と頭を撫でた。
一番好きなところは、伏黒恵が伏黒恵として生きているところかなあ。家柄とか、呪術師とか、そういう肩書みたいなのは別にどうでも良くて、恵が正しいと思ったことを実践してるところが一番好きだよ。ずっと前から。
目を閉じる間際にそう言った名前の言葉を、なんども反芻する。名前が寝ていてよかった。こんな顔を見られたら、なにを言い出すかわかったもんじゃない。
隣で眠る彼女の横顔を何度でも愛おしいと思う。朝目が覚めたら、どうせ今日のことなんてなにも覚えていないと言い出すんだろう。それは少し悲しい。お前が言ったことすら憶えていない言葉に、俺はこうやって救われているのに。
20200126
白い部屋より愛をこめて