オンザロード

 呪術師なのにスーツを着ているなんて、珍しいですね、といつだったか、言ったことがある。これは仕事なので、と短い返答が為され会話は終わってしまった。目的地に着くまでの二十分、スピーカーから流れてくるラジオだけが車内を満たしていた。
 無口な人なんだなあというのが七海さんへの第一印象だった。帳を下ろしたあとは基本的には暇なので、とりあえず煙草を吸う。一級呪術師、スーツを着ていて、サングラスをかけていて、無口。わたしが補助監督なんてしていなければ一生関わらないタイプの男だなとぼんやり考えた。見るからに優秀そうで、一級ということは才能だってあるんだろうな。
 五分もしないうちに帳が解除された。くそ、まだ一本目の途中なのに。呪いを払い終わった七海さんと目が合い、仕事中ですよ、と言われ、わたしが持っていた携帯灰皿で煙草を潰された。煙草休憩の時間くらいもらっても良いはずだ、わたしは抗議しようとしたが七海さんが次の現場に行きますと言うので、わたしは車にしぶしぶ戻った。これは、もうかなり前の記憶だ。

 それ以降七海さんに指名されることが増えた。理由を尋ねると、名字さんは余計なことを話さないので、とのことだった。そんなことを言われたら余計に話辛くなる。七海さんを任務に送り出すときの車内は、いつもラジオが流れるだけだ。
 七海さんは呪霊を払うのも早ければ、報告書を書くのも早い。わたしがアウトラインを作って七海さんに渡すと次の日には仕上がっている。七海さんと一緒に任務に行くようになってからわたしの評価も上がったし、何より早く帰れる日が増えた。わたしは彼のことが少しだけ好きになる。
 でも、困るのはお昼の時間だ。ご飯を食べているときも、七海さんは話さない。なにが食べたいですか?と聞くといつも名字さんにお任せします、と言われるのでわたしはあらかじめ目的地近くの有名なお店を調べるようになった。夜はちょっと高くていけないフレンチのランチとか、有名なラーメン屋さんとか。ラーメンを食べるとき、七海さんはサングラスを外す。サングラスをはずしてラーメンを食べる七海さんはなんだかいつもと違って可愛いと思った。食事中も基本的には無言なので、わたしは目の前の食べ物にひたすら集中する。一度だけ、おいしそうに食べますね、と言われたことがある。七海さんの表情は何を食べても変わらない気がしたので、わたしは返答に困った。
 これもいつだったか、わたしが帳が解除されたことに油断して、残っていた呪霊に怪我をさせられたことがある。七海さんはすぐに助けてくれたが、少し悲しそうな顔をしていたように思う。

 他の補助監督と会ったときに、七海さんがぜんぜん話してくれなくて、というと伊地知さんは五条さんの話をし始める。そんなに仕事以外のことも話すのか。でもまあ、五条さんだしなあ。あまり参考にはならないか。
 新田に聞くと、え?七海さんに嫌われてるんスか?なんて言われたので傷ついてしまった。昼ごはんは毎回一緒に食べるんだけどなあ。いや、それは仲良いスね、自分は基本的に一緒にご飯食べないですもん、というのでわけがわからない。

 なんとなく、彼の無表情を崩してみたくなった。車内には今日もラジオが流れているだけ。
 任務帰りの車で七海さんを家まで送るとき、彼のタイをぐっとひっぱり、後頭部に手を当て、無理やりキスをする。少しは驚いたり、困ったり、してくれないだろうか。

「ねえ、七海さん。わたしと話す気になりました?静寂なんて、墓場の中でいくらでも味わえるので」
「…それもそうですね」

 七海さんの表情はぜんぜん変わらない。わたしのキスくらいではこの人の感情を揺さぶることなんてできなかった。

「好きとか嫌いとか、昨日のごはんのこととか、わたしと話してくださいよ」
「名字さんのことは好きですが、煙草は嫌いです」
「ん?」
「聞こえませんでしたか?名字さんのことが、好きですよ」
「仕事的な意味でですか?」
「どう捉えていただいても構いません」
「それは、なんか含みのある言い方ですね」
「あなたと食べるご飯はとても美味しいと思います」
「それ、本当ですか?いつも表情ぜんぜん変わってませんよ」
「名字さんが顔に出すぎなんですよ」

 こんなに長く一緒にいるのに、ようやく七海さんの笑う顔を初めて見た気がした。

「わたしの母が、一緒にご飯を食べて、美味しいと感じる人と結婚すると幸せになれるって」
「あなたとなら、お墓の中で過ごす静寂も、心地良いかもしれませんね」

 わたしは、そんな静寂なんて、まっぴらごめんだ。なるべく長く生きて、七海さんのそばで美味しいご飯を食べたい。

「名字さんが禁煙に成功したら、お付き合いしましょうか」
「わたし、長生きするって今決めたので、もう煙草吸いません」
「それは良かった」

 七海さんのサングラスを外す。彼の長いまつげには星が映り込んでいて、わたしはそれをとてもきれいだと思った。甘い言葉なんてひとつもなくても、あなたの表情が全てを告げている。

20200127
オンザロード